第1回 もしもあそこに「こどもの樹」がなかったら?

私はお母さん達とか先生とか、
若い世代を指導する人達に言いたい。
あなた方がこれはやってはいけないことだ、
と思われるようなことこそ、
大ていの場合、
むしろやらなきゃいけないことである。

『芸術と青春』(光文社 知恵の森文庫)より

 
糸井 岡本太郎さんについて、
いっぱいうかがいたいことがあるんですけど、
どこからにしようかな。
敏子 どこからでも、どうぞ。
糸井 万博のあとの世代って、
「テレビに出ていた太郎さん」が、
おもな記憶だと思うんですよ。
それが、最近また売り出されている
著書を読んだりして、
「あれ、ちょっとちがうかな」って印象が、
みんなにあると思うんです。
敏子 そうでしょうね。
糸井 イメージって、勝手にひとり歩きするけど、
太郎さんは、意識的にそこを
覚悟していたところがありますよね。
敏子 誤解される人は美しいって
言っているくらいですからね。
自分が発信したあとのことは、
ほんとにどうでもいいと思っているの。
そこは、自分がどうこうするところじゃない。
それは、受け取るみなさんのものだ、と。
糸井 ぼくがいちばん好きな岡本太郎は、
青山の子どもの城の前にある
「こどもの樹」なんですよ。
あれは、けっこう年を取られてからの
作品ですよね。


東京青山子どもの城にある、「こどもの樹」。
敏子 そうです、あれはずいぶん後ね。
糸井 あれは、いい安定感があるんです。
岡本太郎のもののなかでは、
ひじょうに穏やかな、というか(笑)。
敏子 ええ、そうですね。
だって、あそこは子どもの集まる場所でしょ?
だから、尖ってちゃいけないのよ。
糸井 岡本太郎さんって、親切なんだよね、
そういうところが(笑)。
敏子 そう。優しいのよ。
でね、自分は子どもの代表だと思ってるわけ。
子どもの城は、子どものための施設でしょ?
あそこには、子どもだけじゃなくて、
親や先生や、お役人など、
大人たちもいっぱい来る。
だから、それに対して、
メッセージを突きつけてるの。
糸井 うん、うん。
敏子 あれは、「こどもの樹」っていうくらいだから、
植物であり子どもなの。
子どもの生命力と植物の生命力が
一体になってるんですよ。
八方に、グァーっと、枝をのばして。
糸井 枝の先が、みんな、顔なんですよね。
敏子 それぞれがみんな、色の違う顔。
怒ってるのもいるし、ベソかいてるのもいるし、
ベロ出してんのもいる。
「子どもというのはひとりひとりがみんな、
 こういう独自の、自分の顔を持ってなきゃ
 いけないんだぞ」
って、岡本太郎は伝えたいわけ。
親や先生は、みんな一緒に、
隣の子とおんなじならいい、っていうように、
ひとりひとりの子を抑えちゃうじゃない?
だから、あの「こどもの樹」は、
親や先生やお役人たちに対する、
強烈なメッセージなのよね。
糸井 あれが、あの場所に、
もしもなかったらと考えると、
寒いですよ、あの建物。
敏子 そうね。
糸井 あれ、やさしいんですよ。
ひじょうにやさしい。
敏子 そう。じつは、
あのオブジェは、台が低いの。
それは、親が子どもをちょっと乗っけられる、
ちょうどそのくらいの高さなの(笑)。
糸井 そうだったっけ?
敏子 うん、そうなの。
だから、みんな子どもを乗っけちゃうのよ。
そうすると、子どもが枝にぶら下がってね。
壊しゃしないかと、館長さんたちが
みんな心配して。
糸井 うん、うん。
敏子 「あの低さは困るから、
 もうちょっと高くできませんか?」って、
さんざん言われたのよ。
とにかく届かない高さにしてくれって。
でも、岡本太郎は、
「子どもの城なんだろ? 子どもが見るんだぞ!
 そんな、見えないような高さにして何になる?」
って言ってね。
だから、敢えて、あの高さなの。
糸井 思えばお役所の仕事なんですよね、
あれ自体は。
敏子 そうよ。
糸井 そこのところを、あの彫刻ひとつが、
みんなを。
敏子 こっちに引き寄せちゃうのよ。ねぇ?
糸井 うん。だから、みーんな、好きですよね、あそこ。
そういう力って、すごいんだよ。
アートって、すごいよね!
敏子 おもしろいわねぇ。
糸井 どんなに言葉で説明したって
ダメですね。
敏子 あの彫刻でなければ
伝えられないメッセージがあるのよ。
いくら言葉で説明したって、
それは「言葉」になっちゃうの。
この前、メキシコで、岡本太郎の
35年前の絵が発見されたんだけど。
糸井 みました、ニュースでみましたよ。
敏子 あの絵、ほんとにいいわよ。
やっぱり岡本太郎は、画家なんだなぁ
と思いますよ。
「太陽の塔」を
みなさんよくご存知だと思うんだけど、
やっぱりね、絵でしか伝えられないもの、
そういうメッセージがあるんですよ。
糸井 なるほど。

2003-10-24-FRI

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