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永田 |
具体的な競技についても
ぜひ、教えてください。
まずは、やっぱり、体操について! |
刈屋 |
はい(笑)。 |
永田 |
アテネオリンピックでは見事
男子団体で金メダルをとり、
「伸身の新月面が描く放物線は
栄光への架け橋だ!」という
刈屋さんの名ゼリフが生まれたわけですが、
さて、北京では、どうでしょう? |
刈屋 |
団体戦についていうと、
メダルはとれると思います。 |
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永田 |
おお。 |
刈屋 |
で、ルールが変わらなければ、
おそらく、日本が金だったでしょう。 |
永田 |
刈屋さんはこのあたりを
いつも軽々と断言するからおもしろい(笑)。 |
刈屋 |
(笑) |
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永田 |
ええと、逆にいうと、ルールの改定、
つまり「10点廃止」が、
どう影響するかよくわからないということ? |
刈屋 |
そうなんです。
明らかに不利になるわけではありませんが、
これまでのルールであれば、
明らかに勝つ可能性が高かったでしょう。
10点満点のこれまでのルールであれば、
たぶん日本が金で、
冨田が個人総合のチャンピオンですよ。 |
永田 |
うわぁ(笑)。 |
刈屋 |
ただ、ルールは変わって、
10点以上の得点が出るようになった。
それがどう影響するのかっていうのが、
今回の体操の最大のポイントですよね。 |
永田 |
すいません、
いつもこんな質問で申し訳ないのですが、
新しい採点方式のことを
簡単に教えていただけませんでしょうか。 |
刈屋 |
わかりました(笑)。
これまでの採点方式というのは10点満点でした。
これは、8.8点までが「基礎点」で、
そこからの1.2点は、
難しい技を成功させたときに
加算される点数になります。
ですから、簡単に言いますと、
難度の高い技を組み込まない場合、
ミスがなくても「8.8点」ということが
ありうるような採点方式だったんです。 |
永田 |
ええと、つまり、これまでは、
「8.8+1.2=10」の「10点満点」で
そこから減点していくという方式だった。
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刈屋 |
そうです。
今回もそういう構造なんですが、
まず、基礎点が「8.8点」ではなくて、
「10点」の幅を持つようになりました。
前の基礎点と同じように
そこから減点されていきます。
これは、正式には「演技実施点」といいますが、
おそらく放送中は「Bスコア」と呼ばれます。
そして、「Bスコア」があるからには
「Aスコア」もあります。 |
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永田 |
ちょっと待ってくださいね。
ええと、新方式には、
「Aスコア」と「Bスコア」がある。
「Bスコア」は、演技の実施の点数。
全部で「10点満点」で、減点されていく。 |
刈屋 |
はい。で、「Aスコア」というのが、
難度の高い技を組み込み成功させることによって
加算されていく点数の部分です。
これは、以前は「1.2点」しかなかったんですが、
新採点方式からは、上限がなくなりました。 |
永田 |
上限がない? |
刈屋 |
ありません。
現状での「Aスコア」でいうと、
「6〜7点」くらいを加点するように
演技を組んでいる選手が多いようです。 |
永田 |
ということは、「17点満点」くらいで、
そこから減点されていくという感じですか。 |
刈屋 |
そうですね。
そういうふうに言うと、
「10点満点」が「17点満点」に
なっただけかなと思われるかもしれませんが、
問題は、選手の力量によって、
演技自体が「17点満点」だったり
「16点満点」だったりするということです。 |
永田 |
そこだけで演技の上限が1点違うわけですね。 |
刈屋 |
そうです。
そこでの点差が「1点」以上あると、
「ミスなく演技する」というだけでは
勝てなくなってきますから、
少なくとも「0.5点」以内に収める、
というのが現時点での世界の流れです。
いずれにせよ、「Aスコア」がどこまで伸びるか。
そこが、このオリンピックの見どころであり、
ある意味、未知数なところです。 |
