|
糸井 |
つまり、ぼくらの読む「ドラッカー」って、
「上田先生のドラッカー」なわけですが‥‥。
|
上田 |
まぁ、やってるのがぼくだけだから。
|
糸井 |
翻訳するときに気をつけてることとか、
たとえば、何かありますか?
|
上田 |
うーん‥‥そうですね。
「ドラッカーが、すごく日本語がうまかったら、
どんなふうに言うだろう」‥‥っていうことは、
いつも考えながら、訳してますね。
|
|
糸井 |
ほう。
|
上田 |
たとえば、ドラッカーだったら、
ここで「とても美しい」って言うだろうか、
それとも単に「美しい」だろうか。
|
糸井 |
なるほど。
|
上田 |
英語の場合、
「very beautiful」と「beautiful」をくらべたとき、
どっちが美しいかっていうと、
とうぜん「強調の副詞」がついてる
「very beautiful」のほうが「美しい」んだけど‥‥。
|
糸井 |
はい。
|
上田 |
日本語の場合、「美しい」と「とても美しい」じゃ、
「美しい」のほうが、美しいんです。
|
糸井 |
ああ‥‥。
|
|
上田 |
逆説的だけど。
日本語で「とても美しい」なんてのは、
たいして美しくないわけです。
|
糸井 |
なるほど、そうか。
|
上田 |
そういう、英語と日本語のちがいがあるから、
この場合の「beautiful」は
「美しい」と訳したらいいのか、
それとも「とても美しい」としたらいいのか、
つまり、
絶対的に美しいのか、相対的に美しいのか、
ドラッカーが
どっちの意味で使ってるのかを考えて、
日本語を選んでます。
|
糸井 |
おもしろいなぁ。
|
|
上田 |
まあ、翻訳家だったら、
あるていどはね、そういうことあると思うけど、
ぼくの場合はドラッカー専任だから。
|
糸井 |
あの‥‥ドラッカーの名言が365日分、
1日に1つ、載ってる本があったじゃないですか。
|
上田 |
ああ、ありますね。
|
糸井 |
あの‥‥『ドラッカー 365の金言』ですか。
ああ、そうそう、これこれ、
この本もおもしろいなと思ったんですけど、
ドラッカーって、
これくらい短く切り取っちゃっても、
大丈夫なんですよね。
|
|
上田 |
そうですね。
|
糸井 |
ぼく、そこがすごいなあと思うんですよ。
この短さにして、
「金言」として成り立つというのは。
ダイヤモンド社『ドラッカー 365の金言』より
|
上田 |
そうね。
|
糸井 |
苦労されたとは思うんですけど、
この本、翻訳されてみて、いかがでしたか?
|
上田 |
うーん‥‥そうですね、
「あなたの本、たくさんありますけど
どれから読んだらいいですか」という質問には、
ドラッカー自身、答えられないんですよ。
なにしろ60年以上にわたって、
40冊以上の本を書いてきたわけですから。
|
糸井 |
それは‥‥そうでしょうねぇ。
|
上田 |
そこで、それじゃあ
「いちばん自信のある著作はどれです?」って
聞いても、
「次に出す本です」って、いつも答えますし。
|
糸井 |
ははぁ。
|
上田 |
そういう意味で、ドラッカーは
『ドラッカー 365の金言』を
「どれから読んだらよいか‥‥という問いに
答える本」だと、言ってますね。
マネジメント、社会論、イノベーション‥‥
いろんな著作から抜粋されてますから。
|
糸井 |
おトクな感じがしますよね。
|
上田 |
より実践的に使ってほしい「行動のための書」だって
前書きのところでかな、言ってたはず。
|
糸井 |
あの‥‥先生って「分身」じゃないですか。
ドラッカーのことなら何でも知ってるし、
お聞きしてると
ドラッカーの思考で
同じように考えられる人‥‥だと思うんです。
|
上田 |
うーん、まぁ‥‥。
|
糸井 |
だから、どこで、どういうことを言ってるって
本人以上にご存じのようですが(笑)、
ドラッカーの言葉の「解釈」っていうのは‥‥?
|
上田 |
ぼくは、一切しないの。
|
糸井 |
一切ですか。
|
上田 |
うん、一切しない。
ぼくは「それぞれのドラッカー」っていう考えを
徹底しちゃってるからね。
|
|
糸井 |
なるほど。
|
上田 |
さっきも話に出たけど、
パナソニックのドラッカーもあれば、
ソニーのドラッカーもあれば、
宮大工のドラッカーもあるわけですから。
|
糸井 |
そうですね。
|
上田 |
だから、ぼくは一切「解釈」はしてない。
だから、ドラッカーと、
だれかの実体験が結びついていくところを、
見てるだけというかな。
|
糸井 |
なるほど。
|
上田 |
でも、その「それぞれのドラッカー」を
これから、
アメリカの経営者たちが書きはじめたら、
すごいと思うよ。
|
糸井 |
そうですか。
|
上田 |
だってまだ、そんなに書かれてないですから。
ドラッカーから学んだ経営者たちが、
自分の半生を振り返るように、
それぞれ、
「ドラッカーとわたし」って、やり始めたら。
|
糸井 |
はー‥‥。
|
上田 |
そういう意味でも「まだまだドラッカー」なの。
|
糸井 |
なるほど。
|
上田 |
そうそう、翻訳の話が出たから言いますとね、
ドラッカーって
「なぜかは、わからないけど」って言葉を
よく使うんですよ。
|
糸井 |
ほう。
|
上田 |
「なぜかわかるまで、待ってはいられないから」
って言いながら。
|
糸井 |
なるほど、つまり「事実はこうなんだから」と。
|
上田 |
そう。
なぜかはわからないけど、事実はこうなってる。
で、その事実に対して、ドラッカーは
行動の原則と、具体的な方法とを、示すんです。
|
糸井 |
英語では何て言うんですか、それ。
|
上田 |
それは‥‥(笑)、あの、それが、
ぼくのいちばん不得意とするところでですね、
「元の英語は何だった?」って訊かれると
たいてい、答えられないの。
|
糸井 |
へぇー、不思議ですね(笑)。
|
上田 |
そう、なんですよ。
ええー‥‥「I don't know the reason」とかかな?
|
|
糸井 |
アイ ドンノウ ザ リーズン。
|
上田 |
そんな感じだと思う。
|
糸井 |
よく出てくるフレーズなんですか?
|
上田 |
出てきますね。
|
糸井 |
アイ ドンノウ ザ リーズン。
|
上田 |
「なぜかは、わからないけど」って。
|
糸井 |
‥‥その英文が入ったTシャツ、作ろうかな?
|
上田 |
Tシャツ?
|
糸井 |
ダイヤモンド社とウチのコラボレーションで、
ドラッカーTシャツ。
胸に「I don't know the reason」って(笑)。
|
|
上田 |
ははー‥‥。
<つづきます> |