ゼロから立ち上がる会社に学ぶ 東北の仕事論。 気仙沼 波座物産 篇
第4回 この味を引き継いでゆくために。
── それでは、今後の展望を聞かせてください。
大原 まずは工場を再建して、
塩辛づくりを、一から出なおしたいです。
── 一から、出なおし。
大原 やはり、機械がすべて入れ替わりますから、
乾燥の時間をはじめ、
これまでのデータや経験どおりにいかない
可能性があると思うんです。

それらを、ひとつひとつクリアして。
朝田 大原さんの息子さんの浩司くんが
少し前に入社してくれたんです。

ですから、彼に塩辛づくりの職人技を
引き継いでもらいたいと、
僕などは、考えているんですけれどね。
大原 この先、私がいなくなったときにも
あの塩辛をつくれるよう、
態勢を整えておくのも仕事ですから。
── 浩司さん、いかがですか。
浩司 ぼくは、父親の塩辛の味に
慣れ親しんで、育って来ましたので
味のことについては、
おそらく、他の人よりわかるんです。
── ああ、そうですよね。
浩司 でも、塩辛づくりについては
まだまだ基礎的な知識しかないので、
これから
どんどん学んでいきたいです。
── お父さん、頼りになりますものね。
浩司 ええ、まだまだがんばってもらいます。

でもいま、こうして、
父の塩辛づくりへの思いを聞いていて、
あらためて
「ああ、そうだったのかあ」って‥‥。
── ご自身的に、当面の目標は?
浩司 工場も新しくなりますし、
ゆくゆくは
自分が現場を引っ張っていかなくてはならない
立場になりますので
塩辛づくりの経験を積んで
食品や、水産加工品に関する知識などの
足りない部分も、補っていかないと。
── 楽しみですか、全体的に。
浩司 はい、すごくやりがいを感じています。
── お父さんの塩辛は、好きですか?
浩司 ええ、美味しいですから。
朝田 今回の震災では、
たくさんの方からご支援をいただいたのですが、
鹿児島県の
とある水産メーカーさんから、
工場を再開するまでの間、
だれか、1ヶ月くらい働きに来たらどうだと
お誘いをいただいたんですね。
── へぇー‥‥。
朝田 同業者の間でそんなこと、
ふつうは、ありえないことだと思うんです。
── 手の内をさらけ出すようなものですものね。
朝田 クジラの竜田揚げやベーコンなどの製品を
つくってらっしゃるんですが
そうした製品の製造ノウハウや、
原価計算の仕方、
仕様書の書き方まで教えてくださる‥‥と。
── すごい。
朝田 本当に、めったにない経験なので、
浩司くんに行ってもらうことにしたました。
── おお、大役じゃないですか!(笑)
浩司 がんばります(笑)。
朝田 ま、焼酎だけ、飲み過ぎないようにと。
浩司 が、がんばります(笑)。
朝田 気仙沼とはまったく異なる食文化でしょうし、
とても良い勉強になると思います。
── いろいろ、外の知識を吸収して。
浩司 はい。
── お父さんの塩辛を
ちいさいころから食べ慣れているから
目指すべき味は
完璧に把握しているわけですもんね。
浩司 家の食卓にあるのが、当たり前でした。
これが塩辛だと、育てられましたし。
大原 ずいぶん実験台にしたんです(笑)。
── あはは(笑)。

でも、そのおかげで
味覚が鍛えられたわけですから
いわば「塩辛の英才教育」ですよね。
浩司 たしかに、塩辛については
人よりたくさん食べていると思うので、
ちょっとした違いや違和感などを
気づきやすいとは思います。
── ウイスキーのブレンダーも
けっこう世襲が多いと聞いたことがありますが、
「味」とか「匂い」という「感覚」を
伝えようとすると、
どうしても、いろいろ似ている肉親のほうが
うまくいきそうな感じしますね。
朝田 勘どころみたいなものが、
よりスムーズに受け継がれている気がします。

しかしあれですね、
塩辛だけで、こんなにしゃべれるもんですね。
一同 (笑)
大原 この塩辛に関しては、いろいろしゃべれるね。
朝田 私も、あらためて大原さんの話を聞いてみて、
「おおっ!」と思いました。

これは、新しい工場ができたら
従業員を集めて
全員に、いまの話をしなきゃダメだなあって。
── ああ、それはいい機会ですね。
朝田 作り手側も、販売する側も
会社全体で共有して
誰もが同じレベルで話ができるぐらいに。
大原 思えば、私など学歴も何にもないから、
実践で覚えるために
本当に休みなく、仕事していたんです。

日曜日にたまに会社に行かなかったら
「今日なして会社さ行かねの」って
家族に言われるぐらい。

だから、この子も
どこへも連れていったことないんです。
── そうでしたか。
大原 何か遊びの予定を立てたとしても
子どもらに
「どうせ、その日になると
 会社さ行くんだから、いいから」って
言われてしまうくらいで。
── でも、その成果が
この塩辛に宿っているわけですね。
大原 ですから、まわりの若い人たちには
とにかく「実践が大事なんだ」と。
── アウトプットが。
大原 そこからしか学べないです。

そして、学んだことを
決して忘れないようにしろと言ってます。

そうすることができたら
もし別の仕事をするようになったとしても
培ったものは、必ず残るからって。
朝田 じつは、気仙沼以外の場所で
再建をしようという考えもあったんです。

でも、いろいろやってみた結果、
やはり「気仙沼じゃないとダメ」だった。

その理由は、
「大原さんが気仙沼にいるから」でした。
── 他の場所には「大原さんがいない」から。
朝田 そうなんです。
── でも、大原さんの「味」だけでなく
今日の「波座物産の塩辛にまつわる話」を
みんなで共有したら強いでしょうね。
朝田 本当に、そう思います。

ただ、うちのパートのお母さんたちは
おしゃべり好きなので
ちゃんと黙って聞いてるかどうか‥‥。
── 気仙沼の女性たちですものね(笑)。
朝田 元気バリバリですから、もう。
大原 ‥‥誰も聞いてねえかもなぁ(笑)。
一同 (笑)

<おわります>
2012-09-24-MON
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