ゼロから立ち上がる会社に学ぶ 東北の仕事論。 陸前高田 八木澤商店 篇
 
前回の取材から、4ヶ月。
陸前高田の八木澤商店・河野通洋社長に
「その後の話」をうかがいました。
味噌醤油工場の再建へ向け、
一歩一歩、確実に歩みはじめた同社ですが
やはり、思うに任せないことも多々。
その「危機感」から新しい会社も設立した
河野さんが思い描く、
北欧型地域社会という将来ビジョン。
その根底には、
「アフリカを緑化したい」と思った
若き日の夢がありました。
第1回 なつかしい未来創造株式会社。
── 6月の末にお話をうかがった時点から
だいぶ、状況も変わったと思うのですが。
河野 そうですね。
── あのときはまだ「進行中」だった案件が
その後、けっこう進んだともお聞きしていて。
河野 はい。
── 今日は、
そのへんの話をうかがえたらと思います。

八木澤商店とその周辺は、
いま、どのような状況なのか‥‥という。
河野 えーと、どこから話したらいいか。
── あの、前回お会いしたときに
河野さん、
「絶対、仲間の会社は潰したくない」って
言ってたじゃないですか。
河野 はい、はい。
── あの言葉が、すごく印象に残っていて。

潰さないために、
つまり、陸前高田の若い人たちが
町の外に出ていっちゃうのを止めるために
「受け皿をつくらなければ」という‥‥。
河野 潰れませんでしたよ。
── おおー!
河野 陸前高田・大船渡の仲間で結成している
中小企業家同友会のうちでは
1社だけ廃業しましたが、
その他は、倒産を食い止めることができました。

‥‥もっとも、
個々の経営状況はかなり厳しいですけど。
── でも、すごいです。
河野 従業員を一時的に解雇した会社はありましたが、
その後、雇い戻したりしまして。

震災直後の「もうダメだ‥‥」からはじまって、
それぞれ再建の道を
なんとか、歩み出はじめているんです。
── 河野さんの「潰したくない」という言葉は
あの時点では、まだ
「いつかホントにしてやろうと思っているウソ」
だったかと思うんですけど。
河野 もちろん、ほとんどの会社は「債務超過」です。

店舗から工場から何から、
ぜんぶ、津波で流れちゃった人ばっかりなんで。
── そうですよね‥‥。
河野 ただ、陸前高田全体でみても
「地元高校の来春新卒者にたいする
 地元企業の求人」は
昨年に比べて「1.5倍」に、伸びてるんです。
── えっと、つまり震災前より?
河野 陸前高田の外からの新卒者も合わせた数字なら
「1.7倍」になります。
── ははー‥‥。

確実に「受け皿」は、つくられてるんですね。
ちゃんと実現してるのが、すごいです。
河野 ただし現実は、そうとう厳しいです。

お客さまも被災していますし、
金融機関からも、お金を借りられない状況。

潰れなかったとは言うものの、
これから
バタバタ倒産していく可能性は、高いです。
── そうですか‥‥。
河野 まぁ、さっきの求人倍率の話以外にも
人口流出や失業率が
低くとどめられているという「いいニュース」も
あるはあるんですけどね。
── 前進しはじめたけど、楽観はできないぞ、と。
河野 そうですね、それは。

ちなみに、八木澤商店のことで言うと
来春、合計3名の大学生・短大の新卒者に
内定を出すことができました。
── おお、それじゃあ
八木澤商店さんにも新入社員さんが!
河野 あははは、ええ、おかげさまで(笑)。
── ‥‥河野さん、嬉しそうですね。
河野 うん、はい、そりゃあ‥‥だって、
あの地域で生まれて
これからも
あの地域で生きていきたいという若者が
働く場所がないという理由で
外へ出ていかざるを得ない状況というのは
絶対に間違ってると思いますし。
── そうですよね。
河野 あとは‥‥そうそう、西日本の学生さんに
インターンシップで来てもらって‥‥
という話をしてたと思うんですけど、以前。
── はい、インターン期間中に
「陸前高田で
 1年以内に起こせる事業のビジョン」を
文章にまとめてもらって
これはいけそうだ、というアイディアがあったら
起業を支援するんだと。
河野 あれ、来年の4月に
陸前高田で会社を興しますっていうのが
ひとり出ましたよ。

