ほぼ日 |
キリンビールからキリンビバレッジに移り、
缶コーヒー「ファイア」の立ちあげで
佐藤さんがやりたかったことは何ですか? |
佐藤 |
当時は、キリンビバレッジの
缶コーヒーの売り上げが落ちていました。
しかも、それより何より、ぼくはその頃、
缶コーヒーというものをあまり飲んでいなかった。
飲みたくなかった。
缶コーヒーは、ビバレッジとしては
他社と比べて劣勢なジャンルであり、
なおかつ自分があまり好きではなかったジャンル。
そこで商品を作ろうということになると、
ぼくは何か「新しい属性」を考えたくなりました。
それまでの缶コーヒーじゃないような
缶コーヒーを作りたかった・・・
それが開発のいちばんの出発点だと思います。
口にコーヒーの味が残って、
くさくなるような感じ?
胃が荒れそうな感じ?
甘すぎる?
これはいちばんはじめに
ファイア開発スタッフで合宿した時に出た
従来の缶コーヒー全般に対しての不満です。
だから、胃が痛くもならず、
口が臭くならないものを作ることは、
前提条件でした。
ぼくとしてはそれ以上に
それまでのコーヒーのイメージが
「あぁ・・・」とか
「ホッとする」みたいな
リラックスするところにおさまっていることが、
我慢できなかった。
そうじゃないよなぁ、と思っていました。
もっと「飲むと喝が入る!」だとか、
「自分の気持ちのエンジン!」みたいな、
そういうものであってもいいはずです。
それが、ぼくにとっての
コーヒーのイメージに近かった。
ぼくは、「ホッとするもの」の
反対のものを作りたいなぁと思っていました。 |
ほぼ日 |
「ホッとする」反対のコーヒーというと? |
佐藤 |
覚醒感があって、気合いが入るコーヒーです。
気持ちをスイッチできる飲みものと言いますか
そんな風にコーヒーを位置づけなおせたら、
きっと、飲んだ人みんなに
元気が湧いてくるんじゃないかと思いました。
だからファイアでは、
ネーミングからしてモロにそうなのですが、
「魂に火をくれ!」というコンセプトを
前面に出していきたい、と考えたのです。
「今度のコーヒーは、火なんだよ」
と言うと、はじめはいつも笑われました。
「コーヒーに『火』って、うそでしょ?」と。
でも、ほんとうに本気なんですよ。
ジッポライターのような容器にして、
「よーし」とか「いくぞ」という気持ちの隣に
いつもぼくたちの作ったコーヒーがある。
それが実現したら、どんなにすてきかと思った。
ジッポって、触っているだけで
気持ちがいいじゃないですか。愛着がある。
あのライターを好きな人は、
なんかを考えたり一服したりしながら、
いつも指でいじっていますよね?
ぼくたちの缶コーヒーも、そんなように
いつも心に近い存在でありたいと感じていたのです。
アートディレクターの方と何度も何度も話しあって
これにそっくりなプロトタイプのデザインが
あがってきた時には「いける!」と思いました。
いま売っているコーヒーの缶は、
どれも装飾がすごいじゃないですか。
でも逆に、シンプルイズベストで、
しかもかっこいい。
これでいいんだと満足していました。
そもそも、本音で話していることを
仕事としてスタートできるということが、
とてもありがたかったんです。
おかげで、現状の缶コーヒーへの不満を
そのまま反転させて新コーヒーを開発することが
とても素直に実行できました。
必死になってやっているうちに、
「俺もそのチームに入りたい」とか、
「それ、いいんじゃないの」と
応援してくれる人がたくさん出てきたんですよ。
そもそも、缶にしても、
「ジッポライターみたいに
エンボス(浮き彫り)加工できるかもよ」
と言ってくれる缶メーカーさんがいらっしゃって、
はじめてこの缶は生産可能になるものでした。
この缶のように作るには
地金を変えなければいけない。
つまり、コストと手間がよけいにかかります。
本来なら、
「だいたいエンボスって、市販のコーヒー缶に
なんでそこまで凝ったものを入れるんだ」
と文句を言われつづけるはずのものです。
コストはどうするんだという声が聞こえているのに
むしろ缶メーカーさんも打開策を考えてくれた。
コーヒーの味そのものにしても、
チームの中から出た
「口がくさくならないためには
レギュラーコーヒーに近づけよう。
砂糖の量を減らそうよ」
「マメを直接火であぶったら」
といったさまざまなアイデアや、
「うちの工場にあぶる機械が残っていますよ」
とアイデアを具現化するための発見が、
どれだけありがたかったか。
その後にぼくたちチームが手がけた
生茶も聞茶も、ありがたいことに
とてもたくさんお買いあげいただいていますが、
いろいろな方とお会いしてよく言われるのは、
「ファイアはサクセスを象徴するブランドですね」
ということです。
確かに、ファイアのマークは、
「ブランド感」という点では突き抜けています。
それには理由があるんですよ。 |
ほぼ日 |
なんで、ファイアには
他の商品よりもブランド感があるのですか? |
佐藤 |
「ファイア」は会社の大事な会議に
商品として提案してはぺシャッとつぶされる
そういう連続の中でようやく生きのびたんです。
開発チームの中で最高のコーヒーを
素直に作ったまではよかったけれど、
発売までは、ほんとうに苦しかった。
それでもつぶしたくなかったし、
つぶしたくない理由があった、ということで
執念のような気持ちがこもっているんですよ。
ぼくたちがその後に開発を進めていくための
「志」の最初のしるしのような商品だから、
すべてを削いで、あの火のマークに託した。
だから、愛着とブランド感が
大きいのではないでしょうか。
会社からは
「だめだよこんなコーヒーは!」
「缶が、クルマのエンジンオイルみたいだよ!
