ほぼ日刊イトイ新聞 フィンランドのおじさんになる方法。

人に見せずにきた、自分だけのたのしみ。 ──アンテロさんのこと──

キヒニオ村の中心部から7キロほど。
フィンランドの国有林にかこまれた
2ヘクタールほどの土地が、
アンテロさんの住み処です。

敷地内に点在する家、小屋、納屋、ガレージ。
いちばん最初に目にとびこんできたのは、
赤い壁に、白とみずいろのドアのある、
かわいらしい家でした。
北国ならではのちいさな窓からは、
なかのようすをうかがうことはできませんが、
「丁寧に暮らしているんだろうな」という、
そんなムードがただよっています。

ここが、アンテロ・アルッキオマキさん(66歳)が
だいじに、だいじにしてきた家でした。

アンテロさんの趣味は、生活骨董の収集です。
生活骨董というのは、「むかしの、暮らしの道具」。
食器、グラス、鍋や窯などの台所用品、
テーブルや椅子、農具、建具、大工道具、
あるいはフィンランドらしいサウナの道具など、
日常的に使われてきた「古道具」です。
(ちなみに、作られて100年以上のものをアンティーク、
 100年未満のものをヴィンテージと言うようです。)

フィンランドのひとたちは、
古いものを大切に使います。
あたらしいものを買って、
まだ使える古いものが余ってしまったときは、
捨てずに、誰か使いたい人がいるだろうと、
売りに出すことも、よくあるそうです。
首都ヘルシンキはもちろん、
地方都市でも、街中で
そんな古道具屋さんを見つけるのは、
むずかしいことではありません。
たとえば大量生産が可能になった時代以後の
「アラビア社」の食器は人気が高く、
現行品と組み合わせて使っても大丈夫なくらい
しっかりしていて、
デザイン性の高いものがたくさん。
いまも褪せない人気があるんです。
(これから旅をするかた、
 フィンランドの古い食器類、
 おみやげにおすすめですよー。)

ですが、アンテロさんの集めているのは、
もっともっと古いものたち。
19世紀、もしかしたらもっと前のものを、
こつこつと集めつづけてきました。
たしかに、「モダン」あるいは「素朴」なものが多い
フィンランドで多く見るインテリアからすると、
ちょっとロココ調というか、デコラティブです。

「このあたりには、1800年代の初めころから
 人がいたということは、わかっているんだ。
 けれどもこの家がいつのものなのかは、
 はっきりわかっていないんだよ。
 周辺の国有林の管理人用に開拓されて、
 人が住むようになったのだろう。
 ロココ調。そうだね。
 これは、南オストロボスニア地方にいた
 優れた職人の影響を
 受けているものが多いのだと思う」

アンテロさんがここに越してきたのは46歳のときのこと。
そのとき建っていたものに加えて、
コレクションとして、村内から移築したものもあるそうで、
いわば個人的な「明治村」のようなものかもしれません。

でも「明治村」とちがうのは、
アンテロさんには、ここを公開して
人に見せるつもりが、まったくないこと。
ぼくらは、そんなアンテロさんに興味をもって
取材をさせていただいたのですけれど、
これまで「骨董の取材」というようなかたちで
人が入ったことはないのだそうです。

「だって、趣味だからね。
 自分が楽しむために、やっていることだから、
 人に見せるひつようは、ないだろう?」

そう、アンテロさんの表情からは、
「どうだ、いいだろう」というようなニュアンスはなく、
ただ、こういう道具に囲まれているのが幸せなんだという
そんなきもちがよみとれます。
それにしても、かなりの私財をつぎこんだのでは‥‥と、
野暮なことを思ってしまいました。
けれども、アンテロさんはさらりと
「そんなことは、ないんだよ」
と笑います。
「たしかに、いまは買えないようなものが
 たくさんあるけれど、
 どれも、ヴィンテージだとかアンティークが
 流行になる前に、
 すごく安く手に入れているんだよ。
 いいタイミングで買うことができた。
 それだけさ」と。

アンテロさんは、最初に仕事に就いたのは
オスースカウッパ(Osuuskauppa)というチェーン店。
そこで15年働いたあと、
「ヴァポ(Vapo)」という有名な会社に転職をします。
その会社はフィンランドの
エネルギー研究の仕事をする会社。
アンテロさんは、ピート(泥炭)を固めた
暖炉用の燃料を売る、営業マンになりました。

「いわば“ピートおやじ”さ。
 出張で訪れた先で、
 こういう古道具を扱う店を
 訊ね歩くのが楽しくてね」

そうしてだんだん増えた古道具を格納するのに、
家じたいが骨董品のような家を買ってしまった、
というわけです。

「小さい頃から、なぜだか、
 こういうものが好きだったんだよ。
 そもそも、棚になにかを並べておくというのが
 とても好きだった。
 両親が古い農家の出身でね、
 最初のきっかけは、古い棚に、
 卵の殻や、拾ってきた草を並べていた。
 『ねえ、見にきて!』と父をよぶと、
 よくできたなとすごく喜んでくれた。
 それがうれしくて、この世界に
 どっぷりはまってしまったんだろう」

気になったのはアンテロさんの奥さまです。
ちなみに、ふたりのあいだには3人の子供がいて、
上と下が男の子、彼らはそれぞれ別の土地で
IT系の仕事に就いています。
まんなかは女の子。すぐ近所に住んでいます。
アンテロさんは「ヴァポ」を定年までつとめあげ、
現在は、リタイア後の暮らしを楽しんでいます。

「妻は、ぼくの趣味にまったく理解がないよ。
 たぶん、好きじゃないんだろう」

まったく意に介さないというふうに、
アンテロさんは笑うのです。

あのう、アンテロさん。
ここで、こんなふうに古道具に囲まれて、
余生をすごす。
それが最高の幸せだ、と、
そういうふうに思って、いいですか?

‥‥と聞き、返ってきた答えにちょっと驚きました。

「いや‥‥、こんなにたくさんあっても、
 維持できるのは2割くらいじゃないかな?
 これから、これを手放していくんだと思う。
 じつは、妻とふたりでポルトガルに移住するというのは
 どうだろうかと考えているんだよ。
 妻のほうが,行きたがっていてね。
 それが二人の夢なんだ」

アンテロさんの夢、は、いいんですか?
と、そうは訊かなかったのですが、
おそらく顔に出ていたのでしょう、
アンテロさんはこう続けました。

「男は、パートナーの声を聞くべきなんだよ」

織物が趣味の奥さま、
生活骨董が趣味のアンテロさん。
ふたりとも、フィンランド人の定年後といえば
定番的な人気になっている「ダンス」には
参加していないのだそうです。
「そういうダンスの集いにはね、
 まだ出ていないよ。
 だって、やることが、
 いっぱいあるからね」
夏が来たら温室で家庭菜園を、
そして次の夫婦での旅行は、
あたたかいトルコに行く予定を立てているそうです。

遠くない将来、アンテロさん夫妻は
ほんとうにこのアンティークを売り払って
軽々と、ポルトガルに移住してしまうかもしれません。
骨董を愛するいっぽうで、その身軽さ。
フィンランドのおじさんって、
ほんとうに‥‥、おもしろい。

(アンテロさんの回はおわりです。
 次回は養豚場をいとなむ
 タパニさん夫妻のおはなしです。)

 

2012-05-13-SUN
takei

とじる