ほぼ日刊イトイ新聞 フィンランドのおじさんになる方法。

第25回 これがサウナってもんなのね。 武井義明

サウナ、苦手でした。
なんだかちょっと不快にじめじめと暑いし、
暗いし狭いし(閉所が怖い性分なもので)、
なんたって「ガマンしないといけない」でしょう。
入ってる人も、みんな、しかめっつらして、下向いて、
ぽたぽた汗を流している。ガマの油か!
そんな空間にわざわざ行くなんて。
‥‥と思っておりました。

でも森下さんから聞くフィンランドのサウナは、
ぼくが考えているものとは、どうやら違うらしい。
「暑くて狭くて暗い部屋で汗を流す」のは
まったく変わらないんですけど、
でも、ぜんぜん違うらしい。
どう違うんだ?
やっぱり入ってみないことにはわからないんだろうなあ。
いやだなぁ、暗くて狭くて熱いんだよなぁ。

フィンランドのホテルには、
日本の宿に「大浴場」があるように、
大きめのサウナ室が設けられているところが多いです。
でも、ヘルシンキでの取材中、泊まったホテルは、
(たまたまそうなのかもしれないんですが)
サウナが夜9時くらいで閉まっちゃってて、
取材から戻ると、もうとっくに終わっている。
そんな感じで、首都ヘルシンキでは、
サウナ体験が、かないませんでした。
ちなみに部屋にバスタブがついているところは稀。
サウナこそが入浴なので、
「熱い湯に浸かる」ことは、
あんまりしないんでしょうね。
なのでヘルシンキでは毎日シャワーだけ。

はじめてのフィンランド・サウナ体験は、
キヒニオ村のエルッキさんの宿泊施設、
「クルマラン・コウル」で、でした。
ここには、共同のシャワールームに併設された、
3~5人くらい入れる電気式サウナがあって、
さらに、エルッキさん所有の森の中にたつ、
薪で暖めるテントサウナがあります。

あ、ちょっと説明しますと、
フィンランドのサウナは、
サウナストーブに入ったサウナストーン(抗花石)を、
電気、あるいは薪で暖めたところに、
石に水かお湯をかけて気化させます。
天井にあがった猛烈に熱い蒸気が壁を伝って降りてきて、
階段式の木のベンチに座った人を暖めます。
そういう仕組みです。
あとはスモークサウナといって
煙突のない小屋を締め切って薪ストーブをたき、
煙を充満させて、小屋と石を完全に暖めたのち、
ちいさな窓からゆっくりゆっくり煙を逃がし、
完全に煙がなくなったところで入る、
というタイプもあります。
これは「フィンランドサウナの王様」
と呼ばれていて、管理もすごく難しい。
うまく煙を逃がさないと煙たくて入れないし、
一気に逃がしちゃうと室温が下がっちゃうし、
暖めはじめてから入るまでに半日くらいかかったりする。
たいへん、趣味的で、手間がかかる。
そんなスモークサウナは、
「いつか、おれも自前で!」と、
フィンランドのおじさんたちが
憧れているものなんだそうです。

つまり、
  電気サウナ
   ↓
  薪サウナ
   ↓
  スモークサウナ
というふうに格があがって行くみたい。
全部持ってたら、サウナのチャンピオンですね。
ともだちに自慢できる。

さらに、森の中だとか、波止場とか、
パーティのときに自分ちの庭に出没させちゃうような、
多くは薪式の「テントサウナ」というのもあって、
これはこれで、非日常的でおもしろいので、
人と違ったことが大好きな人には大好評、
でも保守的な人は「なんだ、そりゃ」的なのもあります。

で、サウナ。入りましたよ。まずは電気式に。
軽くシャワーをあびて、木のドアをあけて、
薄暗いサウナへと向かいました。

入ったときは、一瞬、こんなふうに思いました。
「あれ、そんなに温度は高くないのかな?」と。
なぜなら、もわっとした、いやなかんじがしないから。
でも壁の室内温度計は80度を指してます。
80度って!
ところが階段ベンチの上に座ると、
熱が天井近くにたまっているので熱い。
頭が熱い。そうとう熱い。
ひりっとするくらい熱い。へぇ‥‥。

でも、サウナはそこからが本番でした。
「さあ、石に水をかけるぞー。わはははは!」
エルッキさん、なんで笑ってるんですか。
えらくゴキゲンだ。あはははは。
そしてバケツに汲んで持ち込んであった水を
ひしゃくですくって、サウナストーブの石にかけます。
水は、石にふれたとたんに
「じゅわわわわわわわ」と一瞬にして気化。
「しゅわぁーーーーーーーっ」と音を立てて、
こまかなこまかな水蒸気となり、
天井に向かって一気にあがります。
なるほどね、と思ったその数秒後。
蒸気に襲われました。
この「襲われる」という感覚がいちばんぴったり。
上のほうから、とんでもなく熱い、
しめった空気のかたまりが落ちてきました。
あぢっ、あぢぢぢぢぢ!!!!
頭のてっぺんから、顔、首、肩、背中へと、
「沸き立った湯気」そのものがかぶさります。
あぢーっ!!!!! 
と喋る咽喉まで熱い!
目とか、やばいんじゃないのー?
というくらい熱い!

