糸井 |
しっかし、おもしろいよねぇ、横尾さんの絵は。
こうやってまとめて見ていくと、
一見突拍子もないような変遷があるね。
ふしぎだなぁ。
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横尾 |
そうかな?
わかりやすいほうじゃないの、ぼくのは。 |
糸井 |
いやいや、
横尾さんにとってはそうかもしれないけど、
見ているぼくらは、
この流れは、ふしぎでしょうがないですよ。
横尾さんは「自己模倣」を
まったくしないでしょう?
だから、くり返しがほとんどない。 |
横尾 |
うん、そうね、くり返さないけれども、
以前に描いた絵の痕跡が、
あっちこっちに飛び散ったり
横断したりしてるんですよ。
それは、けっこう自分で、好きなところなの。
この部屋に入っても、
少しずつ前の部屋のイメージが残ってるんですよ。
そこに、サラリーマンみたいな男が
ジャングルのようなところにいる絵があるでしょ。
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以前描いたマッコウクジラみたいなものが、
ここではこういう、
怪物みたいなものになっている。
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糸井 |
パラダイスのときにいたクジラが、
ここにまたいるんですね。 |
横尾 |
うん。異界的な感覚が
ぼくの中に入り込んできたのは、このころからだね。
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あ! これ、なんだか
ベッカムみたいな頭してるね!
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糸井 |
これはベッカムですね。
悪魔くん、ともいいますけどね(笑)。 |
横尾 |
・・・これ、いま思うと、
いらないね・・・この赤の天使。
 |
糸井 |
そ、そうですか(笑)。 |
横尾 |
あってもなくても、どっちでもいいよね。
まぁ、違和感を出したかったのかな?
天使じゃなくてもよかったのかもわからない。 |
糸井 |
当時の横尾さんは、
ご自分でなんだか足りないものを
感じたんでしょうね。 |
横尾 |
まぁ、この絵には「救い」がぜんぜんないから(笑)、
ここに象徴的な天使を
持ってきたかったのかもしれないね。 |
糸井 |
うーん。はあぁ。
(じぃぃーっと絵を見まわして)
「実際にあるもの」や、
「写真で見たことがあるもの」
ではないものを
こうやって見せられることに
ぼくら、慣れてないですねぇ。 |
横尾 |
このへんの作品に関しては
まだ発表したことがないんだよ。 |
糸井 |
あ、そうなんですか。 |
横尾 |
たぶんみんな
見るのははじめてみたいなもんよ。
長い間、倉庫に入ってたの。 |
糸井 |
ところで横尾さん、
この絵なんですけれども。
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横尾 |
なに? |
糸井 |
ここのところ、いったいどうしたんですか?
女の人のアゴが途中で溶けてますけども。
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横尾 |
ああ、ねぇ(笑)?
これはたんに、むずかしくって、
中断したんだろうねぇ、描写を。 |
糸井 |
中断した!
ここだけを(笑)! |
横尾 |
これはたぶん、完成した作品じゃないよ。
途中で描くことを放棄したものだと思う。
そういうの、ぼくの作品には多いんですよ。 |
糸井 |
ところで、こういうことを
横尾さんに聞くのはどうかと思うんだけど、
例えばガラスならガラス、木なら木を描くときに
「そう見える」ための筆力って、
必要ですよね。 |
横尾 |
ああ、ぼくね、
それは自分のなかでいちばん欠けている、
未熟な部分だと思っているんだよね。 |
糸井 |
技術、ということですか。 |
横尾 |
それが、これからの修練です。 |
糸井 |
そうなんですか? |
横尾 |
技術に関しては、ぼくはいつも
未熟だと思っている。
それに、描いていると、
「また一からやりなおし」みたいな経験が
何度もある。 |
糸井 |
ピアノの練習みたいに。 |
横尾 |
うん。ピアノやバッティングの練習と、
そんなに変わらないと思う。 |
糸井 |
技術というものは、
無限にほしくなるものなんですか? |
横尾 |
技術がありすぎても困るけれども。
技術があって、
いざ、っていうときは描けるだけの筆力は持ちながら、
それは出さない、っていうのが
いいのかもしれないね。
いずれにせよ、
ある程度は、技術のことは知っておかないといけない。 |
糸井 |
うん。 |
横尾 |
ただ、「描けない」のに、
「描かない」フリをしている作品も
このなかにはありますよ。 |
糸井 |
そこまで正直に言う人はあまりいないと思うけど(笑)。
横尾さんの絵って
質感みたいなものが保証されている気がするから、
やっぱり技術ってすごいんだなぁって
ぼくらは思うんですけどね。 |
横尾 |
!!!
その「質感」ということが
いちばん大事なんだとぼくはいま思っているわけ! |
糸井 |
そうなんですか。 |
横尾 |
作品というのは、
あくまでも「外面(がいめん)」なんですよ。
ぼくはそう思うの。
「内面の描写」とか、
「内面の表現が足りてないとかどうとかこうとか」
いう人がいるけども、
あれはぼくはまちがってると思うの。
内面なんか表現する必要は、ぜんぜんない。
質感、すなわち、
おもてに見えるものをただただ描くだけでいいんです。
もしかしたらそれは
内面に到達するものかもしれないし。
だから、最初から内面を表現しようなんて、
ぼくはいっさい考えない。 |
糸井 |
内面って、
外面から合成されたものですよね。 |
横尾 |
そうですよ。 |
糸井 |
こんなに近くで絵を見るからこそ、
いろんなことを思えるんだね、ぼくらは。
印刷されたものなんかで見ちゃうと、つい、
「描かれた意味」を語っちゃうんですよ。 |
横尾 |
ぼくの絵に関してだけじゃなくて、
美術や絵画でいったい
何を見て欲しいかというと、
外面や質感だと思うんですよ。
「この絵がいい」とか「悪い」とか、
「感動した」とかいうときって、意外と
質感を感じているんだと思うんですよね。 |
糸井 |
そうですねー! |
横尾 |
例えば、この絵にとって、
かばんはどうでもいいわけですよ。
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この絵の左下の部分に、赤いかばんが描かれているのです。
赤いスペースと、形をあらわすだけで、
なーんでもないものなの。だけど、
これをいかにかばんらしく描くか。
ぼくはそれが、美術のなかで、
大切なところだと思うんだよね。 |
糸井 |
「ここにあるぞかばんが」のかんじが、
きちんと集約されているわけですよね。 |
横尾 |
うん。そういうところが、いまの美術では
問題にならないんだよね。
だから、この絵のメッセージ性だとかいうふうに
すぐなるんだよ。 |
糸井 |
テーマ主義になっちゃうんだ。
それは、
テーマ主義になったほうが解説しやすい人たち
のための理論ですよね。 |
横尾 |
そうそう、
それはなんだか知的だしさ(笑)。 |
糸井 |
そういうお話を聞いて絵を見ていると、
なんだかちょっとしたデコボコやほころびが、
どうしようもなく目につきますね。
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横尾 |
これは取るべきか、
このままにしておくべきか、
現実に、どうしようって思うわけですよ、ぼくは。 |
糸井 |
思うでしょうね。 |
横尾 |
考えますからね、かなり。
そして決定を下すわけですよ。
その決定の中に、
その美術のもつ、作品のもつ
質感につながるものがあるんだよね。 |