映画『夢売るふたり』は‥‥  ややこしいから すばらしい。  糸井重里×西川美和監督    試写会からの帰り道‥‥ 「やっぱりあの監督はすごいな」と糸井重里。 文藝春秋から出版される単行本の企画で、 その監督、西川美和さんと3年ぶりの対談になりました。 映画の話題を軸にしながらも、 ふたりのやりとりは不定形に、あちこちへ‥‥。 この対談を「ほぼ日バージョン」でもお届けします。 映画と本と、合わせておたのしみください。 観れば観るほどややこしい。 ややこしいからおもしろい。 『夢売るふたり』は、すばらしいです。
 
第2回 阿部サダヲさん、松たか子さん。
西川 『夢売るふたり』では、貫也の役を
二枚目で行くか三枚目で行くのか、
すごく悩んだんです。
糸井 女性を次々とだましていく、
結婚詐欺をする男の役ですからね。
西川 キャスティングのとき、
女性スタッフの中ですごく意見が分かれました。
糸井 ほぉ、興味深いですね。
まず、阿部サダヲさん。
阿部サダヲさんは、おおもとは「二」です。
これはまず、前提ですよね。
西川 ‥‥それは糸井さん、
どうしてそう思われるんですか。
糸井 そういう札がついてるから。
おおもとは「二」で、
いい男だから俳優になった人だと思いますよ。
まあ‥‥本人はどういうふうに
自分を整理をしてるかわからないですけど、
ぼくらが見ると「二」ですよ、やっぱり。
西川 私は阿部さんの魅力は、
「三」に見えて「二」なところだと思うんです。
てっきり「三」だと思っていたら、
芯のところから「二」が垣間見える。
だから女性がコロッとなるんじゃないかと。
糸井 あー、なるほどね。
西川 外側も中身もどちらも「二」だと、
あんまりおもしろくないと思って‥‥。
でも、キャスティングを話し合っているとき、
大人の女性からは、
「道を歩いてるだけで
 ふっと振り返りたくなるような
 いい男にしたほうがいいんじゃない?」
という意見もありました。
糸井 二枚目が好きですからね、やっぱり。
西川 たしかに、そうすると四の五の説明しなくてすむ。
「この男に言い寄られたらだまされるよ」
と納得させやすいし、
「奥さんが惚れ込んでいる」という設定も
伝わりやすいんでしょうけど‥‥
最終的には私の好みにしました。
あんまり二枚目じゃない男のほうが、
「だまされてる」ことを
むしろ感じさせないんじゃないかと。
糸井 いずれにしても重要なのは、
主役の奥さん、松たか子さんが、
夫の阿部サダヲさんを、
なんでそんなにも好きなのか。
観ている側に、そこの納得がいくことですよね。
西川 そうです、
里子が貫也にひかれるリアリティ。
糸井 ぼくはその納得が、
わりと早めにできちゃったんですよ。
西川 ほんとですか。よかった。
糸井 この男は真剣に私と対峙してるということを、
里子は受け止めてるんだと思う。
だから、火事のあとお金を出すじゃないですか。
あれはやっぱり、
私はこの人と一緒にいる、
と覚悟を決めた人の発想で、
ただ好きだとか惚れたとかいうレベルじゃない。
というのが、早い段階でわかったんです。
そうか、この良さが
これからこの映画の軸になってくるんだと。
西川 うれしいです。
糸井 観終わってから考えると、
あの役は阿部サダヲさん以外は
なかったかなと思います。
でも一方で、
いわゆる二枚目を当てはめたらどうなるだろう
と考えるのもたのしいんですよ。
たとえば役所広司さんだったら‥‥
とか思うと、また身の毛がよだつ(笑)。
西川 まさに役所さんはちょっと考えたんです。
糸井 考えたんですか。
西川 そう、役所さんというのもおもしろいなと。
糸井 観たいですよね。
西川 観たいんです。
ただ、年齢がずいぶん設定よりも上なので、
役所さんには行かなかったですね。
糸井 あの方は候補になかったですか。
『ゆれる』の‥‥
西川 オダギリさん?
糸井 オダギリさんじゃなくて‥‥
西川 香川さんですか。
糸井 そう、香川照之さん。
西川 香川さんは‥‥ないです(笑)。
今の香川さんは、
もはや『ゆれる』の頃とは違って、
観る人にとって「必ず何かしでかしてくれる人」
という期待値の高い人になっているから、
物語が始まる前から「この人何かするぞ」
っていう悪い感じが出ちゃうと思うんですよね。
糸井 なるほど。
たしかに、たくらみっぽいところが(笑)。
西川 むしろオダギリジョーさんをちらっと考えました。
二枚目のてっぺんとして。
あの人から、お店のカウンター越しに
優しいことを言われたら、
ぼーっとなっちゃうでしょう。
糸井 あー、あるかもね。
西川 ああいう人が家ではだらしなくて、
みっともなく奥さんに甘えてるという姿も、
見る価値があるかもしれないって思ったし。
 (C)2012「夢売るふたり」製作委員会
糸井 あるいは、渡部篤郎さんぐらいの線は?
西川 うーん‥‥
でも、渡部さんが
パンツ一丁でひざ枕をされてたりしたら、
悪意を感じますよね、映画自体に(笑)。
糸井 なるほどねえ、
やっぱりグルッと回って
阿部サダヲさんになるようにできてるんだ。
西川 そういうことになりますね。
糸井 でも、脚本は今回も当て書きじゃないんでしょう?
西川 当て書きじゃないんです、ぜんぜん。
糸井 その意味では、
あのキャスティングはよくできたゲームっていうか、
1ピースでも変えたら
ぜんぜん違うゲームになっちゃったでしょうね。
西川 そうなんです。
キャストがうまくはまらなかったら
進んでいけなかったと思います。
それと今回はとにかく、
松たか子さんに救われたという面が
すごく大きかったんです。
どう転んでも堕ちないというか。
糸井 松さんを中心に据えた映画なんだなっていうことは
観ていてすごく感じましたよ。
ほかの人だともっと暗さが出たでしょうね。
西川 はい。
糸井 あとは、鈴木砂羽さん。
あの方が出るシーンなんかは、
やっぱりちょっとクッと陰影が出ますよね。
 (C)2012「夢売るふたり」製作委員会
西川 ええ、生っぽさっていうか、
そういうのが出ますね。
糸井 こういう人を配置しているから、
軽いコメディにならないんだなと思いました。
西川さんは軽コメディにするつもりは
きっとないでしょうから。
とはいえ厳しさばかりを出してもきついので、
カウンターに
だまされた女性をずらりと並べたりしますよね。
西川 (笑)
糸井 ところどころにそういう
「これはファンタジーですよ」
というサインも出ているから、
安心して観られる。
西川 そうですねえ。
まあ、今回も救いのない話なので、
ときどきそういうところもないと。
糸井 きついですよね。
西川 そうなんです。
とにかくまあ、
松さんのキャスティングには‥‥
いろいろなところでも言ってるんですが、
ほんとに助けられました。
耐えられないんですよね、
松さんみたいに品がないと。
むき卵みたいにつるりとした、
あのお顔に助けていただきました(笑)。
 (C)2012「夢売るふたり」製作委員会
糸井 お餅みたいですよねぇ(笑)。

(つづきます)

2012-09-05-WED

 

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