シェフ
シェフの糠漬け
1 おばあちゃんの糠床。
シェフの糠漬け
ある日の朝ごはん。チキンソテーです。
またもや糠漬けとは関係ない写真ですみません。
ああここに糠漬けがほしーい!
ちなみにつけあわせのポテトサラダは「めがね」風です。

東京のマンション暮らし、自炊生活で糠漬け。
‥‥となると、糠床を入手するところから
始めねばなりません。
容器は「ぬか漬け美人」にするとして、
その中に入れる糠床、どうしたものでしょうねえ。

例によって伊勢丹に行きましたら、
野菜売り場に「すぐ漬かるおいしい糠床」というような
ジップロック容器入りの糠床を売ってました。
「野菜を入れてすぐ漬かる!」そうです。
ふむ、これを使う手もあるな。
でも、おいしいのかなー。おいしいかもしれないけど、
自分でつくって食べたい糠漬けの味とは違うかもしれない。
そう、ぼくの食べたいのは、実家の味であります。
(実家は静岡の商店街で、長く和菓子屋を営んでおりました。
 いまは商売はやめておりますが。)
なんてったってぼくにはあれがいちばんおいしい。
ちょっと酸味が強くて、しっかりしょっぱいあの糠漬け。
おばあちゃーん!! はもういない。
おかあさーん!! ‥‥はっ。そうだ、
母上に相談すればいいんだ!

そう、実家にはかなり立派な糠床があるのですから、
あれを分けてもらえばいいんでした!

もしもし、義明です。
母上様お誕生日おめでとうございます。
誕生日プレゼントはどうしましょう。
えっ、そうですか、新しいパソコンがいい、ですか。
高いですね‥‥え、いや、わかりました。
それでですね、それと引き換えにですね、
私に、あの、糠床を分けてはもらえませんか。
えっ、お安いご用。それは助かります。
ところであの糠床は、いつからあるのですか。

と、訊ねてみましたところ、
「おばあちゃんは、防空壕に持って入ったって」
‥‥だそうです。
防空壕。つまり、あの糠床は戦前からあるのですね。
あの人は明治37年生まれで、16歳でヨメに来てますから、
ええと、西暦にすると、1920年にヨメに来た。
そのころから、あったんでしょうか、その糠床。
えっ、そこまではわからないけど、そうかもしれない。
ははぁ‥‥そりゃまたビンテージ糠床ですね。
そうだとしたら87年ものじゃないですか。
しかし防空壕。塩とか野菜とかどうしたんでしょう。
と、疑問がわかないでもないんだけど、
他界してますから本人には確認のしようがありません。
訊いたらきっと「そうだだよ、防空壕に持ってたっけよ」
と、静岡弁で答えることでしょう。
まぁ、話半分として、
防空壕に持っては入ったもののダメになったとして、
戦後につくりなおした、と考えても、
軽く60年は超えてます。
たいしたもんだなあ。

では、母上様、「ぬか漬け美人」という容器をですね、
宅配便で送りますから、
そこにそのビンテージ糠床を分けてください。
そしてクール便で送り返してください!
よろしくおねがいしまーす。
え? 東京に行くときにおいしいものが食べたい?
どこか連れて行け?
もちろんでございます。まかせてください。
どうぞ糠床をよろしくおねがいします。

ということで、つづく!


(つづく)

とじる