永田 |
なるほど、なるほど。
で、話は戻りますが、
従来の「10点満点」の方式であれば、
冨田選手がおそらく勝つだろうと。 |
刈屋 |
はい。というのは、
アテネの後のメルボルンの世界選手権で、
世界体操連盟が談話として残しているんです。
「冨田という選手は、10点満点の
採点方法が生んだ最大のスターである」
というふうにそこで総括してるんですよね。 |
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永田 |
へーーー。 |
刈屋 |
つまり、彼は10点満点の中で最高の美しさで
それを表現できるチャンピオンだ、と。
ひいては、このルールが続く限り、
彼はチャンピオンであり続けるだろう、と。
だから、冨田の前の時代にスターだった
ポール・ハムやネモフといった選手は、
派手で、観客にアピールする技でスターになった。
でも、10点満点方式における本当のスターとは、
冨田のように、より美しく、より正確な演技を
こなす選手のことなんだと、
世界体操連盟が総括したわけなんです。
ひらたく言ってしまうと、
「もうこのルールでは冨田にはかなわない」
っていうのが、世界の雰囲気だったんです。 |
永田 |
で、ルールが変わっちゃうんだ。
うーん、「なぜ変わる?」っていうのは、
長くスポーツを観てきたファンとして、
もう、言わないというか、さておくとして。 |
刈屋 |
そうですね(笑)。 |
永田 |
どうなるんですか、
その「Aスコア」が重要になってくると。
日本と、冨田選手は? |
刈屋 |
わかりません。 |
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永田 |
うわぁ(笑)。 |
刈屋 |
実際、どうなるかというのは、
団体の予選を見てもらうのがいちばんですよ。
団体の予選を見て、
「Aスコア」を高くした選手のほうが
ほんとに点が出るのか?
それとも、「Aスコア」を高くしたいがために
難度の高い技を一所懸命組み込んで、
6つぐらいでやめときゃいいのに、
7つくらいの技をやったことによって、
ガクッと減点されちゃうのか、
その傾向が予選でまず表れると思います。
あとは、その流れを、
各チームがどう読むか、ですね。
だから、テレビを観ている方も、
まず、予選でそのあたりを把握すると、
とってもおもしろいと思いますよ。 |
永田 |
じゃあ、フィギュアのショートの
「プログラムコンポーネンツ」の
「スケート技術」の点数で、
審査員の傾向を探るみたいに。 |
刈屋 |
そうそうそう。
今回の審査の流れはどうなのか、
っていうことがわかりますから。
そして、ミスなく演技するより、
無理してでも難度の高い技を
入れたほうが点数が出る、ってわかったら、
決勝では、みんなそうしてきます。 |
永田 |
あああ、それに合わせて。なるほど。 |
刈屋 |
そうなってくると、
大きく失敗する選手も出てくる。 |
永田 |
じゃあ、もしも、予選で、
新方式のほうに審査が傾くとしたら、
それこそアテネのときのネモフ選手みたいに
派手な技をどんどん成功させて
めちゃめちゃ観客に受ける選手のほうが
点数も高くなるというふうに‥‥。 |
刈屋 |
なってくる可能性は大いにあります。
観客が「うわーっ」と叫ぶような技を
どんどん成功させていったら、
たぶんものすごい点がでます。 |
永田 |
そうですよね。 |
刈屋 |
そして、中国はまちがいなくその方法できます。 |
永田 |
ああー、そうですね。地の利もあるし。
日本はどうするんでしょう? |
刈屋 |
日本は団体予選で、今回のライバルである
中国と同じ組に入りましたので、
おそらく、中国と同じ方法をとると思います。
つまり「Aスコア」を多く組み込みながら、
どこまで点が出るかというのを試す。
それによって中国との点差をはかり、
決勝でどういう作戦に出るかというのを
決めるんじゃないですかね。
戦いは、そこからはじまってると
思ったほうがいいです。 |
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永田 |
うわー。 |
刈屋 |
でもね、これ、中国と同じ組だったから
まだよかったんですよ。
違う国になってたら、きっといまより
困ったことになってたと思います。 |
永田 |
というと? |
刈屋 |
これまでの採点競技の鉄則からいくと、
だいたい開催国のグループに
点が高く出るんですよ。 |
永田 |