あとで調べたら、そのときの温度って
100度を超えているんだそうです。
そりゃ熱いわ。暑いじゃなくて熱い。
でも、人間のからだってうまくできていて、
瞬間的に体温調節機能が働いて、
体表で汗を出すことで冷やした血液を体の内部に戻して
平熱を保つようにがんばるんだそうです。
たしかに、十秒くらいすると、
頭のてっぺんから、顔から首から胸から背中から、
汗が、ぷつ・ぷつ・ぷつつつつつつつ、と出てくる。
面白いように、上から順番に汗が出る。
そうすると気化熱でちょっとはラクになります。
そうか、これがフィンランド式サウナなんですね。

しかし、まだまだでした。
エルッキさんはふたたび、石に水をかけます。
じゅわわわわわわわ、しゅわぁーーーーーーーっ、
あぢっ、あぢぢぢぢ、ぷつぷつつつつつ。

別に、何分ガマンしろみたいなルールはないので、
4回くらいかな、蒸気を浴びて、自分ルールで
「冷水を浴びたくなるまで」ガマンしたところで
シャワールームへ避難しました。
あ、急ぎすぎると濡れた床が滑るので注意。
(じつは、一回滑って転びました。
 木造だから、ケガしなかったけど。)
ああ、冷たいシャワーが気持ちいいこと!
体の表面が喜んでいるのがわかります。
しばらくして冷たいシャワーが体になじんでくると、
ふしぎなもので、またサウナに入りたくなります。
そうして入った2度目のサウナでは、
汗の出が、すごくよくなってました。
「さぁ来いや、熱いの来いや」と、
体が張り切っている感じ。
一気に汗が噴き出る。面白い!
エルッキさんは終始ゴキゲンで、にこにこです。
そしてどういうわけか、狭くて暗いところが苦手なぼくも
みょうにハイになっておりました。
「どうだいフィンランドのサウナは!」
「さ、さいこうです。あついですけど!」
「だろ、だろだろ? わはははは。
 もっと熱くしちゃうよ? ほれっ!(じゅわー)」
「やーめーてーくーだーさーいー!
 あは、あははははは!」
「‥‥明日はテントサウナに入ろう!
 薪で石を暖めるから、
 体の温まり方も違うぞー。
 もっと、暖まるぞー!」
「そうなんですか。電気と薪は違うですか」
「うん、ぜんぜん違う」
「えーっと、電子レンジと、焚き火で調理するのと、
 おいしさが違う感じですかね。わはははは」
「そうかな、その比喩はよくわからんが、
 とにかく違うんだ。がははははは」

ああ、ハイテンションなおじさんとともに過ごす、
フィンランドのサウナ。すばらしい。

そして翌日、テントサウナです。
すでにスライドショーでお伝えしたように、
いっしょに入ったきこりのレオさんが、
白樺の枝と葉を束ねて「ヴィヒタ」を作ってくれました。
体をたたくやつですね。おお、それも初体験。

規模にもよるのかもしれないですが、
薪で暖めた石からの蒸気は、電気式のものと比べると、
たしかに実感として違いました。
どう違うかというと、
「水道水と温泉の違い」というのが近いかなぁ。
暖まりかたが、「芯から」という感じ。
あるいは、マッサージを受けたときに、
「うまい、ヘタ」がありますよね。
電気式を「まぁまぁ上手なマッサージ」だとすると
薪式は「すっごく上手なマッサージ」。
そのくらい、効きました。

ヴィヒタが、これがまたものすごく気持ちがいい。
水にばしゃっとくぐらせて、背中から首から足から、
叩いたり、こすりつけるようにしたり。
木の枝と葉っぱでしょ、痛いんじゃないの、
なんて思ってたんですが、ぜんぜん痛くないです。
それどころか、「すごくよくできた孫の手」みたいに
「あー、そこそこそこ!」と、気持ちがいい。
うれしくなっちゃう。わはははは。
ぼくの「こすりかた」が弱かったのか、
途中でレオさんに取り上げられまして、
「こうやるんだ。ほれ。ばしゃばしゃばしゃ」
「うわ、そんなに強く?! うひゃひゃひゃひゃ」
「そうだ、やってみろ、ぐははははは!」
そして、このヴィヒタ、とってもいい匂いがします。
まるでフィンランドの森の空気を、濃縮したみたいな。
夏のフィンランドのサウナには欠かせない、
って言われる理由がわかった気がします。
冬はもちろん作れませんが、
夏のあいだにたくさんつくって
冷凍しておく人もいるらしいですよ。

テントサウナは、まわりが森。
もちろんだれもいません。
テントから出ると、目に入るのは、木立と空。
「裸で森にいる」という、
日本人的にはたいへん奇妙な状況のはずなんですけれど、
フィンランドではじつに自然なんですね。
そのギャップも含めて、妙に楽しい体験でした。

