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『YAWARA!』『MONSTER』
『20世紀少年』などのヒット作で知られる
マンガ家の浦沢直樹さんと糸井重里が
第20回手塚治虫文化賞の記念イベントで
対談することになりました。
ひとりのファンとして、これまで
浦沢さんの作品や仕事量を見ていた糸井は
「自分とはまったく違うタイプの人だ」と
思っていました。
しかし今回の対談で、
共通する「視点」を発見することに。
全7回の連載です。

浦沢直樹さんプロフィール
  • 第1回マンガは演技の連なりだ。
  • 第2回作者が驚きながら描いている。
  • 第3回考えて、考えて、それがとぎれる瞬間に。
  • 第4回お客であり、マンガ家である。
  • 第5回手塚治虫から勝手にもらった。
  • 第6回アメリカから日本へ。
  • 最終回食い入るようなファンの目で。

『YAWARA!』『MONSTER』
『20世紀少年』などのヒット作で知られる
マンガ家の浦沢直樹さんと糸井重里が
第20回手塚治虫文化賞の記念イベントで
対談することになりました。
ひとりのファンとして、これまで
浦沢さんの作品や仕事量を見ていた糸井は
「自分とはまったく違うタイプの人だ」と
思っていました。
しかし今回の対談で、
共通する「視点」を発見することに。
全7回の連載です。

浦沢直樹さんプロフィール

第1回マンガは演技の連なりだ。

(トークイベントの司会の方から、
 「マンガ家になりたかったという、糸井重里さんです」
 という紹介を受ける)

浦沢
‥‥糸井さん、
マンガ家になりたかったんですか?
糸井
はい、なりたかったです(笑)。
浦沢
いくつぐらいのときですか。
糸井
いちばんなりたかったのは、中学のときです。
というよりも、ぼくはまず、
大人になって働くのが嫌だったんですよ、だから‥‥。
浦沢
マンガ家だって、仕事ですよ(笑)。
糸井
そうなんですよね(笑)。
そのことに気づいてなかったんです。
サラリーマンの場合は、
上司がいて、怒られたりするという
イメージがあるでしょう?
マンガ家は、編集者から
しめきりの催促があったりするでしょうけど、
それも含めてたのしそうに見えていたんです。
浦沢
いや、いつも追い込まれてるし、
なんやかんやで、
もしかしたらいちばんひどい仕事かもしれませんよ。
糸井
そのたいへんさを知ってれば、
「マンガ家になりたい」なんて
やすやすと思わなかったでしょうし、
それよりもずっと早い段階で
「なれない」と思って、あきらめました。

浦沢さんは、社会人として
きちんと人と接しようとしておられる方だけど、
もしもぼくがマンガ家になれたとしたら、
社会から断絶しちゃってたかもしれない。
アシスタントがいるいないは別として、
マンガ家は、マンガの背景の絵まで
すべてを描いてるわけです。
マンガ家が描かないものは、
マンガのなかに一切出てこないわけですから。
浦沢
ええ、そうですね。
糸井
みなさん、白紙からやってるんです。
それを、毎週何本も、やってるわけです。
浦沢
地獄ですよ。
糸井
ねぇ?
会場
(笑)
糸井
だからぼくはホントに
マンガ家にならなくてよかったし、
浦沢さんばかりでなく、
マンガを描いているみなさんのことを
尊敬しています。
浦沢
ありがとうございます。
糸井
すごく簡単そうに描く画風の人も含めて、
ぼくのマンガに対するリスペクトは
ものすごく高いです。
浦沢
ずいぶん前のことですが、
糸井さんのラジオ番組に
出演させていただいたことがありましたね。
あれはちょうどぼくがメディアに
少しずつ出るようになった時期でした。
そのときに糸井さんが
「浦沢さん、そんなにしゃべる人なのに、
 いままでどこで何やってたの?」
とおっしゃったんです。
いや、ほんとうに、
どこにも「出る」時間がなかったんです(笑)。
糸井
そうでしょうね。
浦沢
当時は月6回、締め切りがありましたんで。
糸井
はぁあ‥‥、6回。
浦沢
番組どころか、外に出る時間がありませんでした。
糸井
浦沢さんが当時連載していたのは、
何ページ単位だったんですか?
浦沢
週刊誌だと、18枚です。
糸井
ははぁ‥‥18枚。
その原稿18枚を、しめきりのたびに
札束のようにトントンとそろえて、
毎週編集の人に渡すわけでしょう?
浦沢
トントン、とやりたいところなんですが、
雑誌には「折(おり)」の具合というものが
あるんですよ。

(註:本や雑誌は通常16ページを
 1枚の紙の表裏に刷るため、
 印刷は16ページの「折単位」で進行する)

ぼくのマンガの対向ページに載る
作家さんが、早く描きあげたとします。
そうすると、
「折のほかのマンガができちゃってるんで、
 対向ページのこの絵だけ、
 浦沢さん、先にください」
ということになるんですよ。わかります?
糸井
はい、はい、いまわかりました。
浦沢
それがその週の、
ぼくのマンガの最後の2ページだったりするんです。
これから原稿を描こうとしてるそのときに、
いきなり最後のクライマックスを描かなきゃいけない。
ですから、
「最後のコマはこうなるだろうな!」
と頭で考えて描くんですが、できあがってみると、
その「最後」はだいたいダメです。
マンガは演技の連なりだから、
前から描いていかないと、
ちゃんとした演技にならないんですよ。
糸井
ああなるほど、
違う芝居をつなげたようになっちゃうんだ。
それは、読者でも気づくんだろうか。
浦沢
どうなんでしょう?
連載雑誌ではそれが載っちゃいますが、
単行本化するときに、描き直すこともあります。
糸井
逆に言えば浦沢さんは、
よそのマンガ家さんがそういう目に遭ったときに
「何か事情があったな」って、
わかるんでしょうね。
浦沢
事情は、ずいぶん見えますよ。
「異様に空が広いな。
 見開きで、空かぁ‥‥」
とか、ありますね。
糸井
「アシスタントが
 途中で辞めたんじゃないだろうか」
は?
浦沢
「いいアシスタントが入ったな」
または
「いいアシスタントが抜けたな」
は、わかります。
糸井
でしょうね。
浦沢
あとはね、
「よほどのことがあったんだな‥‥」
という絵のときがあります。
糸井
よほどのこと。
浦沢
ええ。それはもう、わかります。


(つづきます)

2016-08-02-TUE