そんな缶に
エンボス加工をするなんてナンセンスだ」
「だいたい売れるコーヒーってのは、
ジョージアとかワンダとか濁音が要るんだ!」
と言われつづけていました。
営業の方とは、話しあいの挙げ句
どなりあってしまうことが多かったし、
ぜんぜん違う対抗馬的なコーヒーを作らされて
それと比べてどう劣るかを説明されたり・・・。
でもこのコーヒーだけは殺されたくなかった。
でも、ほとんどすべての要素に
だめだしをされているからなぁ・・・と
ちょっとくじけそうになると、
「ネーミングはファイアのままでよくなりました」とか、
「工場に備長炭であぶる機械が見つかりました」とか、
ぎりぎりのところで、運やアイデアで助けられてきた。
じゃあ、もうちょっとがんばろう、となりますよね。
その連続で、すこしずつ
発売のための条件をクリアしてきた商品ですから、
「よく生き抜いたな」とか「大切にしたい」と思う。
ちょっとやそっとのことでは
このファイアのマークも変えたくないし、
その時からの気合いを常に持っていたいのです。
最初の志を捨てたくないから、ファイアは捨てない。
ぼくたち開発チームにとっては
「こういう考えで仕事をしたい」
という憲法のような商品なんです。
ファイアが元気だと、
そのほかの飲料も次から次へと元気になる。
最初の志を捨てないためには、
ファイアがかっこよくて飲んでうまい、
という状態を続けていかなければいけないんです。
続けて、進化させる。
そういうパワーがないと、説得力がないから。
続けることの大切さは、
ファイアを作る時に会いにいった
ネイティブアメリカンたちからも聞きました。
ファイアオリジナルのジッポライター |
ほぼ日 |
いま佐藤さんがつけている指輪も
ネイティブアメリカンのものですか? |
佐藤 |
はい。
ネイティブの方の手作りなんです。
この指輪は、苦労を
吸い取ってくれるものなのだそうです。
「心にいちばん火を持っている人は誰だ」
ということでネイティブアメリカンの方々に
お会いして話をうかがいました。
ダンス・ウィズ・ウルブスに出ていた酋長さんたち。
現場に行って話を聞いてはじめてわかることは、
ずいぶんありました。
さっきちょっと言った「続ける」ということを
彼らはとても大切にしているんです。
つまり、後世に何を伝えるかという話です。
彼らは、年上の人に畏敬の念を示すんですね。
畏敬の念としての最高の表現は、
「タバコをさしだすこと」だそうです。
年上の人のほうは、畏敬の念で敬われたら、
今度は年下に対して
「みんなよりも長く生きてきて
いろいろなものを見た上で何を思うか」
を、教えなければいけないんです。
自然界への愛や、天への気持ちを、
彼らはどう伝えると思いますか?
・・・色で貴さを表現するんですよ。
空の青、水の青、火の赤。草木の緑。
「空を見ると人間は落ち着く・・・」
と話しはじめる。
空の青さ、水の深さ、と、
とりわけ「青」を大事にしていました。
SUPER FIREが、缶から広告からすべて
青の世界にこだわったのは、現場で
彼らが青を基調にした表現をしていたからなのです。
ネイティブアメリカンたちが話していた青のように
愛を表現した青、あたらしいことをはじめる青、
という気分を、あたらしい飲料に込めたかった。
はじめに火をもらった。
これから頑張ろうと思うと同時に、
今度はただ「もらう」だけではなく、
こちらからもまわりのものに愛を与えたい。
いいものを見たら素直に讃えたい・・・。
「ファイア」の物語は、開発チームにとっての
気持ちのよりどころでもあるんです。 |