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糸井 |
「お札は複数あってのものだ」と気づいて
「写真印刷」に切り替えたわけですが‥‥。
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赤瀬川 |
はい。
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糸井 |
その後、起訴されて、裁判に。
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赤瀬川 |
ええ。
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糸井 |
そのときは、どういう‥‥。
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赤瀬川 |
はじめ、切実感とか罪悪感は、
まったくなかったんです。
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糸井 |
だんだん、出てきた?
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赤瀬川 |
警視庁に任意で出頭して、
地下の取調室で取調べを受けるうちに
「ああ、ここには誰も味方がいない」ということに
だんだんと、気づいていったわけです。
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糸井 |
ええ、ええ。
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赤瀬川 |
警視庁の地下っていうのは、
やっぱり、かなりビビります。
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糸井 |
その時点で、やっと。
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赤瀬川 |
そもそもは、春くらいにつくったんですけどね、
千円札の印刷物は。
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糸井 |
ええ。
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赤瀬川 |
で、いざ、できあがったお札を見ると、
ワクワクはするんだけど、
結局、それ以上には、ならなかったんです。
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糸井 |
それ以上?
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赤瀬川 |
つまり、その千円札を使って、
会場の壁に留めたり、
なにかを梱包したりしてみたけど、
ぜんぶ、なんか「蛇足」なんですよ。
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糸井 |
つまり‥‥。
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赤瀬川 |
「千円札のコピー」を「つくった」ということ、
そこでもう終わっちゃってたんですよね、その芸術は。
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糸井 |
うわぁー‥‥、実際にやってみた人じゃないと
出ないですよ、そのセリフは。
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赤瀬川 |
それで、ガッカリしてたころなんです、むしろ。
次、もうやることなくなったなぁ、
なーんて思ってたころ。
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糸井 |
起訴されたのが?
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赤瀬川 |
刑事が来たのが。ぼくの部屋に。背広を着た。
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糸井 |
部屋に来たんですか!
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赤瀬川 |
その年の年末くらいから
「なんか、印刷屋に、
お巡りさんが回ってるらしいよ」って、
同人誌の知り合いとかから聞いて。
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糸井 |
刑事が。
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赤瀬川 |
うん、なんか調べてるっていうから「ええっ!」て。
だって、ぼく、悪いことしようとつくったわけじゃ
ぜんぜんないしね、
しかも、すでに自分のなかじゃ、もう終わってたし。
「なんだ、いまごろ調べだして」みたいな。
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糸井 |
「がっかりしてるとこだよ!」って。
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赤瀬川 |
だから、最初、お正月に
背広を着た刑事が2人、来たときも
ぜんぜん怖くはなかったんです。
「これが噂の2人連れの刑事か」と思ったくらいで。
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糸井 |
ああ‥‥。
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赤瀬川 |
まさに絵に描いたようなコンビだったんだけど
「柔らかいの」と「硬いの」がね、
2人連れで来たんです。
とつぜん、年明け早々の正月に。寝てたら。
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糸井 |
ええ、ええ。
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赤瀬川 |
6畳のアパートなんです、男ばっかりのね。
だから、背広がうちに来るなんて‥‥。
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糸井 |
「背広がうちに来る」(笑)。
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赤瀬川 |
最初「画商さんかな?」と思ったくらいで。
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糸井 |
正月早々、縁起がいいやと(笑)。
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赤瀬川 |
うん(笑)。
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糸井 |
そしたら、刑事だった‥‥。
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赤瀬川 |
「すぐに着替えます」って言ったんです。
そしたら「柔らかいほう」がね、
ニコニコしながら、
「いや、いいから、いいから。
ちょっと話を聞きたいだけだから、
そのまんまで」って。
「このまま?」と思いながらも、
蒲団に入ったままの状態で、いろいろと聞かれて。
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糸井 |
蒲団に入ったまま? へぇー‥‥。
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赤瀬川 |
この状況、変だよなぁとか思ったけど、
あとで考えたら、
逃亡のおそれが多少は少なくなりますよね。
蒲団に入れておけば。
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糸井 |
ああ、そういうことなのか。
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赤瀬川 |
いつ、どこで、何枚つくったんだ‥‥なんて
1時間くらい話を聞かれたあと
「任意出頭しろ」って言われたんです。
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糸井 |
警視庁に。
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赤瀬川 |
そう、で、出頭したら地下の取調室にいくんだけど、
そこからもう、怖くなっちゃってね。
「相当、地下に深く降りていった感じ」がした(笑)。
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糸井 |
ああ‥‥。
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赤瀬川 |
インドの井戸みたいに。
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糸井 |
実際は地下1階か2階なんでしょうね。
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赤瀬川 |
せいぜいね。
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糸井 |
じゃあ、その後は取り調べを受けて‥‥裁判?
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赤瀬川 |
そう。
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糸井 |
赤瀬川さんのことだから、
「裁判? 上等だこの野郎、やってやるぜ!」とは
思わなかったんです‥‥よね?
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赤瀬川 |
思わなかったですね。
「どうすりゃいいんだ」ってのが、すべてで。
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糸井 |
まわりに支援者みたいな人は‥‥。
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赤瀬川 |
みんな一生懸命、加勢してくれるんですよ。
とくに起訴状が届いてからは、
「どうする?」なんて相談に乗ってくれて‥‥。
で、労組関係の「赤ひげ」的な弁護士さんを
紹介してもらったんです。
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糸井 |
はい。
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赤瀬川 |
で、その人に「やりかたは、ふたつある」と言われて。
ひとつめは、
「自分は正しいことをやったんだから
権力に屈せず、黙秘をずうっと貫く」という方法。
「それでいいんですかね?」と聞いたら、
「いや、当然、逮捕はされて、
牢屋に入れられるだろうけど」なんて言うんですよ。
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糸井 |
ようするに精神論ですね。
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赤瀬川 |
もうひとつは「受けて立つ」という方法。
これは、検察の言うことを
ひとつひとつ、つぶしていくという‥‥
いわゆる「芸術裁判」のやりかたですね。
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糸井 |
ええ、ええ。
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赤瀬川 |
自分としては、何かを貫ける人間じゃないし、
それにやっぱり
自分の作ったのは何なのかという疑問もあったんです。
だから、みんなが
「千円札事件懇談会」みたいな応援団を
つくってくれたこともあって、
作戦としては後者のほうで、いったんです。
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糸井 |
今さらなんですけど、結局、判決は‥‥。
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赤瀬川 |
懲役3ヶ月・執行猶予1年‥‥だったかな。 |
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<つづきます> |