糸井 |
安部さん、ジョージ・フォアマンに会いに行ってますよね。 |
安部 |
行った。行った。 |
糸井 |
あれも、「人生が二度あれば」の話じゃないですか。
博奕ですよね、フォアマンだって。
力はもちろん蓄えてるんだけど、
線の上に乗っかってるみたいなもんでしょ。 |
安部 |
トレーナーがね、チャーリー・シャイプスってのが
いるんだけど、それも元懲役ですよ。
で、僕はそのチャーリーとはよく知った仲でね。
カムバックする前のフォアマンを訪ねたら、
練習道具っていったらサンドバックが
軒につるしてあるだけなんです。
それをシャイプスが押さえてフォアマンが打つんだけど、
俺、最初はね、スローで練習してるんだ思った。
ところがそれがトップスピードだとわかるわけ。
チャーリーに「フォアマンがあんまり惨めにならないうちに
タオルを放るのがお前の役だぞ」って言ったんだ。
俺はそれを言うためにわざわざここまで来てるんだと。
自分のお金で切符代払ってニューヨークから
シュリーヴポートなんて田舎まで行くんだから、
チャーリー頼むよって。
彼は「わかった」ってこたえたよ。
カムバックに成功するなんて誰も思わなかった。 |
糸井 |
もう博奕なんてもんじゃないんですね。
でも、あれだって安部さんの作家になるっていうときに
リセットしたのと同じようなもので、
年とってから起業家になったようなもんじゃないですか。 |
安部 |
まぁねぇ。 |
糸井 |
若いやつがみんなその、アントレプレナー(起業家)
とかいうじゃないですか。
あれをジジィが始めるっていう系譜があるんですよ、
やっぱり。安部譲二、フォアマン……。 |
安部 |
とっても可笑しいのがね、僕がこの年になって
日本のプロ野球見てるとね、盛りを過ぎた選手が
必死に野球をしてるのがとっても感動的なんだ。
斎藤なんかが力のなくなったボールを一所懸命
アウトコースの低めに放ってね、
その姿ってのが感動的なんです。
僕がそうだから、人もそうだと思うんですね。
ジョージ・フォアマンが成功をしたのは
全米の中年過ぎのおっさんたちのね……。 |
糸井 |
中年の魂を背負ったんですよね。 |
安部 |
演出家が居たんだとしたら、いいとこ突いた、と思う。 |
糸井 |
そのエネルギーって、もともと皆、
たまってたってことですよね。 |
安部 |
この映画を作った脚本家は、
原作があるのかないのか知らないけど、
すごい商売人だと思う。
中年を過ぎたドンのロバート・デ・ニーロは、
18ヶ月の刑が終わったらきっと堅気になるじゃない。
そのとき、この男にどういうふうな展開が
あるんだろうってすごく思うでしょ。 |
|
糸井 |
終わってからが始まるんですよね。 |
安部 |
そう!
むかしさ、『カサブランカ』でさ、
最後にハンフリー・ボガードとフランスのお巡りが
「これから二人の永い友情が始まるんだ」
って道を降りて行く。
あの最後のシーンは素敵だったじゃない?
あれと同じなんだよ。 |
糸井 |
この映画は、ギャングの親分も病んでるんだっていう
「癒し」の映画だっていうよりは、
「リスタート」の映画だと思うんですよ。 |
安部 |
精神分析医も病んでいるんだっていう。 |
糸井 |
そうそう。 |
安部 |
御立派なお父ちゃまがいて、ね。 |
糸井 |
そうなんですよ。
だから、復讐物語じゃないけれど、
「リマッチ」っていうんでしたっけ? |
安部 |
うん、リマッチ。 |
糸井 |
その「リマッチ」の後編はお前もやれよって
言われてるような、勇気の出る映画だと思うんですよ。
「みんな病んでるんだよ」っていうところでは、
客はリピートしない。
リピートしたっていうのはね、
「俺も」って思うんですよ。 |
安部 |
そうかもしれない。
みんなそれぞれトラウマに苦しみながら生きてる。
そして、18ヶ月後には、あの2人には
どんな展開が待ってるんだろう。
それはとってもハッピーな展望じゃない? |
糸井 |
うん。
社会的には負け戦かも知れないけど、
本人にはずーっとパンチを出し続けている試合が
出来るっていう気がするんですよね。
ほら、日本人てのほほ〜んとしてるじゃないですか(笑)。
給料減るだの、増えるだのって。
それこそ会社が無くなる! っていう状況の中で、
減る増えるだのパーセンテージっていってるような
のほほんとした社会のなかで、
これを観たらやっぱりまた面白くなると思うんですよ。 |
安部 |
この競争社会ではない甘ったれ日本に住んでる僕たちはさ、
僕の読者も可哀想かもしれないけども。
あのメジャー・リーグの野球を観て、
ハリウッド映画を観られるアメリカ人は幸せだね。
日本人は間違いなく不幸だね。 |
糸井 |
あれで育っちゃうんですもんねー。 |
安部 |
ねぇ。
だってさぁ、黒澤明がみんなすごいって言うけど……。 |
糸井 |
アメリカ映画ですもん、あれ! |
安部 |
確かにすごい監督だけど。
あの脚本は、『椿三十郎』なんかにすると
「うわっ、こんなヒドい脚本!!」
っていうような脚本だよ。
何故かっていうと、日本の映画界の一番いけない伝統はさ、
監督が監督業だけで満足せずに余録として
脚本にも咬むっていうことだよ。
脚本家の才能と監督の才能とは全然別なものだもん。 |
糸井 |
個でありながらリンクしていくってことですか。 |
安部 |
『椿三十郎』で、若侍を隣の屋敷で待たしといて
椿三十郎は相手の屋敷に乗り込むシーンがあるんです。
川が屋敷と屋敷の間を流れているわけよ。
それに椿の花を流したら切り込めと。
あなた、どうしてヤクザが彫り物をするときに
椿じゃなく岩牡丹の彫り物をするか知ってる?
