糸井 はじめまして。
サンデル はじめまして。
糸井 たぶん、日本での滞在中、
いろんな取材があるでしょうけど、
この場がいちばんリラックスしたものだと
思ってください。
サンデル あー、それはよかった(笑)。
糸井 (笑)。
あの、サンデルさんのことを、
テレビで拝見したり、
サンデルさんの本を読んだりしたとき、
いちばん素直に思ったのが、
「どうしてこの人は
 こんなふうになったんだろう?」
っていうことだったんです。
サンデル (微笑みながらうなずく)
糸井 自分がどういうふうにして、
いま、ここにいる自分になったのか。
そういうことから
うかがっていいですか?
サンデル わかりました。
そうですね‥‥。
私は、大学を卒業したとき、
そのあと、どうしていきたいか、
これから何になりたいか
まったくわかってなかったんです。
糸井 それは、何年くらいのこと?
サンデル 生まれたのが、1953年ですから‥‥。
糸井 ぼくが1948年ですから、5歳下ですね。
じゃ、大学を卒業したころは、
ベトナム戦争の影響なんかが大きいころ。
サンデル そうですね。
そのころの私は、政治に興味を持っていました。
ジャーナリズムにも興味がありましたから、
政治記者になろうかなとか、
立候補して政治家になろうかなとか、
そんなことをぼんやりと考えていました。
そして、大学の最後の夏休み、
21歳のときだったんですけれども、
ワシントンDCの新聞社でアルバイトをしました。
ちょうどそのとき、
ニクソンの不正騒ぎがありました。
糸井 ウォーターゲート事件。
(リチャード・ニクソン大統領が
 当時の野党である民主党本部がある
 ウォーターゲートビルに
 盗聴器を仕掛けたことが発覚し、
 大統領辞任に追い込まれた政治スキャンダル)
サンデル 憶えていますか。
糸井 もちろん。
サンデル あの夏は、ニクソンに関する捜査が
ちょうど進行していた時期で、
政治に興味のある若者にとっては
ほんとうにエキサイティングでした。
私は事件に関する記事も書かせてもらいました。
糸井 小さなスキャンダルから
政府全体が大きく揺れ動く様子を
目の当たりにしたわけですね。
サンデル そうです、そうです。
糸井 いまの人には
当たり前の景色かもしれないけど、
あのころはとても新鮮なことでしたよね。
サンデル はい。もう、これは歴史的瞬間だ、
という感じで報道されていました。
大統領が辞任に追い込まれるというのも
アメリカ史上、はじめてのことでしたから。
糸井 エキサイティングだったんだ。
サンデル ええ(笑)。そんなわけで、
政治記者への興味はすごく強くなりました。
その後、大学院に進学することになって、
イギリスのオックスフォード大学に行きました。
そこで、政治学を学ぶうえで役立つと思って、
哲学をちょっとだけ学ぶことにしたんです。
最初は、まぁ、1学期分くらい哲学をやって、
その後、政治学とか経済学とか、現実的な勉強に
集中すればいいだろうと考えてました。
ところが、実際に哲学の勉強をはじめてみると、
1学期じゃとても終わらない、と感じました。
糸井 うん(笑)。
サンデル じゃ、もう1学期やろうかな、
2学期分ぐらいかな、という感じで続けて、
気がついたら、政治哲学、政治倫理の世界に
夢中になってしまっていたんです。
けっきょく、その後4年間、勉強を続け、
そのテーマで博士論文も書きました。
その論文が出版されて、
それが私のはじめての本になったんです。
で、そこから大きく変わることもなく、
いまに至る、というわけです。
糸井 なるほど。
サンデル ですから、私はつねに、
政治哲学とか、政治倫理といった世界と、
実際に起きている政治の課題、
政治的なテーマというものを
つなげたいと思っていました。
糸井 哲学を、学ぶだけのものではなくて、
現実の政治につなげて考える。
サンデル そのとおりです。
ですから、政治哲学者にはなりましたけれど、
日々、現実に起きている、
政治的な論争にも興味を持っています。
糸井 哲学と現実の両面を備えているのが
まさにサンデルさんの特徴ですよね。
そういう人って、
たくさんはいないんじゃないですか?
サンデル そうですね。
私は、まず経済学に興味があったんですね。
経済学を通して世界を整理して理解することが
できるんじゃないかと思っていました。
で、経済学というのは、
じつはある種の価値観とか、倫理観を
前提にして成り立っているんですけれども、
経済学者は、そのベースになってるはずの
価値観、倫理観のことについて、
まったく語らないんです。
糸井 あーー、なるほど。
サンデル 私は政治哲学を学んでいくことによって、
はじめてそのことに気がついたんです。
糸井 おもしろい。
サンデル 私が育ったアメリカには、
行き過ぎた個人主義というものがあります。
その個人主義を哲学者は
たいへん上手に批判していました。
哲学の持つそういった面に私は惹かれたんです。
(つづきます)
2012-07-25-WED