この取材をするまで、
わたくし、薪割り、したことありませんでした。
それどころか斧を持ったことがなかった。
箸より重いものは‥‥とは言いませんし、
ベンチプレスは60kgスタートですけど、
「斧」は、ちょっと‥‥ねぇ?
だって、斧ですよ、斧。
手がすべったらどうするんですか。
横溝正史ですよ。『犬神家の一族』ですよ。
「斧琴菊」(よきこときく)ですよ。
あるいは「シャイニング」の
ジャック・ニコルソンですよ。
しゅぽっ、ぐさっ、ぴゅーっ(血)。
きゃあ、こわい。
ちなみに斧どころか、鎌も鉈も、
もちろん鉞(まさかり)も持ったことないです。
力はあるけど、ひよわです。
そんな私が、
フィンランドで薪割りをすることになりました。
フィンランドでは、都会の集合住宅は
セントラルヒーティングだったりしますが、
戸建て住宅の暖房設備は、
薪を使ったものが一般的です。
とくにいなかに行くと、
部屋のまんなかにどかんと大型、
びっくりするくらい大型のものが
備え付けられていて、
キッチンの熱源を兼ねていたりします。
暖炉というよりロシアの「ペチカ」に近いのかな、
部屋を暖めるだけでなく、お湯を沸かしたり、
パンを焼いたりするのにも使うんですね。
煙突がまっすぐ天井に向かうのではなく、
くねくねと長い道を通るようになっていて、
壁全体をあたためます。

夏でもサウナの熱源として薪が活躍します。
電気式のサウナに比べて、薪をたいて石を熱し
そこに水をかけて蒸気をうむタイプのサウナは
じつに、体の芯から暖まり、汗を一気に出してくれる。
なので、薪方式のサウナを持っている人は、
一年をとおして薪を常備しておかねばなりません。

そういう風土ですから、フィンランドのおじさんは、
概して、薪割りができます。
得手不得手はあると思いますが、だいたいできる。
日本で言うとなんだろう、
「障子の張り替えくらいできるよ」
くらいの感じかなぁ。
言われたらイヤイヤだけどやります程度の人もいるけど、
まぁ、なんとかなる感じ。
森下さんが言うのです、
「フィンランドに来て、
薪割りにハマっちゃう、日本人のおじさん、
すごく多いんですよ!」
ハマっちゃって、自分用のおみやげに、
斧を買って帰る人もいるらしい。
わかんないなぁ、と思っておりました。
やるまでは。

はじめて薪割りをしたのは、
おじさん楽団タンメルハヌリの、
エーリクさんのお宅で、でした。
庭に、薪割りコーナーというか、
うずたかく積まれた薪の横に、
切り株が置いてあって、
そこが「斧を振る場所」です。
こうやるんだよ、とエーリクさんが、
見本を見せてくれるんですが、
それが、じつに軽やか。
まったく力むことなく、
でも安定したフォルムで、
斧を両手でふりあげ、ふわりとおろす。
すると、断面に、直角に、まっすぐに入った斧が、
太い木を、「ぱんっ」とまっぷたつにします。
木の裂ける、乾いた、やわらかい音がひびきます。

へぇ、意外と簡単そう?!
「やってみるかい」
はい、思ったより難しくなさそうですね。
‥‥と、斧を受け取ったところ、
重い! ものすごく重い!
そして、自分の立つ位置と、目標までの距離感が、
わかりません。
振りおろすとどこに命中するのかが、わからない。
しかたがないのでおそるおそる斧を振りおろすと、
運動エネルギーが弱くて、断面に命中しても、
割れないどころか、まったく刺さらない。
これは覚悟を決めて思い切ってやらないとな、と、
手からすっぽ抜けないように強く握って、
えいやっと振りおろしたら、
こんどは、斜めになっていたらしく、
刺さるけど、先に進みません。
「肩の力を抜いて。でも手はしっかり握って。
斧が自分からまっすぐ、
木に向かっていくイメージで、
そこに手を添えてやるくらいの感覚だよ」
は、はい、理屈ではわかります。
わかるのですが、どうにもうまくいかない。
「だったら、最初にちょっと刺して、
木ごと振り上げて、何度か切り株に当てて、
徐々に割っていくといいよ」

なるほど、その方法なら、できそう。
(じっさい、できました。)
でも、ぼくは、さっきのエーリクさんみたいに
「ひゅんっ! さくっ、ぱんっ!」
と、一気に真っ二つにしたいのです!
「ちょっと練習すれば、できるようになるんだがなぁ」
しかしその日は時間オーバーとなりました。

次に薪割り体験ができたのは、キヒニオ村。
エルッキさんの小学校です。
巨漢のエルッキさんはもちろんのこと、
奥さんのアンニッキさんも、こどもたちも、
毎日の日課のように斧を振っている姿を見て、
できるかも? と思っちゃました。

「あのぅ、ぼくもやってもいいですか」
「もちろん! 助かるよ」
いや、助けられるほどは、できないんですが、
練習をかねて、やらせてください。
前回、半端に終わっちゃって、くやしくて。
ところが。
できたのです。いきなり。
みんなのやってる姿を思い出して、
イメージトレーニングというか、
モノマネというか、そんな気分で、
足を肩幅よりちょっと広めに開き、
腰を落として腹筋を入れ、
背筋をまっすぐのばして、
斧を真上にふりあげ、
重さにまかせて、まっすぐ振りおろす。
力は、あまり入れない。
すると、
「ひゅんっ! さくっ、ぱんっ!」と、割れたのです。
やったぁ!!!!

それからは、味をしめまして、
積んである、切り出してきた雑木を、
片っ端から割りました。
割っては積み、割っては積みを繰り返し、
ついに小さな木がなくなると、
最後は直径30センチの切り株まで挑戦しました。
これは一気には割れないので、
周辺から斜めに斧を入れて、
徐々に裂いて小さくしていきます。
すごい大変です。手もしびれる。
でも、「ツボ」みたいな場所があって、
そこに斧が入ると、かなり深く割れる。
そこを攻めていくと、大きく割れる。
そうしたらさらに半分にする。
それをさらに半分にする。
ついにはふつうの薪になりました。
これができたときの達成感ときたら!
もう、快感です。
初心者がこんなことを言うのは申し訳ないですが
釣書の趣味の欄に「薪割り」と書きたいくらいです。
そうして、約1時間、
夢中になって薪を割ってしまいました。
日も暮れかけておりました。
軍手をしていたのにもかかわらず
気づいたら手のひらにマメができておりました。
フィンランドのおじさんだったら
薪割ったくらいでマメはできないと思いますから、
まだまだひよっこですけどね。
それにしてもその薪をくべて沸かした、
焚き火コーヒーのおいしかったこと!
エルッキさん、またいつでも呼んでください。
薪割り手伝いますから。

旅が終わってヘルシンキに戻り、
「ストックマン」というデパートの
日曜大工用品売り場で、斧を見つけました。
フィルカルスというフィンランドのメーカーの
オレンジ色の柄の、かっこいい、斧。
しかもそんなに高くない。
「欲しい!」と思ってしまいましたが、
どう考えても東京では使いませんし、
飾っておくと妙な人っぽいので、諦めました。
ああ、またフィンランドで薪割りしたい。
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