MORIKAWA

森川くん、人工知能の本をここで再編集。

前口上

さて、いつもダイニングばかりでお世話になっていますが、
ぼくのもっかの本業はゲーム制作なわけです。
ゲームといっても、
画面の中をキャラクターが勝手に動き回る、
ユーザーはそれをぼんやり見ているっていう、
おそろしく環境ビデオに近いゲームなんですが、
そのキャラクターの「勝手さ」を生み出すために、
キャラクターに人工の知能を与えたわけです。

そんなゲームを3作作ったこともあって、
日頃、まわりの人に、人工知能については
「素人をだませるくらいに詳しい」と豪語していたのですが、
その「つけ」が回ってきて、とうとう、去年
『マッチ箱の脳』(新紀元社)という
人工知能に関する本を書くハメとなりました。
(編集部註:『マッチ箱の脳』については
「担当編集者が知っている」をごらんください)



『マッチ箱の脳』は、
「古きよき時代の人工知能」と呼ばれる
古典的人工知能モデルについて、
興味を持たせる、わかったような気にさせることを
目的とした本です。
ぼく自身が文化系であり、工学には縁のない人間なので、
詳しく正しく書きようもなかったというのが
実状だったのですが、そんなこともあって、
ともかく、人工知能関係では、
おそらくはじめてのシロウト本だと思います。

だれがそういうことに興味があるのか?
そんなことも全く考えないで書いた本という意味でも
シロウト本であります。

さて、そんなこととは関係なく、
かねてより「ほぼ日」に理科系あるいは男子系硬派系、
非癒し系コンテンツを! 
とダーリンに直訴していたことなどもあって、
この「マッチ箱の脳」のウエブ版を始めることになりました。
基本的には、「マッチ箱の脳」からの抜粋を
加筆修正ってことで、やっていこうと思っていますが、
本を書いているときから、常々、
ここをアニメーションで見せられたらナァとか、
実際の実験が体験してもらえたらナァ、
と思いがあったこともあったので、
ここでは、なるべくアニメーションや
実験を織り込んで行きたいと思っています。



そうそう、途中で、伊藤ガビンちゃんを引き込んで、
人工知能巡礼のたびとか、
トピックス的なものも織り込んでみたいナァと
夢は膨らむばかりです。

「ほぼ日」では、すでに
「本が先か、ウエブが先か」的現象が起こりつつありますが、
それに乗っかって、マッチ箱の脳・ウエブ版は、
CDでいうアウトトラック、映画のディレクターズカット、
公式ブートレグ、料理で言うなら、まかない料理(違うか!)
ということで「どっちも読まなきゃ!!」ってものに
したいと目論んでおります。

ということで、さっそく、はじまり、はじまり。
まずは、トライアルということで、
「マッチ箱の脳」の「最初に」(大幅加筆版)をどうぞ。
長文ご免。


■最初に

AIは、Artificial Intelligenceの略で、
日本語で言うと人工知能、ということになります。
AIはSF映画やコミックなどによく出てきますし、
最近では、おもちゃロボットの分野でも
すっかりおなじみになっていますから、
人間の代わりに何かを考えたり
判断したりするコンピュータのことかなぁ、
ぐらいの知識は、みなさんお持ちだと思います。
SF映画なんかに出てくるロボットたちは、
とてもよくできていて自分で考えたり、
判断したり、しゃべったりする能力があります。
人間を助けるロボットが登場したり、
はたまた人間を攻撃するロボットが登場したり、
表現力も豊かでまるで生きているようです。
与えられた環境や、状況の中で、自分で判断して行動する。
人間と同じような知能があるわけです。
そんなロボットたちの脳みそにあたる部分が、
人工知能、ということになりますが、
これが現実の話になるのはまだまだ先のことでしょう。
残念ながら現在のAIは、
映画のようなものとはほど遠いのです。
SFの世界のロボットたちは万能ですが、
現在のAIは、特定の分野で得意なことだけをやっている、
という段階です。



