- ──
- 洞窟って、どんなところですか。
- 吉田
- 圧倒的な暗闇で、いろいろと危険で、
時間の感覚はゼロ。
で、めちゃくちゃワクワクする場所。
- ──
- ワクワクしますか、やはり。
- 吉田
- しますね。だから、行ってる。
- ──
- 吉田さんの撮影された洞窟の写真を見ると
ものすごく神秘的で、
まずは「うわあ、綺麗だなあ!」と
思うんですが、
やっぱり「危険」も、ともなうんですね。
- 吉田
- 洞窟が綺麗だって話は、すぐ終わるけど、
いかに危険かってことなら朝まで話せる。
もちろん、ツアーのお客さんを連れて
ガイドで入ったりするところは
別に危なくないけど、
自分が好きで潜ってくようなところは‥‥、
まあ、危険ですよね。
- ──
- たとえば、どのように?
- 吉田
- 洞窟内部に水が溜まってる箇所があって、
そこをボンベかついで潜ったとき、
水中でガンガン岩を割ってたら
水が濁っちゃって視界が効かなくなって。
で、せり出した岩に引っかかって
前にも進めず、後にも戻れずって状況で
「ハッ! やべっ! マジか!」とか。
- ──
- 実際にそういうことが‥‥。
- 吉田
- ええ、ありました。
恐怖を感じるとドキドキして
エアーを吸うスピードも速くなるんです。
このままじゃエアー保たないから
そのときは
変にもがいて戻るのに時間を要すよりも
「先」に賭けようと思って。
- ──
- それは‥‥その「先」がどうなってるのか、
わからないまま進んだってことですか。
- 吉田
- そのときは、そう判断しました。
場合によっては戻ることもあるだろうし、
進むか戻るかは、
そのときどきの状況や条件によりますね。
- ──
- で、吉田さん、
今ここにいらっしゃるということは‥‥。
- 吉田
- うん、先に進めば、きっと空間があって、
どうにか水面に出られるだろうと思った。
で、どうにか通り抜けてみたら
この部屋くらいの空間が広がっていて、
「やった、出た!」と。
- ──
- よかったです‥‥。
- 吉田
- そのときは、久しぶりに感動しましたね。
洞窟の中で、もう、一人で大騒ぎ。
「やった! やった! やった!」って。
- ──
- でも、そこからまた、元いた場所へ
戻っていかなきゃならないわけですよね?
- 吉田
- そう、それがまた、困った問題でしたね。
怖くて、すぐには戻れなかったんだけど、
なかなか水の濁りが取れない。
このまま待っていてもしかたないから、
視界ゼロで行くしかないと判断しました。
- ──
- 狭い水中の道を、また戻る恐怖‥‥。
- 吉田
- 来るときにどこかが引っかかってるんで、
タンクを外して、
レギュレーターだけ咥えて、
体全体の厚みをスリムにして行きました。
来たときに張ってきたロープを頼りに
戻るんだけど、
さっき引っかかった岩と岩の隙間を
ズルズルッと通れて「やったぁ!」と。
「これで生きて戻れる!」みたいな。
- ──
- 聞くだに、息苦しくなるお話です。
- 吉田
- 元いた場所の水面に浮上したら、
タンクのエアーの残圧がゼロになってたんで、
あと何吸いかで、なくなってた。
- ──
- そんな怖い思いをしても、
また「行きたい」って思うんでしょうか。
- 吉田
- 思っちゃいますねえ。
- ──
- 行きたいから、行く?
- 吉田
- そうだね。
未踏洞窟の奥って、
それまで人の入っていない特殊な場所だから、
ただの自己満足だけじゃなく、
自分が撮ってきた映像を見ていただいて、
何か学術的な研究とかに
役に立ててもらったらいいということは
まあ、あるにはあるんですけど、
潜ってる瞬間は、
そんなこと微塵も思ってない。自己満足。
- ──
- なるほど。
- 吉田
- 探求心だけ。ただそれだけで、進んでる。
「この水の向こうには、
どんな世界が広がってるんだろう?
見・た・い!」
って、その三文字。それだけですね。
- ──
- でも、われわれ人類の祖先が
地球上に広まってきた理由のひとつに、
その「見・た・い!」
っていうのもありましたよね、きっと。
- 吉田
- うん。それは、そう思うね。
- ──
- 洞窟というと、なんとなく
「横穴」というイメージだったんですが、
吉田さんの写真を見ると、
縦方向に降りていくことも多いんですね。
- 吉田
- 水中の次に危ないのが、縦穴。
ロープが切れたら落ちていきますという、
ま、当たり前の危険があります。
- ──
- しかも、下が真っ暗なんですよね‥‥。
- 吉田
- ロープが切れたらもちろん終わりだけど、
シューっと降りるときに、
手を離しちゃったりとかもするわけです。
すると、落ちます。「ヒューー!」って。
もう、何回くらい落ちたかな。
- ──
- そのたびに、お怪我をされて?
- 吉田
- されてますよ、お怪我。
まだ、洞窟をはじめたくらいのころに
ロープ離しちゃって、
15メートルくらいかなあ、落ちました。
尖った岩が
背中に突き刺さって止まったという。
- ──
- ぐ。わー‥‥。
- 吉田
- そんなに痛みは感じなかったんだけど、
気付いたら靴の中まで血まみれで。
- ──
- それが、いちばん大きい怪我ですか?
- 吉田
- いや。
- ──
- まだ、あるんだ‥‥。
- 吉田
- ある縦穴を300メートルほど降りたとき、
100メートル上にいた仲間が
あやまって、石を落としやがったんです。
で、それがまずヘルメットに当たってから、
俺の肩にぶつかってね。
- ──
- え、ええ。
- 吉田
- もう痛いってもんじゃなかったんだけど、
結局それで骨折しちゃって、
半身、痺れて、動かなくなったんですよ。
- ──
- 地上から300メートル降りたところの、
宙ぶらりん状態で?
- 吉田
- そう、これ、もう一発来たら
俺、絶対に上がれなくなるなと思って、
ロープをね、
片手だけで300メートル上がりました。
- ──
- 半身が効かない状態で、
片手だけで、300メートルも‥‥。
- 吉田
- ふつうなら3~4時間で上がれるところ、
30時間以上かかったな、そのとき。
- ──
- すごすぎます。
- 吉田
- あれが、いちばんしんどかったですね。
で、そのときずっと歌ってた歌があって。
- ──
- 歌?
300メートルのロープを30時間以上、
片手で登っているときに?
- 吉田
- そう、それが「お正月」。
- ──
- え(笑)、それは‥‥何でですか?
笑っちゃ悪いですけど(笑)。
- 吉田
- いや、なんでかは、わかんない(笑)。
単調でのんきな感じが
最悪な状況でも歌いやすかったのかな。
えんえん「もーう、いくつ寝るとー♪」
って歌いながら、登ってた。
- ──
- はー‥‥。
- 吉田
- やっぱり現実逃避したかったんだろうね。
あの歌を歌ってたら、
目の前にある現実をちょっとごまかせて、
痛みもまぎれるような気がして。
ぶら下がった状態で
途中、何度も寝ちゃってましたけど。
- ──
- この国に
「お正月」というのんきな歌があって、
本当によかったです。
- 吉田
- あれ以来、歌ってないなあ。お正月。
<つづきます>