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みなさんは新潮文庫と聞いて、
何を思い浮かべますか。
パンダの「Yonda?」や
夏の「新潮文庫の100冊」フェアでしょうか。
でも、それより古く、昔から変わらないのが、
表紙についている新潮文庫のシンボル、
ブドウのマークです。
文庫のカバーは意外に外す機会がなく、
表紙のマークをご覧になることが、
あるいは少ないかもしれません。
しかし、戦後も1960年代始めまでは、
現在のようなカラーのカバーが
けっして当たり前のものではなく、
(映画化などの話題作に限られていた)
グラシン紙と呼ばれる半透明の紙を
汚損防止に掛けただけの文庫が
むしろ通例でした。
したがってそれまでの新潮文庫は、
グラシン紙を通して、
ブドウのマークが
自然と目に飛び込むようになっていたのです。
で、今日は良い機会なので、
たまにはカバーを外してみましょう。
「カバーを外さなくても、
表紙をめくった最初のページにも
マークが大きく入ってるじゃん」
とすぐにお気づきになった方、
「いつもご愛読をありがとうございます」
と先にお礼を申し上げますが、
失礼ながら、
「甘いな」
と言わせていただかざるを得ません。
表紙をめくった最初のページを
本扉(ほんとびら)と呼びますが、
なんと、ここにあるマークと、
表紙にあるマークは違うのです。
知っていましたか?
「ほらっ!」
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こっちは表紙のブドウマーク。 |
こっちは本扉のブドウマーク。 |
どこが違うか分かりますよね。
表紙のブドウには葉っぱがなく、
本扉のブドウには葉っぱがあるのです。
「何でそんなことを‥‥」
と思われるでしょうが、
もちろんこれには理由があります。
表紙にある方が正式なシンボルマークなのですが、
このブドウの蔓、
何かの文字に見えませんか?
これは、ローマ字の「S」と「L」を
かたどっているのです。
「Shincho Library」、
つまり新潮文庫の頭文字ですね。
このマークを新潮社内では、
「SLマーク」(エスエルマーク)
と呼んでいます。
では、本扉の方のブドウはと言うと、
SLマークが、
ブドウとしては葉のない不完全な形なので、
葉っぱのある普通のブドウを
一緒にセットでデザインしたものなのです。
光と影、表と裏、
そんな関係です。
(葉っぱのマークは奥付にも、
裏表紙にも入っています)
この二つのマークが登場したのは、
戦後まもない1950年でした。
戦前から資生堂などの
広告制作で活躍していた
当時の商業美術界の第一人者、
山名文夫さん(やまな・あやお1897〜1980)が
デザインしたものです。
さすがに遊び心がたっぷりですね。
さて、このブドウのマークですが、
じつは、さらに、
もう一つのバリエーションがあります!
そして、
このマークがついた文庫本は
ごく限られているのです。
もしも本屋さんでヒマを潰すような機会があれば、
カバー全体がクリーム色の文庫を探してみて下さい。
(『魔の山』『武者小路実篤詩集』『ナナ』『海潮音』など)
こういうタイプの文庫です。
今度は、表紙ではなくカバーがポイントです。
このカバーの表面にも、
ブドウのマークが入っているのです。
そして、
一見しただけでは「SLマーク」のようですが‥‥。
よく見て下さい。
おや? このブドウは‥‥。
なんと!
ブドウの粒の数が減っているのです。
(ツタのSLの形も若干窮屈になっています)
これは、
文庫全点のカラーカバー化が射程に入った
1960年代後半に、
それまでの二つのマークと変化をつけて、
カバー専用にデザインされた
三番目のブドウマークなのです。
そして、クリーム色のカバーの文庫は、
1970年からすべての新潮文庫に
カバーを掛けることになった時、
それまでカバーがなかった文庫のために
統一的に採用したデザインでした。
そのため、現在はカバーに、
「裏面にだけ正式なSLマークを入れる」
(内容紹介文のすぐ下に小さく)
ことになっているのですが、
全体がクリーム色カバーの文庫にだけ、
昔のなごりで
三番目のマークがついているのです。
以上、ブドウマークについての
ささやかな秘密でした。
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