ただ、じゃあ全然使えないの? 
というとそんなことはありません。
みなさんが知っている以上にいろんな分野で
AIは活用されています。
身近なところで言うと、天気予報などで
実際に使われています。
では、今現在、お天気予報やら、
おもちゃやらでがんばっているAIは、
どんな仕組みなの、というと、
これが一気にハードルの高い話となってしまいます。
現在、AI、人工知能に関するものは山と出ています。
にも関わらず、私たち素人は、
AIという言葉を知っている割には、
実際の中身についてはあまり知りません。
たとえ知ろうとしても、私たち素人、
特に文化系で数学が全然わからない人間にも
理解できるようなAI本がない、という現状があります。

このことは、ぼく自身が身をもって体験しました。
ぼくは仕事でAIを使うために、
AIモデルの数理的構造を詳しく説明する本や、
AIの可能性や問題点を指摘する哲学的な内容の本、
実に多種多様な本のお世話になりました。 
しかし、これらはAIについて
研究している人のための本であって、
「AIってなんなの?」
という素朴な疑問に答える本ではないのです。
文化系、数学が全然わからない人間にも
理解できるようなAI本がない。
これは一見、事実と反するように聞こえるかもしれません。
なぜなら、数学が苦手な人向けに、
数式を解説したAI本はたくさん出ているからです。
これらの本は、数学が苦手な人にでも
「理解できる」ように工夫されて書かれています。
しかし「理解できないから読めないのだ」というのは、
まさに、理科系的な発想で、
実は、「読む気がしないから読まないのだ」というのが
文化系魂なのです。

理科系の発想で書かれたAI本の弱点は、ここにあります。
例え理解できようとできまいと、
読む気がしないなら意味がない。
つまりいくら平易に数式を解説しようが、
数式なしにしようが、
文化系魂に読む気を起こしてもらえなければ
意味がないのです。
ということで、本書では、
「文化系向けのAI本」
ということを強く意識して書きました。
なるべく、眠くなるような学術用語や数式を使うことを避け
「読む気」維持につとめ、味気ない図式のかわりに、
「ラクにわかる」用イラストを多く入れました。
実際に体験できるシミュレーションも入れました。
このため、一部確信犯的に、
学術的には妥当とはいえない言葉や
説明を使ったりしています。
また、「木を見るより、まずは森を見てください」という
願いを込めました。
ですから、取り上げたテーマや、その扱いのバランスも、
通常のAI本とはかなり違っています。
ただ、これらの乱暴な手法を取ったおかげで、
AI関連の本の中では、かなり読みやすく、
森を見やすい本になっていると思います。
そして、もう一つ。
最後の章で詳しく説明しますが、
現在のAIの問題点として
「架空の実験や思考だけでは役に立たない」
という指摘があります。
これは机上の理想的な環境で、
いくらAIの動作をシミュレーションしたって、
実際の現場(現実の世界)は、
面倒な問題がいっぱいあるんだから、
通用しないよと言った意味です。



ぼく個人は今までに、3つのコンシューマ・ゲームで
実際にAIを使っています。
ゲームの世界はもちろんリアルワールドではないのですが
(それどころか、最も理想化された仮想の世界)、
実際に売られているおもちゃで使ったという観点では、
リアルワールドです。
1秒のフリーズでも事故といわれてしまう
コンシューマ・ゲームの世界で、
いかにAIの計算量を少なくするか、
少ないメモリーで動かすか、
AIの勉強曲線(学習の進み具合)は
どのくらいが気持ちいいかなどは、
研究の世界にはない苦労です。

こうした、実際おもちゃに使ったという経験や、
AIについて全くの素人、
しかも文化系人間が一から始めて、
何とか組みあげるところまでいけたという経験は、
ある種の「臨場感」とととも、
特にモノづくりに携わっている方には、
何かしら参考にしてもらえるのではないかと思っています。

いずれは、SFに登場するようなロボットたちの
脳になるかもしれない可能性を秘めたAI。
この将来有望なAIが、今現在、どんなもので、
どんな仕組みで動いているのか、
それをこれからお話していきたいと思います。


2001-02-13-TUE

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