アーカイブ 2002/11/01
 
第3回 斎藤雅樹の「ひとりだち」
糸井 藤田さんの監督時代のこと、
いっぱい、覚えているんですよ。

たとえば、斎藤雅樹という、
今はコーチをやっているピッチャーが
当時、ノミの心臓と言われていて、
すごいチカラを持っていたんだけれど、
だいたい、うしろの方になってくると
急にドキドキしてきちゃって、打たれてた‥‥。

そのときに藤田さんが、8回だったかな、
マウンドに行ってカツを入れて、
ケツたたいたみたいなことがありました。

その瞬間から今の斎藤ができ上がった、
という瞬間が、たしかに、あったんですよ。

あれは、「おまえに任せた」とか、
そういうことを、言ったのですか?
藤田 だいたい、ぼくは、
あの時の斎藤のような、ああいう若い人が
「もうちょいで皮がむけるなぁ」
という時には、無理して投げさせたんです。

「自分でまいた種は自分で刈れ。
 人に刈ってもらうなんて思うな」
と言って、帰ってくるんですよ。
糸井 あぁ‥‥。
そういうことを、言っていたんですか。
藤田 ええ。
「おまえが
 このランナーをためたんじゃないか。
 自分で全部処理して帰ってこい」と言う。
そしたら、もう一生懸命になっちゃいますね。

それまでは、
「かえられるか、かえられるか‥‥」
と思っていたんでしょう。

でも、かえられるのは、
ピッチャーにとったら、屈辱なんです。

ぼくは自分がピッチャーをしていた時、
監督がかえるためにベンチを出てきたら、
スーッと後ろを向いて、
ショートの方まで逃げていったことがありますよ。
そのぐらい、ものすごく嫌なんです。
侮辱的なことなんです、かえられるというのは。

だから、できるだけ
そういうことのないように、
納得づくで、かわるときはかわる。
できれば、力が残っていれば、
それを使い果たしてかわる、という方が
人間にとってすごく先が開けていくから、
そういう方法をとったんですけどね。
糸井 そう言えば、
めったやたらと完投の多い監督でしたよね。
藤田 あれはね、年齢的にも力量的にも、
これからどこまで伸びるか
わからない連中だったですから。
糸井 若かったですね、みんな。
藤田 ええ。
だから、ひとつやふたつ、試合で負けたとしても、
「完投はこういうことなんだというのを
 身につけさせてやれば、
 今日ひとつ負けたことがもとで、
 先に行って、2つも4つも勝てるわい」
と思ったから‥‥。

まぁ、当時、
うしろがいないこともあったんですけど。

ストッパーなんていうのが、
いなかったものですから、だから
そういう方法をとっていたんですけれども、
うまいこと、育ってくれたんです。
糸井 「斎藤のノミの心臓が、ゾウの心臓に変わった」
と、ぼくはスポーツ新聞に書いたことがあります。
あの日の一日で、
驚くほど変わったというように
観客席からは見えていたんですけど、
ほんとにそういうことって、あるんですか?
藤田 あれはね、伏線があるんですよ。
グアムでキャンプをやったときに、
斎藤が首をひねりながら練習しているんですよね。

ぼくはトコトコと行って、
「おまえなぁ、
 ノミの心臓だ何だといわれているけど、
 ピッチャーは、それが一番必要なんだ。
 繊細で用心深くやっていくのが
 ピッチャーなんだよ。
 ノミの心臓でなきゃ、ピッチャーなんかつとまるか」
と言ったんです。

それを、斎藤は、すごく‥‥
安心したみたいな顔になって聞いてたんです。

「当たり前だ」と言ったんです。
「ピッチャーは、怖がりながら、用心しながら、
 そのうえで、内角を攻めていくのがピッチャーだ。
 ノミの心がない人はピッチャーに値しない」
そう言ったんですよ。

それが、ひとつのポイントで、
斎藤は、「ずいぶん、気楽になった」とでも
いうような顔になりましたから、
あれがよかったかなぁ‥‥と。

その後は、実戦でも、ゲーム中も、
そういう風にほったらかしていましたから、
そのキャンプと実践との、
両方が重なったんじゃないかと思うんです。
糸井 「ひとりだちした瞬間」という感じですね。
藤田 そうでした。
糸井 言葉の効果というのが、効いていますね‥‥。
藤田 昔みたいに、
背中で引っ張っていくタイプの、
「俺について来い!」
みたいなのでは、足りないんです。
糸井 あぁ、「足りない」んだ。
藤田 もちろん、それも必要ですよ。
黙って、ガーッとやって、それに
ついてきてくれればいいですけれども、
足りないときは、振り向いて、
「こうだよ」と言ったり、
「これはこっちの道もあるんだよ」
ということも、言わなきゃいけないんですね。
糸井 分量を、たくさん処方箋したらだめですよね。
足りると足りないとの間、ちょうどいいところで、
「この人にはこんな処方」みたいな、
そういうので、その都度やっていくというか‥‥。
藤田 そうですね。
 
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