マルッティさんはとても静かな感じのおじさんで、
その控えめな雰囲気に、
まさか彼が村の相談役のような存在だなんて
思いもよりませんでした。
モーターのついたいかだ舟で
ゆっくりと湖をまわってくれるマルッティさんは、
何を話せばいいかわからなくて
静かにしているのではなく、
恥ずかしいから静かにしているのでもなく、
ただ自分の大好きな湖に織りなす
いろんな音を楽しんでもらいたいから
静かにしているようでした。
やがて湖のある地点にきたところで、
マルッティさんはモーターのエンジンを切りました。
「ほら、耳を澄ましてごらんなさい」
‥‥小さく、ピチピチッと軽快な水の音がします。
魚が水面を跳ねる音でした。
マルッティさんはこんなところにこんなポイントがある、
風の具合やその日のお天気で、
大きな大きな湖だけど、そこにしかない
小さなポイントをいくつも知っているようでした。
それからマルッティさんと
言葉を交わすようになりました。
マルッティさんが話をすると
歯の抜けたところからスウスウと空気が漏れてきて、
声と一緒にまじっているスウスウが
妙に幸せそうに響いてくるのです。
スウスウした幸せそうな音はまた、
いかだ舟でゆっくりと湖をゆく
そのシチュエーションにぴったりな気もしてきました。
マルッティさんはスウスウしながら、
これまでに、このいかだ舟に乗せてきた人たちの話を
いろいろしてくれたのでした。
釣り好きな人たちの同好会を
とりまとめているマルッティさんですが、
マルッティさんは会員として
さらに釣りに没頭するよりも、
釣り好きな人たちが、より釣り好きになる姿を
見るのが好きになっているようでした。
自分たちのペースで月日をかけて建てた
同好会のコテージは
釣り好きたちが集う「とっておきの湖」に面しています。
同好会のいかだ舟も
マルッティさんがモーターを動かし
舵取りしてくれるので、
他の人たちは釣りに集中できます。
また大勢で乗れるいかだ舟なので、
日がな一日釣りをしながら
自分たちの大好きなバーベキューや
アコーディオン弾きを招いてのいかだ会も
アレンジしてきました。
なんだかマルッティさんがそこにいるだけで、
心が静かになるというか安心するというか。
「大丈夫」という気持ちにさせてくれます。
村の人たちはそんな彼に
ついつい頼りがちになってしまうようですが、
それでも、ここ一番というときに
皆さんマルッティさんを立てていました。
村のお祝いごと、お祭り、
そういうときにマルッティさんはスーツを着て、
ここ一番な感じで登場し、
人々の代表として壇上にあがったりするのでした。
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