山伏の坂本大三郎さんと「大いなる沈黙へ」を観た。

山伏の坂本大三郎さんと「大いなる沈黙へ」を観た。
1984年、ひとりのドイツ人映画監督が
フランスの厳格な修道院に
ドキュメンタリーを撮らせてくれと頼んだ。
が、「まだ早い」と断られた。
そして、それから「16年」ののち、
「準備は整った」と
門は開かれ、カメラは招き入れられた‥‥。
それが『大いなる沈黙へ』という作品です。
修道院との約束で
一切のBGM・ナレーションを入れられず、
「私語禁止」の修道士の生活を
169分にわたって、
たんたんと描写し続けたこの映画を
山伏の坂本大三郎さんと、観てきました。
半分くらいが映画の話で、
半分くらいが山伏の話。
どちらも、たいへん、おもしろかった。
「ほぼ日」奥野が担当します。
  • 目次
  • 第1回 「のぞき見」したい。
  • 第2回 静寂、沈黙、信仰、顔。
  • 第3回 一生、祈り続けること。
坂本大三郎さんプロフィール

第3回 一生、祈り続けること。

── ちょっと映画からは離れますが
大三郎さんが
山伏になった経緯を、聞かせてください。

そもそも
東京でイラストレーターやっていたのに、
なぜ‥‥というところを。

大三郎 いちばんはじめは、完全な好奇心でした。
体験山伏的なものに応募したんです。

で、修行やってみたら、おもしろくて。

── あの‥‥その「体験山伏」というのは、
ふつうの人が、
ふつうに体験できるものなんですか?

大三郎 ええ、申し込めば、誰でも。

── どういうところが
おもしろかったんですか、山伏修行の?

大三郎 そうですね‥‥たとえば
何時間も山を歩きまわったあと
心身ともに
すっかりヘトヘトになったところへ
精進料理が出るんです。

ごはんと、おつゆと、
おかずが「タクアンだけ」の、ごはんが。

── うわー‥‥なんて質素。

大三郎 ぼく、タクアン嫌いなんですよ。

── え‥‥唯一のオカズなのに。

大三郎 でも、食べたら美味しかったんです。

── なんと。

大三郎 それまで、本気で嫌いだったので、
ほんとうに、びっくりしました。

── 「あっ、いま、オレ、
 タクアンうまいって感じてる!」
‥‥みたいな?

大三郎 自分自身や、まわりの自然に対して、
そうやって
改めて発見することがいろいろあって、
それがいちいち、おもしろくて。

── カルチャーショック的な。

大三郎 そう、その他にも
何のために
こんな修行をするんだろうかと‥‥。

── たとえば、どんなですか。

大三郎 山伏を狭い部屋に閉じ込めて、
トウガラシ入りの
刺激性の煙で、ジリジリ燻すんですよ。

「南蛮いぶし」という秘法なんですが
これが、まさに地獄なんです。

── ‥‥何のためにそんなことを。

大三郎 何のために‥‥そういう修行なんです。

煙の中に大勢で閉じ込められて
苦しくて、涙が止まらなくて
意識が遠のいたりもするんですけど
その苦しみから開放されたとき、
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、
生きるよろこびを実感できます。

── 山伏といえば、の「滝打ち」なども。

滝に打たれる大三郎さん。般若心経を唱えている。

大三郎 もちろん、ひととおり、やりました。

で、体験山伏の最中には、
そんな苦しい思いをする意味について
とくに教えてもらえなかったので
帰ってから、
自分でいろいろと調べてみたんです。

── ネットとかで。

大三郎 いや、宗教学や人類学を研究している
大学教授のところに押しかけたりして。

── あ、そんなに本格的に。

大三郎 そうしたら、山伏って
「ものをつくる人」だったってことが
だんだん、わかってきたんです。

芸術や芸能にも関わりがあったりして。

── そうなんですか。

大三郎 東京でイラストレーターをしていた自分と
何か、どこかで重なっていると感じて
さらにハマっていきました。

羽黒だけでなく、関東各地や
紀伊半島の山伏修行にも参加したりして
現在にいたる、と。

── 修道士の人たちは
雪に埋もれたちいさな畑を耕したりとか、
自給自足の生活をしてましたが、
大三郎さんたちは、どうなんですか?

大三郎 修行中は「笈(おい)送り」と呼ばれる、
山伏の世話をしてくれる人がいて
ぼくらの食事を、つくってくれるんです。

── タクアンのごはん‥‥みたいなのを。

大三郎 そうですね、精進料理です。

まあ、修行ではなく、
個人的に山に入っているときなんかは
いろんなものを捕って食べたり。

── いろんなものって‥‥ドングリとか?

大三郎 ええ、木の実も拾って食べますけど
あとはヘビとか、カエルとか。

── わあ。

大三郎 どっちかっていうと、
カエルのほうが美味しいです、ヘビより。

で、カエルのなかでも
「食用」とされているウシガエルよりも
ヒキガエルのほうが、ぼくは好き。

── それは、煮たり焼いたり‥‥とか?

