MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

「誰も彼を騙せない。」

仕事である街に行きました。
暖かい午後でした。
路上で、男性に声を掛けられたのです。
「いつも見てますよ。
 実は今、気功の実験をやってるんです。
 やってみませんか? 」
何でも試してみたい僕はすぐさまOKしました。

実験は単純で、まず始めに一度前屈をしてみます。
(立ったまま、足を肩幅くらいに広げて。)
その状態でどこまで手先が届くか記憶しておきます。
ちなみに僕は体が固いのです、それもかなり。
僕の前屈姿勢を見ていた相棒のボナ植木が、
「おい小石、それじゃ前屈かお辞儀かわかんないよ」
と言ったくらい。
「かなり固いですねぇ」
と男性も笑っています。
「では、気功を始めます」
と言い、僕の背中あたりに手のひらをあてました。
ほんの1分くらいでしょうか。
「では、もう一度前屈してみて下さい。」
やってみると、確かに前回より3cmくらい
地面に近くなったのです。
超能力とか神霊とかにはうるさい僕ですが、
実際にこうして出た結果を前にかなりうろたえると同時に、
「ふうむ、てなこともあるのかなぁ。」
などと感心したのです。

仕事場であるデパートの控え室で、
さっそく植木に訊ねました。
「なぁ、あれはやっぱり気っていうものの
 効果なのかなぁ」
などと、のんきに。
植木は深〜く深〜く息を吸込み、
今度は一気にその息を吐き切って言いました。
「お前は馬鹿か、アホか、まぬけか。
 どっちなんだぁ、えぇ?
 いったい何年この世界にいるんだぁ、えぇ?
 どうなんだよ!」

訳が分からずぼんやりしている僕に、今度は小さな声で、
「あのね、よ〜くさっきのことを思い出せよ。
 まず最初に、あんたは前屈をやってみたよなぁ。
 そいで背中あたりをなぜられて
 もう1回やったよなぁ。
 つまり2回やったよなぁ」
そろそろ気がつけよ、という沈黙のプレッシャーが数秒、
「ま、まだ分かんないか? あぁ〜ん? 」
でもまだ分からない僕を見て、呆れるように続けます。
「だからさ、あんたはまず1回練習したんだよ。
 ね?練習。
 練習すると、誰でも何でも2回目の方が
 成績良くなるんだよ。
 たとえあんたでもなぁ。
 だから2回目は3cm、成績が上がったんだよ。
 以上! 」

いやはや、反論どころか深く深く感心、感動いたしました。
すごいすごいすご過ぎる。
なんという冷静な観察力、洞察力、判断力。
我が相棒ながら恐ろしいまでの頭脳ではありませんか。
(それとも単に僕が人の10倍くらい
 ぼんやりしているだけなのでしょうか? )

ずっと以前にも、ボナ植木の観察眼に
驚いたことがありました。
場所はパリ、僕らはロケを全て終了して
空港へ向かうバスの中でした。
長らく一緒に寝起きしたスタッフとの別れでした。
窓の外で手を振っているみんなの顔が
突然の涙で歪んで見えます。
これまでの思い出が走馬灯のように・・・、
などと感傷の渦に沈み込むのは、僕だけでした。
バスの中のボナ植木の目は、
外で手を振り続けるスタッフの背後に忍び寄る
一人の男を見つめていたのです。
そのスタッフの一人のポケットに手を差し入れる瞬間を。
「スリだぁ! おいっ、後ろ、後ろっ」
バスの窓には厚いガラスがはめ込まれています。
運転手はフランス人で、植木の叫びが解りません。
バスは走り出し、叫びは空しく僕の耳に届くだけだった。
後日伝えられたスリの被害が、
大したことがなかったのは幸いでした。

それにしてもあの人ごみで、
あの状況でスリの動きを察知するとは。
僕は感動のあまりつぶやきました。
「さすが、蛇の道はヘビ!」
しばらくは口をきいてくれませんでした。

もしも不思議なこと、妙なこと、謎のもの、
出来事などありましたら、
「超能力だよ」
「知らない世界が存在するんだよ」
「ハンドパワーだよ」
などと早合点せずに、
ボナ植木に相談されることをお勧めいたします。

2001-03-21-WED
BACK
戻る