聞き書きの世界。
『木のいのち木のこころ』と塩野米松さん。


対話がおもしろくなる原因は聞き手にある?
情報の送り手としての能力を磨く人は多いけど、
情報の受け手としての訓練も、おもしろいんだ。
塩野米松さんの語る、聞き書きの世界にようこそ!

傑作『木のいのち木のこころ』が文庫化する時に、
「聞くこと」のことを、詳しくたずねてみました。
塩野米松さんがここで熱く語る「聞き書き甲子園」に
興味を持った人、詳細情報はこちらのサイトでどうぞ。
対談構成は木村俊介、写真は山口靖雄が担当してます。




いままでの聞き書きの世界。

糸井 名人や達人が、それぞれ
「技を教える」と言うことについて、
塩野さんはどんなことを思いますか?
塩野 たくさんの
名人といわれる人に会いますが、心底では、
ぼくはその仕事をしていないから
技の難しさや実感はなかなかつかめないです。

もし、やっていても
話してくれる言葉からは
仕事や技は教われるものではないなぁ、
と思いますね。
ほとんどの弟子がいるところが
そうですが、静かなものです。

それで、
弟子たちがみんな一生懸命です。
黙々とやってます。

親方は教える人じゃないけど、
教わる場を作ってくれている。
弟子は、教わるんじゃなくて
学ぶチャンスを与えてもらっている。
材料も給料ももらってね。

中にはなんにも教えてくれないと
不満を言う人もいますが、
それは心構えが違うんですね。
木の瘤のような人の弟子は
木の瘤になろうと黙ってやってます。
見てると下手な子も要領の悪い子も、
見るからに不器用な子もいます。
叱られ上手も、叱られ下手も……。

そういうことがあるところは
ゆっくりですが、みんな育っていきます。
糸井 ある意味では「教える」制度だけが
要るのかもしれない。

ぼくは
「あるひとつのことに関して
 応援団がたくさんいる」
という状態が、結局はそれをやる人を
育てるんじゃないかと思うんです。

ベトナム戦争で
ゲリラが倒せなかった理由は、
匿う味方が多かったからだといいますか、
ある分野の「匿う家」がたくさんあれば
その分野は潤うといいますか……
だからおそらく中途半端なヤツが、
どの分野でも
いちばん大事なんだと思うんです。
塩野 確かに、名人と入門者だけだと
いい職人は育たないとは言いますね。

親から子では年が離れすぎているから
中間に誰かいたほうがいい。

弟子でも
ヘタクソから上手まで並んでいると、
「がんばるとあの人ぐらいにはなれる」
という身近な目標が
狭い間隔でいればいるほど
リアリティがありますから。

それと名人の話は
もちろんおもしろいんですけど、
弟子の話もこれまたいいんです。
言っちゃ悪いけど、
まだ半端なときの心持ち。

それを素直に話してくれたときは、
こっそり拍手です。
中途半端も未熟者もいいんです。
ぼくはそれも好きなんだな。
糸井 そもそも、
「キミはほんとはやめたほうがいい」
というようなヤツが
「あの人はすごいなぁ」
と言ってくれるおかげで、
やっていけるんですからね。
塩野 ぼくはいくら
秘伝や口伝を教えてもらったところで、
実際には使い道がない。
だけどこれは面白いと他人には伝えられる。
名人はそんなこと決して言いませんから。

そうやってぼくらは、
勝手にまわりで騒いでいるだけですが、
ぼくの聞き書きを読んで
宮大工や屋根屋や炭焼きの
弟子に入った人たちがいるんです。

申し訳ない気もするんですが、
後継者ができることもあるんです。
そのためにやってるんじゃないけど、
何かが起きてくる。それはまたおもしろい。

それで、そう人たちが
今度はぼくの興味の対象になる。
寂れて、消えていきそうな仕事に
わずかですが光が当たったりすると、
そこが少し賑やかになる。

役に立ちたいとは思わないというか、
役になんか立ちたくないけど、
賑やかになるのは
忘れられるよりはいいかな。
糸井 無責任にワーワー言ってる野次馬が
たくさんいる分野はおもしろいと思います。
  (対談は、今回でおわりです。
 ご愛読、ありがとうございました)


 
2005-06-24
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