MONEY IS… vol.01 貧乏と芸術の間の千円札。 赤瀬川原平さんの、とても正直な「お金」の話。
糸井 「お札は複数あってのものだ」と気づいて
「写真印刷」に切り替えたわけですが‥‥。
赤瀬川 はい。
糸井 その後、起訴されて、裁判に。
赤瀬川 ええ。
糸井 そのときは、どういう‥‥。
赤瀬川 はじめ、切実感とか罪悪感は、
まったくなかったんです。
糸井 だんだん、出てきた?
赤瀬川 警視庁に任意で出頭して、
地下の取調室で取調べを受けるうちに
「ああ、ここには誰も味方がいない」ということに
だんだんと、気づいていったわけです。
糸井 ええ、ええ。
赤瀬川 警視庁の地下っていうのは、
やっぱり、かなりビビります。
糸井 その時点で、やっと。
赤瀬川 そもそもは、春くらいにつくったんですけどね、
千円札の印刷物は。
糸井 ええ。
赤瀬川 で、いざ、できあがったお札を見ると、
ワクワクはするんだけど、
結局、それ以上には、ならなかったんです。
糸井 それ以上?
赤瀬川 つまり、その千円札を使って、
会場の壁に留めたり、
なにかを梱包したりしてみたけど、
ぜんぶ、なんか「蛇足」なんですよ。
糸井 つまり‥‥。
赤瀬川 「千円札のコピー」を「つくった」ということ、
そこでもう終わっちゃってたんですよね、その芸術は。
糸井 うわぁー‥‥、実際にやってみた人じゃないと
出ないですよ、そのセリフは。
赤瀬川 それで、ガッカリしてたころなんです、むしろ。
次、もうやることなくなったなぁ、
なーんて思ってたころ。
糸井 起訴されたのが?
赤瀬川 刑事が来たのが。ぼくの部屋に。背広を着た。
糸井 部屋に来たんですか!
赤瀬川 その年の年末くらいから
「なんか、印刷屋に、
 お巡りさんが回ってるらしいよ」って、
同人誌の知り合いとかから聞いて。
糸井 刑事が。
赤瀬川 うん、なんか調べてるっていうから「ええっ!」て。

だって、ぼく、悪いことしようとつくったわけじゃ
ぜんぜんないしね、
しかも、すでに自分のなかじゃ、もう終わってたし。
「なんだ、いまごろ調べだして」みたいな。
糸井 「がっかりしてるとこだよ!」って。
赤瀬川 だから、最初、お正月に
背広を着た刑事が2人、来たときも
ぜんぜん怖くはなかったんです。
「これが噂の2人連れの刑事か」と思ったくらいで。
糸井 ああ‥‥。
赤瀬川 まさに絵に描いたようなコンビだったんだけど
「柔らかいの」と「硬いの」がね、
2人連れで来たんです。
とつぜん、年明け早々の正月に。寝てたら。
糸井 ええ、ええ。
赤瀬川 6畳のアパートなんです、男ばっかりのね。
だから、背広がうちに来るなんて‥‥。
糸井 「背広がうちに来る」(笑)。
赤瀬川 最初「画商さんかな?」と思ったくらいで。
糸井 正月早々、縁起がいいやと(笑)。
赤瀬川 うん(笑)。
糸井 そしたら、刑事だった‥‥。
赤瀬川 「すぐに着替えます」って言ったんです。

そしたら「柔らかいほう」がね、
ニコニコしながら、
「いや、いいから、いいから。
 ちょっと話を聞きたいだけだから、
 そのまんまで」って。

「このまま?」と思いながらも、
蒲団に入ったままの状態で、いろいろと聞かれて。
糸井 蒲団に入ったまま? へぇー‥‥。
赤瀬川 この状況、変だよなぁとか思ったけど、
あとで考えたら、
逃亡のおそれが多少は少なくなりますよね。
蒲団に入れておけば。
糸井 ああ、そういうことなのか。
赤瀬川 いつ、どこで、何枚つくったんだ‥‥なんて
1時間くらい話を聞かれたあと
「任意出頭しろ」って言われたんです。
糸井 警視庁に。
赤瀬川 そう、で、出頭したら地下の取調室にいくんだけど、
そこからもう、怖くなっちゃってね。
「相当、地下に深く降りていった感じ」がした(笑)。
糸井 ああ‥‥。
赤瀬川 インドの井戸みたいに。
糸井 実際は地下1階か2階なんでしょうね。
赤瀬川 せいぜいね。
糸井 じゃあ、その後は取り調べを受けて‥‥裁判?
赤瀬川 そう。
糸井 赤瀬川さんのことだから、
「裁判? 上等だこの野郎、やってやるぜ!」とは
思わなかったんです‥‥よね?
赤瀬川 思わなかったですね。
「どうすりゃいいんだ」ってのが、すべてで。
糸井 まわりに支援者みたいな人は‥‥。
赤瀬川 みんな一生懸命、加勢してくれるんですよ。
とくに起訴状が届いてからは、
「どうする?」なんて相談に乗ってくれて‥‥。

で、労組関係の「赤ひげ」的な弁護士さんを
紹介してもらったんです。
糸井 はい。
赤瀬川 で、その人に「やりかたは、ふたつある」と言われて。

ひとつめは、
「自分は正しいことをやったんだから
 権力に屈せず、黙秘をずうっと貫く」という方法。

「それでいいんですかね?」と聞いたら、
「いや、当然、逮捕はされて、
 牢屋に入れられるだろうけど」なんて言うんですよ。
糸井 ようするに精神論ですね。
赤瀬川 もうひとつは「受けて立つ」という方法。

これは、検察の言うことを
ひとつひとつ、つぶしていくという‥‥
いわゆる「芸術裁判」のやりかたですね。
糸井 ええ、ええ。
赤瀬川 自分としては、何かを貫ける人間じゃないし、
それにやっぱり
自分の作ったのは何なのかという疑問もあったんです。

だから、みんなが
「千円札事件懇談会」みたいな応援団を
つくってくれたこともあって、
作戦としては後者のほうで、いったんです。
糸井 今さらなんですけど、結局、判決は‥‥。
赤瀬川 懲役3ヶ月・執行猶予1年‥‥だったかな。
<つづきます>


2010-05-31-MON