電気式、薪式のテントと、ふたつのサウナに入ったら、
ぜひとも「スモークサウナ」を体験したくなりました。
その夢は、案外早くかなうことになります。
夏の取材の最後に訪れた「ハッリさん」のサマーハウスに
手づくりのスモークサウナがあったのです。
そして、そのサウナから徒歩10歩のところには、湖。
湖そのものは国有ですけど、
敷地はハッリさんのものなので、
まさしくプライベート・レイク状態。
「サウナのあと、湖に裸でドボン!」ができます。

庭にたつ木造のスモークサウナは、
中に入ると、腰から上が、ススでまっくろ。
でも、きれいに排気できているので、
煙たくありません。
いぶしたいい匂いがする。清潔な匂いです。
そして、‥‥熱いです。すごく。
暖まり方、半端ではありませんでした。
電気とも、ただの薪とも違う、ちょっと格が違う熱さ。
正直なところ、息をするのが怖かったです。
咽喉が焼けるんじゃないかと思って怖い。
ヨガの呼吸法みたいに、すこしずつすこしずつ
「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅ‥‥」と吸わないと痛い。
でもフィンランドのおじさんは平気なんですね。
「よーし、お湯、かけちゃうぞー!」と、
ふつうに会話したりしています。
日本人が熱い温泉に入り慣れてるみたいなことで、
慣れなのかもしれないですね。
(ちなみに薪で暖めたサウナストーンは
 水だと石が割れることがあるそうで、
 お湯をかけてました。そういうものなんですね。)

階段ベンチの上のほうに腰をかけてると、
いちばん熱いのは頭で、
いちばん涼しいのが足先です。
涼しいったって、上段の足下で60~70度くらいあるので、
それでも熱いんですけどね。
ここまでの経験で、だいたいどのくらい汗が出たら
水浴び時だというのが感覚的にわかってきてたんですが、
その足下と頭の温度差を解消したくて、
足を上げたり、頭を下げたりして、
全身をくまなく暖めました。
たぶん、妙なポーズをとっていたと思います。

じゅうぶん暖まったら、湖へ。
はだしのまま、芝生を通って、石畳を渡り、
ウッドデッキから湖に飛び込みます。
つ、つめた!
フィンランドの田舎は、
夏でも、夜、外では長袖を着るくらいの気温ですから、
湖の水温だってとてもとても
「海水浴並み」とはいきません。
たいへん冷たい。
日本の秋の川くらい冷たい。
入ったとたん「へひっ!」と妙な声が出ました。
でも、気持ちいいです。
シャワーとちがって、体が一気に冷える。
そのときに体表の毛細血管が
体を芯まで冷やさないようにとがんばるのか、
軽い電気が走ったみたいにぴりぴりします。
うひゃひゃひゃひゃ。
やがて、冷たさに慣れてきて、
薄暗い(でも夏だから夜も明るい)湖を裸で泳ぐ。
(じっとしてると冷えすぎちゃうので。)

暮れない空、囲む森、動くたび揺れる湖面。
‥‥いいもんですね。裸泳ぎ。
これ以上ないという自由を感じます。
こりゃ、やみつきになるわ。
ちょっと蚊が多いのが難点ですけど、
こんなに気持ちいいことってないです。
そして、濡れたまま、
ぴたぴたと歩いてスモークサウナに戻り、
汗をかいたら、また湖へ。その繰り返し。
慣れてくると、サウナ内での呼吸も
ラクにできるようになってきました。
5、6往復すると、すっかり体がほぐれて、
なにかをやり遂げた達成感とともに
「ああ、一日が終るんだ」という気持ちになります。
フィンランドのおじさんたちがサウナが大好きで、
「これがなくちゃ、はじまらない(終わらない)」
という気分、わかる気がします。
スモークサウナのあとは、
しばらくポカポカと温かくって、
この「長持ちする感じ」は、
電気より、ふつうの薪よりも上でした。
ちょっと火照った体に、
夏のフィンランドの夜の冷気が心地よかったです。

かように、夏のフィンランドで、
蒸し暑い閉所が苦手なはずのぼくが、
すっかりサウナ好きに変えられちゃいました。
いまははっきりおすすめできます。
フィンランドに行ったら、サウナへどうぞ!

そして、また来たら、また入りたい。
冬でも入りたい。というか冬こそ入りたい。
心からそう願ったのですが、
まさか、真冬のフィンランドで、
スモークサウナから凍った湖に走って
ざっぶーんとダイブすることになるなんて、
このときは知る由もなかったのでした。

(サウナと寒中水泳については、
 “冬の旅編”で、あらためてお話ししまーす。)

2009-04-23-THU
takei

とじる

ヴェシラハティ ヴェシラハティ タンペレ キヒニオ タンペレ キヒニオ オリヴェシ オリヴェシ ピエクサマキ ピエクサマキ