椿っていうのはポロリって落ちるからよ。
不吉だっていうことで。
それをあなた、その川辺に椿の木があって
ポロンと落ちたら切り込んじゃうんだよ? |
糸井 |
宗教ないですよね、そこには。 |
安部 |
俺、なんていう馬鹿な脚本を書く男だと思うの。 |
糸井 |
一映画ファンになってますね、完全に(笑)。
いや、昨日ほかの映画関係の人と会って
話していたんですけど、『羅生門』って
あるじゃないですか。
今観ると、三船敏郎ってGIですよ。
笑いかたから喋り方から。
黒澤さんてこういう人だったのかぁと思いますよね。 |
安部 |
そうなの。実にそう。
若い頃の三船敏郎とね、三国連太郎はね、
間違いなくGIだよ。 |
糸井 |
あれやっぱり時代背景で見えなかったんでしょうけど、
今観るとまぁ見事に
「ジョン・フォードやりたかったんだな」
と思いますよね。 |
安部 |
この前ね、アメリカからプロデューサーが来たんです。
それはね、ポール・ムニがね、1946年に撮った
『エンジェル・オン・マイ・ショルダー』
っていうモノクロ映画を
リメイクしたいということだったんです。それで、
「脚本お前やれ」って。そいで
「どうして俺が?」つったら
「日本のマーケットを意識しているから
日本人に脚本を書かせたいんだ」って。
「俺脚本はあんまり書いたことないよ」つったら
「それでもやれ」と。
そしたら、あなた、なんとね、ざっくばらんな話、
ギャラがジョゼ・ジョバンニの二十分の一だからだって。
あんまりハッキリ言うなよー、って。 |
糸井 |
町工場に頼むみたいなもんですね。 |
安部 |
そうそう。
「さらにお前は、これだけのギャラの3分の1を
受け取ることになる」っていうんだよ。
「なんで3分の1なんだ?」つったら、
「お前はメインの脚本を書く」と。
男のセリフは、男のセリフ専門の脚本家、
女のセリフは女の脚本家が女のセリフだけ作る、と。
でも、それだって俺の部分の方が多いがやって。ね。
半分を俺が取って、セリフを書く人たちが4分の1ずつ
取るのが当たり前だろうっていって、話が流れちゃった。 |
|
糸井 |
流れちゃったんですか? |
安部 |
流れちゃったんです。
けどあなた、それはねぇ。
でも、おっさんがね女優さんのセリフまで書くのは
確かに間違いだと思ったよ、僕も。 |
糸井 |
その考え好きなんですよね、安部さん。
意外に。つまり……。 |
安部 |
あのね、潜在してホモの部分があるから
女のセリフも書きたいんですよ。 |
糸井 |
太宰治の『女生徒』みたいな。 |
安部 |
そうそう。そういうのが潜在してるんですよ。 |
糸井 |
書きたいんだ。 |
安部 |
うん。 |
糸井 |
でも、俺じゃない方がいいかもしれないとも思ってるんだ。 |
安部 |
でも、例えば僕が書いた小説を女房に見せると、
「こんなこと女は言わないわよ」っていうことを
僕は書くんです。だからハリウッドのね、
男が男のセリフを書いて女が女のセリフを書く、
そしてメインの脚本家がいるっていう、
3人で書くことが常識になっているっていうこと、
これはすごいよ。
日本では鈴木清順でも黒澤明でも山田洋次でも
テメーで書くんだもん。 |
糸井 |
そうですよね。 |
安部 |
そいで、現場で女優さんがセリフかえて喋ると
やたら怒ったりさぁ。
(つづく) |