あああ、なんとなく、わかる気がします。 |
刈屋 |
もし日本が別のグループで予選をやってたら、
たぶんすごく差がついた状態で
決勝をやらなくちゃいけなかったんじゃないかな。
そういう意味では、まだよかった。 |
永田 |
なるほど‥‥。
いきなり、予選が楽しみになってきました(笑)。 |
刈屋 |
(笑) |
永田 |
今回、体操団体の日本チームというのは
どんなふうにご覧になっていますか。
アテネのメンバーは冨田選手と鹿島選手の
ふたりしか残っていませんけど。 |
刈屋 |
そうですね‥‥。
ふたりのベテランがチームを
引っ張っていくことになると思いますが、
個人的には、もうひとり誰か、
経験豊かな選手が入ってくれた方が
よかったんじゃないかな。 |
永田 |
若いですよね、今回のチームは。 |
刈屋 |
そうなんですよ。 |
永田 |
アテネのメンバーでいうと、
水鳥選手は直前にケガをして、
米田選手はわずかの差で落選して引退されました。
塚原選手はどうだったんでしょう? |
刈屋 |
塚原直也くんの場合は、
実力を発揮できなかったというよりも、
作戦ミスというか、
狙ったとおりの点数配分にならなかった、
という感じではないでしょうか。 |
永田 |
ああ、じゃあ、選手としての
力が落ちたというわけではなく。 |
刈屋 |
そういうわけじゃないと思いますね。
十分にいける力はあったと思います。
結果的には、ベテランがふたり、
若い選手が4人というバランスになりましたが、
もちろんそれは悲観的なことではありません。
エースの冨田にかかる負担が大きくなったのが
ちょっと気になりますが、内村選手をはじめ、
爆発力のある選手がそろってますので、
「Aスコア」の伸びということを考えると、
悪くないメンバーになってると思います。 |
永田 |
なるほど。
で、また興味本位の質問になってしまいますが、
中国が優勝候補で、日本がそのライバル、
というふうに考えていいんでしょうか? |
刈屋 |
いまの段階だと「Aスコア」だけでなく
中国がすべてにおいて勝っていると思います。
純粋に現段階の力を比べれば、
中国が1番、日本が2番、3番がロシア、
4番争いがドイツ、ルーマニア、アメリカ。
そういう戦力図になると思います。 |
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永田 |
わかりやすく断言してくださって
ありがとうございます(笑)。 |
刈屋 |
ただ、何度も言いますけど、
あてになりませんよ?
純粋に現在の力を比べただけですから。
アテネのときも、
いちばん強いと言われていたのは
中国でしたからね。 |
永田 |
あああ、そうですね。
でも、序盤で脱落しちゃったんですよね。 |
刈屋 |
そうです。金メダルどころか、
メダルすら中国は取れなかったですよ。
ただ、同じ轍は踏まないでしょう。
中国は北京を見越したメンバーを
アテネで使ってきて、それで失敗しました。
そこから、ベテランひとりを落として、
メンバーの何人かを入れ変えました。
なんと言っても、冨田の最大のライバルの
ヨウイっていう選手が絶好調ですから、
戦力だけを考えれば、強いですよ。 |
永田 |
で、2位が日本。 |
刈屋 |
というよりも、事実上は、
日本対中国の一騎打ちと考えたほうが
わかりやすいかもしれませんね。
両者をくらべると、中国の方が分がいい。
ただ、一発勝負なんて、わかりません。
十分に逆転の可能性はあります。
けれども、可能性ということでいえば、
ロシアに逆転される可能性もあります。
というよりも、逆転されるとしたら、
ロシアぐらいしかないという感じですかね。 |
永田 |
なるほど、なるほど。
刈屋さんの説明はわかりやすすぎて、
安心なんだか心配なんだか
よくわからなくなります(笑)。 |
刈屋 |
ふつうに力が発揮できれば、
日本はメダルがとれると思います。
ただ、金メダルの行方はわかりません。
個人的に思っていることとしては、
今回、北京が舞台で、中国がそれに合わせて
国をあげて取り組んできたことを考えると、
もしも中国についで日本が銀なら、
「体操日本の栄光をちゃんと引き継いだ」と
評価していいんじゃないかと思います。 |
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永田 |
なるほど。
(続きます!)
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