2018年1月、
ほぼ日の学校が始動しました。

これからいったい、
どういう学校に育っていくのか。

そのプロセスの出来事や、
学校にこめる思いなどを、
学校長・河野通和が
綴っていきます。

ほぼ日の学校長

河野通和(こうの・みちかず)

1953年、岡山市生まれ。編集者。

東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業。

1978年〜2008年、中央公論社および中央公論新社にて
雑誌『婦人公論』『中央公論』編集長など歴任。

2009年、日本ビジネスプレス特別編集顧問に就任。

2010年〜2017年、新潮社にて『考える人』編集長を務める。

2017年4月に株式会社ほぼ日入社。

ほぼ日の学校長だよりNo.29

「劇評を書こう!」

 シェイクスピア講座2018」の受講生を対象に、自由参加の特別ワークショップを行うことにしました。前回、講師をつとめていただいた演劇記者の山口宏子さんによる「劇評」塾です。

 取り上げる芝居は、木村龍之介さんが主宰する
シアターカンパニー・カクシンハンの「ハムレッ
」公演(*1)、それから映画館で記録映像を
観ることになりますが、故・蜷川幸雄さんの演出し
たシェイクスピア劇のなかの2作品(「NINAGAWA・
マクベス
」「じゃじゃ馬馴らし」*2)の、
合わせて3作のうちからどれか1つを選び、800字
程度の「劇評」を受講生みずから書いてみましょう、
という呼びかけです。

 山口さんが、それを読んでくださいます。

 もっとも、私自身、劇評らしきものを書いたことは一度もありません。書評はたくさん書きましたが、劇評はまるで勝手が違います。書物は安定したたしかなモノとして存在し、何度も読み返すことができますが、芝居は1回限りのライブです。終われば消えてなくなり、観客の記憶のなかに“一期一会”の印象として残るだけです。

 テキスト(戯曲、脚本)を元にしているとはいえ、舞台には演出があり、俳優による演技があり、美術、音楽、照明、衣装などさまざまな要素が加わります。しかも役者のコンディションによって、演技は日ごとに、微妙に変化します。演出にも変更が生じます。客席の位置や観る側のその日の体調、心境によっても、印象はかなり違ってきます。

 ですから、芝居はその日たまたま出会った舞台を観て、それをどう感じたか、何を受けとめたか、どう評価するか――。観客である自分の内面に起きたドラマを整理し、ことばにまとめる作業が「劇評」への第一歩です。

 山口さんが、文章にする際の心構えを3つ挙げてくれました。

1 感動した、おもしろかった、つまらなかった、という心の動きを、「どうしてか?」と自分に問いかけ、言葉に変えてみる。

2 舞台を観ていない友人を思い浮かべ、「彼/彼女に伝わるかな?」と考える。

3 書き上がったら、声に出して読む。

 なるほど。これならできるかもしれない、という気がしてきます。

 ちなみに、書評に関していうと、丸谷才一さんが「イギリス書評の藝と風格について」というおもしろいエッセイを書いています(『ロンドンで本を読む』、光文社「知恵の森文庫」)。

 イギリスの書評文化の魅力について語った文章で、書評ジャーナリズムがいかにイギリス読書界を豊かにしているかを述べながら、書評の4ヵ条を挙げます。

1 内容の紹介

2 作品の評価

3 魅力ある文章

4 批評性

 そのまま「劇評」の4ヵ条にはなりませんが、あえて引き寄せて考えると、次のようになるでしょうか――。

 1点目は、戯曲のあらすじの紹介です。どういう芝居であるかを手際よくまとめ、それを読めば舞台を観ていない人でも、舞台の様子や出来ばえが想像できるような紹介をするのが理想的です。どんなシーンが印象的だったか、なるべく具体的な場面の描写があるといいでしょう。

 第2は、その芝居を観る価値があるかどうかの判断材料を示すこと。3は、論評する文章が明快でおもしろく、できれば書き手の個性をにじませたものであること。

 4番目は、上演作品のテーマを見据えながら、より広い文脈で他の作品と比較したり、演劇史的な解釈を加えたり、社会的な背景や歴史的考察と結びつけること。

 丸谷さんのことばを借りれば、批評とは「見識と趣味を披露し、知性を刺戟し、あはよくば生きる力を更新する」ことであり、舞台をきっかけにして「文明の動向を占う」「世界を眺望する」といったスケールの大きさが望まれます。

 劇評ではさらに、先ほど挙げたようなさまざまな表現要素(演出、演技、美術、音楽、照明、衣装など)にバランスよく目を配ることも必要です。なので、ハードルは決して低くはありません。

 とはいえ、それにめげないで、一度腕試しすることをおすすめします。心に残る作品に出会ったら、その印象をことばにする。それが、まだその舞台を観ていない人たちの心に届いたとするならば、素晴らしいではありませんか。

 以前、コーヒーの不味(まず)い喫茶店の品定めをして遊んだことがあります。そこのコーヒーがいかに不味かったか、なぜか、という論評を競ううち、あまりにも見事な再現力、分析に感心して、どうしても一度味わってみたくなりました。つまらなかった劇についても、そこまで深く語れるならば、しめたものです。

 最後に、山口宏子さんの先輩記者であり、私も個人的にお世話になった扇田昭彦さんという3年前に亡くなった演劇ジャーナリストの劇評の一部をご紹介します。彼の本領は2000字くらいの長めの劇評にあったので、天国の氏に怒られないように、そっと1000字あまりに縮めました。

 取り上げている舞台は、串田和美さんが長野県松本市の「まつもと市民芸術館」の館長兼芸術監督に就任して、2004年、劇場の柿(こけら)落としに上演した喜劇「スカパン」です。劇評のひな型としてお読みください。

<モリエールの喜劇『スカパンの悪だくみ』を原作とする『スカパン』を串田がシアターコクーンで初演出したのは一九九五年で、その年の夏はフランスのアヴィニョン・フェスティバルでも上演して評判を呼んだ(中略)。串田演出の代表作の一つである。今回の公演も基本的にこの演出を踏まえている。

舞台はナポリ。資産家の父親二人(永利靖、内田紳一郎)の旅行中に、ともに貧しい娘(馬渕英里何、市川実和子)と結婚してしまった息子二人(町田慎吾、屋良朝幸)の窮地を、機知に富んだ従僕スカパン(串田)が策略を使って見事に救う、というドタバタ喜劇風の作品だ。

正面にドアが二つあるだけの木造の壁と床からなる簡素な舞台装置。衣装(前田文子)は現代服だ。

この串田演出の意表をつく面白さは、暗転をふんだんに使い、物語とは直接関係のない無言のシーンを数多く挿入したところにある。ナポリの貧しい庶民たちの生態スケッチを活人画風にほんの一瞬、白昼夢のように浮かび上がらせたかと思うと、たちまち闇の中に消し去るのだ。ジム・ジャームッシュ監督の映画『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(八四年)を連想させる、実に巧みな暗転の活用であり、光と影の効果的な対比である。

恋人役の若い俳優四人の演技はまだ幼く、人気はともかく、舞台の演技者としては物足りない。九五年の公演では吉田日出子がゼルビネットを演じて何とも強烈なオーラを発揮しただけに、その点の落差も感じた。

だが、それらを補って余りあるのは、スカパン役の串田和美の、ほとんど大車輪と言っていい力演ぶりだった。演出家のイメージが強い串田は、俳優としてはシャイで淡白すぎるところがあるが、今回は芸術監督を務める新劇場の杮落とし公演の主役という意識が働いたためか、軽快なアクロバティックな動作も交え、密度が濃く、愛嬌のある演技を終始全開にして観客を魅了した。

原作はハッピーエンドでしめくくられるが、串田潤色・演出のこの舞台の結末は違う。スカパンに騙されていたことを知った父親二人がヤクザに指示してスカパンは瀕死の重傷を負い、四人の恋人がめでたく結ばれるなか、孤独に死んでいくのだ。ブレヒト風に改変された痛切な幕切れである。

共演陣では、ジェロント役の内田紳一郎の、無類の守銭奴ぶりを発揮する愉快な演技が爆笑を誘った。しがない従僕役の岡本健一の演技も印象に残る>(扇田昭彦「ブレヒト風の痛切な幕切れ 串田和美の『スカパン』2004」、『こんな舞台を観てきた――扇田昭彦の日本現代演劇五〇年史』所収、河出書房新社

 お手本の一例として紹介しましたが、劇評の書き方はさまざまだし、自由です。受講生の人たちはもとより、読者の皆さんも、舞台を観てぜひチャレンジしてはいかがでしょうか。

2018年4月5日

ほぼ日の学校長

*1、4月14日から22日まで、池袋のシアターグリーンで上演。

*2、「NINAGAWA・マクベス」は4月7日から13日までの1週間、「じゃじゃ馬馴らし」は4月21日から27日までの1週間、3回忌追悼企画の「蜷川幸雄シアター2」として全国10ヵ所の映画館で収録映像が上演されます。

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