ガンジーさん。
いつ途切れるかわかりませんが
今後ともよろしく。

225.何度でも。

文字通り、この同じテーマで、
ガンジーさんは、何度でも『the親戚新聞』をつくる。
何度でもくりかえすシンプルなメッセージは、
ロックンロールの心だと、ぼくは書いたことがあったけど、
民謡のようでもあると、あらためて思った。

同じ歌なのに、何度でも当たり前のように歌われる。
それでいて、その都度、新鮮な気持ちで聴ける。
そういう歌かもしれません。

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「何度でも何回でも、ありがとう!」

誕生日に戴いた花を週1回は眺めている。
初めは、ビックリ仰天で、
その大型トラックいっぱいの、量の多さに
圧倒され感激とともに肝をつぶしていた。
 
やがて興奮がやや治まって、
ひとつひとつの花を丹念に見つめるようになり、
最近ではその花を贈ってくれた人を想像するようになった。
何故この花を選んでくれたんだろうか? 
ご自分の好きな花なのか?
病気人にはこういう色がいい、と元気ずけてくれたのか?
さらに深く、変な患者のガンジーだからこれがいい、
と選んでくれたのか? 
花言葉で「ストレンジ」って花、あるかな?

そこから派生して贈り主の性格まで想像が羽ばたく。
ご自分の好みで贈ってくれた人は、強気、果敢な人かな?
病気中にはこの花、と考えてくれたのは優しいマリアさま。
アイツは変人だから、とユーモア好きな人。

量の多さもあってこの作業、当分は終わりそうもないね。
一生分の食料を戴いちゃったよ。
それで気がついたんだけど、
もし若い頃のガンジーだったらどうなんだろう? 
と考えた。 
多分台風一過で今頃は少しの感激を引き摺ってるにせよ、
大方は忘れてしまってるだろうと思った。
いい事もわるい事も
「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」と言うしね。

たまたま話題にのぼったからって、
いい気になって、読者の方々の恩を忘れてはならない。
あの花の数々、名前を記帳してくれた人たち、
そして楽しく愉快な励ましのメールをくれる
多くの読者の皆さんのお蔭で、生きている
ガンジーだ、この事を忘れた瞬間に死が待っている。

瞬間人気で芸能界に躍り出た新人が
いつのまにか消えていく、
そんな事が各界で繰り返されてるのが人生だ。
だから、くどいくらいにお礼を言いたい。
報恩とは「喉もと過ぎても熱さ忘れず」だね。

義理を返すことではない。
だからお金を借りたとか、面倒をみてもらったとかの
義理で、お返し保証人になったりするのと違う。
この辺を間違えるとえらい事になるよ。 
それはそれ、これはこれ、と
割り切って考えないといけない。
そうしないと溺れた人を助けようと
慌てて飛び込み、共に溺死なんてことになる。

恩とはお返しを全然考えない行為なのだ。 
状況が変わって、恩着せがましい態度で来る輩には
断固、”No!”と言おう。
そんなのは[on]ではなく 
[off] だよ。


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恩、という言葉も、
安っぽい感じで押し付けられると嫌な言葉だけど、
こうして語られると、腑に落ちるものですね。


(つづく)

2001-04-07-SAT

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