大三郎 まあ、焼いたほうがいいかな。
パスタにからめたり。

── パスタ‥‥。

東京でイラストレーターをやってたら
絶対にありえない食生活ですよね。

大三郎 ま、外へ出て行くのは好きでしたけど、
たしかに、
ヘビやカエルは捕って食べないですね。

ちなみに、ヒキガエルって
危険を察知すると、頭のうしろから
ガマの油を出すんですけど
いちど、ためしにペロっとなめてみたら
ベロが痺れちゃって大変でした。

── ためさないでください。

そして、ないとは思いますが
念のため
「良い子はマネしないでくださいね!」
と、付け加えておきます。

大三郎 ヒキガエルは
魯山人も「美味い」って言ってたし、
シャキシャキしてて
濃厚な鶏肉みたいな味がするんです。

── この際ですから、こわごわ聞きますが
「現地では貴重なタンパク源」
みたいによく言われる、虫さんたちは‥‥。

大三郎 食べますよ、イナゴとか蜂の子とか。

まる1日、コオロギを絶食状態にして
フンを出させて、
お湯で茹でたあとにすりつぶし、
クラッカーの上に乗せて食べたりとか。

── ‥‥「そこにクラッカーがある」
というのが、ポイントだと思いました。

大三郎 淡白でした。

塩コショウ、オイスターソースで
味付けをしたんですが。

── 大三郎さん、こっち方面の話になったら
俄然イキイキしはじめましたね。

大三郎 いや、山で食糧を獲るのって
基本的に、盛り上がるといいますか
ものすごく楽しいんですよ。

── 狩猟採集的な昂揚感ですか?

大三郎 やっぱり、
生きることに直結する行為だからだと
思います。

苦労して
ヘビとかカエルとかコオロギを捕って
不味かった、
今回は平気だとか言いながら、
人はみんな、生きてきたわけですし。

── なるほど。

大三郎 自然のなかで生きていくという、
その、ごくシンプルな暮らしが楽しくて
ぼくは、
山伏をやってるんだと思います。

── 一生、続けるんですかね?

大三郎 だと思いますけど。

── さっき、修道院の人たちが
「一生、祈リ続けるのか」ということに
ぼくら、おののきましたが、
大三郎さんも「一生山伏」なんですね。

大三郎 あー‥‥それは、そうですね。

── 案外「いける」んじゃないでしょうか。
大三郎さんなら、もしかしたら。

大三郎 うーん‥‥どうでしょうか。
出てこれるなら、入ってみたいけど。

── 出てこれるなら、というのはつまり、
出てくること自体は自由ですが、
入る時点で
「私財をなげうたなければならない」
ことのハードルの高さも含めて。

大三郎 そう、でも、映画を観ながら
自分が、あそこで一生を過ごすことは
ないだろうと思いつつ、
でも、自分が絶対に送ることのない
別の人生があって
その一端に触れることができたことは
すごく愉快な体験でした。

── それも「のぞき見」的に。

大三郎 そうそう(笑)。

── 大三郎さんの場合、どこか共通点もあったり。

大三郎 そうですね。

自分のやっていることを
また別の角度から眺める視点が増えたようで
そういう意味でも、おもしろかったです。

── 最後に、たいへん正直に申し上げますと
このドキュメンタリー、
BGMもナレーションも入っていない、
ある意味、究極のドキュメンタリーですので、
人によっては少々、心地よい感じにも‥‥。

大三郎 なるでしょうね。
なにしろ、3時間ちかくありますし。

── かくいう自分も、
何度か、その誘惑に襲われましたが
そのつど、
「これって現実なんだよな」と思ったら
ぐいっと目が開きました。

大三郎 あはは、たしかに。

同じような感じの「芸術映画」だったら
寝ちゃうかもしれないけど、
修道士たちの生活は
ぜんぶ、ほんとうのこと‥‥ですもんね。

── 毎日、23時半に起床することも、
私語が禁止で
藁のベッドとストーブしかない房で
過ごしていることも、
ほとんど何も所有していないことも、
ぜんぶ、ほんとうのこと。

大三郎 一生、毎日、祈り続けることも。

<おわります>

2014-07-14-MON

ドイツ人監督フィリップ・グレーニングが
フランスの厳格な男子修道院、
グランド・シャルトルーズ修道院に
撮影を申し込んだのは、1984年のこと。
「まだ早い」と断られたのですが
なんと「16年後」に「準備が整った」と。
ただし撮影にあたっては条件があって
音楽を入れてはならない、
ナレーションを入れてはならない、
照明を焚いてはならない、
修道院に入れるのは、監督ひとりだけ‥‥。

修道院も修道院なら
監督も監督だなあと思ったのが、
グレーニング監督、
そんな厳しい条件のもとで撮った映像を
5年もかけて完成させたということ。
上映時間2時間49分、
究極的な暮らしを営む修道士たちの姿が
ただただ、たんたんと描かれます。
静かに「すごいな‥‥」と思うこと多々。
たぶんきっと、
忘れない作品になるだろうと思いました。
(ほぼ日・奥野)

監督・脚本・撮影・編集:フィリップ・グレーニング
2005年|フランス・スイス・ドイツ|169分
配給:ミモザフィルムズ

2014年7月12日(土)より
東京・岩波ホール他全国順次ロードショー。