広島大学の大学院生なんですが。
── ほんとですか! 具体的には、何をやるんですか?
河野 グリーンツーリズムの会社。
── グリーンツーリズムっていうと‥‥。
河野 まぁ、都市部の人が農村に長期滞在して、
土地の農業などを体験しつつ
のんびりと過ごす休日‥‥みたいなやつです。
── つまり、陸前高田を
グリーンツーリズムの「旅先」にする、と?
河野 ええ、震災後、陸前高田には
たくさんの人がやってきてくれていますが
交流人口が増えることって
われわれにとって
やはり、とても大事なことだと思うんです。

その流れを、きっちりツアー化しようと。
── はー‥‥広島の大学院生さんが。
河野 本人はいま、創業資金を獲得するために
いろんなコンペに
ビジネスプランを提出したり、
いろいろと奔走してるみたいですけどね。
── 4月、ですか。
河野 4月1日に来るって言い切りました。
── それは楽しみですね。
河野 あとは、そういったような
陸前高田での起業の動きを支援するために、
新しい会社もつくりまして。
── えーと、八木澤商店とは別に?
河野 そう、地域の復興のために
陸前高田で、起業家を育てていこうという
目的を持った会社です。

年間で数百人のインターン生を受け入れて、
陸前高田から
社会の役に立つ仕事をつくってもらう。
── へぇー‥‥。
河野 「いま、何とか手を打っておかないと
 これから中小企業がバタバタ倒産していって
 地域全体がダメになってしまう」
という危機感から、立ち上げた会社なんです。
── なるほど。
河野 3つくらいの仕事を同時に進められる、
優秀な女性を
東京からヘッドハンティングしてきたりして。
── その会社に、すでに?
河野 もう、引越しもすみました。
── 河野さんがその会社の社長になったんですか?
河野 いえ、私は専務です。
ヒゲの田村のオヤジ(田村滿さん)が、社長。
── やりたいことを達成していくスピード感‥‥
ほんと、すごいです。

ちなみに、
そういう会社って「何業」っていうんですか?
河野 インキュベーションカンパニー、と言います。

起業支援という意味なんですけど
これまでの行政サービスだけでは実現できない、
「新しい公共」という枠組みで
何かできないかなと、市とも相談しています。
── 新しい公共。
河野 スウェーデンのように
北欧型の「持続可能な社会」になったらいいなと
ぼくたち、思っていて。
── 陸前高田が。
河野 お年寄りが安心して暮らせる町であり‥‥。
── はい。
河野 同時に、日本でいちばん、起業家の生まれる町。
── 年配の人に優しくて、
同時に、若々しく、エネルギッシュな。
河野 そう、そんなふうにしたい。

計画では、10年の時限会社にする予定です。
陸前高田で多くの事業を生み出し、
若い経営者を育てて、自立させていく。

陸前高田の町を
本当に「質の高い持続可能な社会」に
つくり上げられたら
会社は、早期に消滅させる予定です。
── できるだけ早く辞めるというのは
やっぱり、大切なのは「スピード感」だから?
河野 われわれ、本業がありますんで。
── あ、そうですよね。
河野 その会社から
役員報酬がもらえるわけでもないですし、
私が別会社の専務を兼任してたら
うちの社員にも苦労かけちゃいますから。
── そうです‥‥よね。
河野 幹部会議で「別の会社の専務をやるわ」って
言ったら、大揉めに揉めまして(笑)。
── はー‥‥。
河野 泣かれましたから。
── あの、北欧型の社会を実現するにあたって、
具体的にはどういった活動を?
河野 たとえば、陸前高田の森林の間伐材を利用した
バイオエネルギーの開発。
── ええ、ええ。
河野 あるいは、コミュニティタクシーや
カーシェアリングのシステムを構築して
なるべく
車の乗り入れを少なくできるような仕組みを
提案したり。
── なるほど。
河野 オレたち「アホ」がよってたかって集まって
いろいろアイディアを出してこうと。
── ちなみに、その会社って何という‥‥。
河野 なつかしい未来創造株式会社、と言います。

<つづきます>
2011-12-27-TUE
   
 
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN