土方歳三、かく語りき。
山本耕史 from チャノミバ
第3回「土方歳三という人について」


なんでいまでもあんなに土方さんが
人気があるのかって考えるんです。
たしかに、本や活字を読むと
「かっこいいわ」と思えるものが多いけど、
きれいな部分しか見せていないものもあると思うんです。
だから、ぼくは、本のなかの土方さんじゃなく、
目をつぶってその時代に行って、
そこで自分はどういうふうに
彼らを見るだろうかって思うんです。
すると、すっごく恐さがあると思う。
ぼくと同い年だけど、気持ちの入り方が
違うんだろうなとかいろいろ思うし。



大河ドラマっていうのは、
週に4日間撮影があって、3日間が休みなんですけど、
その3日間を利用して
ぼくはいろんなところに行ったんですよ。
それこそ函館だったり会津だったり。
本当にいろんなところに。で、どこ行っても
「ここは土方さんがよく遊んでた公園です」
とか言われるんです。
それで、「ふーん」って、目をつぶって
「ああ、そうなんだ」って
ちょっと自分からそういうふうに
(当時の土方歳三に入り込む状態に)してみたり。
「ここが新選組の屯所です」
「ああ、いたんだなあ」とか。
だけど、どこに行っても
「自分から浸らないと読み取れない」ような、
そういう場所ばっかりだったんです。

でも、一カ所だけすごい場所があったんです。
「ぼくがいま立ってるここに、
 土方さんはかつて絶対に立っていた」
って感じるところがあって。
それは、会津の松平容保公に土方さんが頼んで作った
勇の墓なんですよ。
土方さんが、近藤が斬首されたのを聞いて作ったという。

(そのお墓は)そんなに上じゃなくっていいのに、
っていうくらい山の上にあるんですよ。
街から離してあるんです。
いまはもう、人が観光で来れるように
なっちゃってるんですけど。
なんでここまで上に作ったのかなって、
ぼくは歩きながら考えたんですが、
これは絶対土方さんが
「もっと上だ、もっと上だ」って言って、
勇だけ離しておいたんだと思ったんです。
まだ撮影してる最中に行ったんですけど、
ぼくは、そのお墓の前に立ったときに、
なにか話しかけてるんですよ。
ぼくは対香取君だったんですけど、
なにか話しかけてるんですよね。
で、ここで土方さんは、ぼくと同じように、
絶対、近藤勇に話をしてるって感じる瞬間があって、
すごいシンクロしちゃったんですよ。
「あ、同じ場所にいるわ」っていう。
唯一「ここには土方がいる」って確信した場所です。

そこはね、ほんと鳥肌立ちましたよ。
そのお墓はいまだに、
開けて(中を確認したことが)ないんですけど、
「ここには絶対土方さんのなにかが入ってるはずだ」
ってぼくは思いました。
‥‥手紙なり、何か自分が身につけてたもの。
わかんないけど、絶対入ってますよ。
間違いなく入ってると思います。

土方さんという人は、近藤勇がいたときは
ちょっと血の気の多い、ガーッと、それこそ
「武士道もクソもあるかい」
みたいな感じだったと思うんですけど、
勇が死んだ後というか、いなくなった後っていうのは
仏のようになったってよく言われてるじゃないですか。
彼はあそこできっと、
ものすごくおっきな人になったような気がするんですよね。
自分が斬った人のお墓もちゃんと作って、みたいな。
で、最後、これ本当かどうか知らないんですけど、
けっこう珍しい話があって。
函館戦争で亡くなりますよね、土方さん。
土方隊っていうのはとても強くて、
基本的に負けなかったらしいんですよね。
負けたときっていうのは、ほかの隊が負けて、
敵がどんどん押し寄せてくるから、
後ろに下がらざるを得なくてそうしたらしいんですけど、
本当に土方さんが指揮を執ると勝ったらしい。

で、土方さんが亡くなるその日。
土方さんにお呼びがかかって、そこに行くっていう日に、
いままで溜まっていた米のツケかなにかを、
ぜんぶその前に払って行ったんですって。
だから、きっと、もしかしたら
自分が今日亡くなるっていうのを
わかって行ってたんじゃないのかなって思うんですよね。
もう、旧幕府軍が、
ひっくり返せるわけがないじゃないですか。
だからどっかで自分の「。」を打つために、
その日にそういうことをしたんじゃないかと
ぼくは思うんですよね。

三谷さんって、脚本を書くときに、
すごく当て書き
(※演じる役者に合わせて脚本を書くこと)
をされる方なんです。
で、撮影の最後に、三谷さんに
「今回の『土方』と『山本耕史』の
 いちばん違うところってどこ?」
って訊かれたんです。
考えたんですけど、パッと言えないわけですよ。
そしたら、三谷さんが、
「ぼくは山本耕史だと思って書いてたんだ」
っておっしゃったんです。

たとえば、あるセリフを三谷さんが書いて、
それをどういうふうに言うのか、
どういう表情で言うのかは、ぼくしだいですよね。
で、それを見ながら三谷さんはまた、
「つぎはこうだな」って書くわけじゃないですか。
そうやって、「土方」と「山本耕史」が
ぼくのなかでどんどん近づいていくんです。
だから、「どこがいちばん違う?」って言われて、
答えが出なかったんですよ。

もちろん三谷さんが描いた土方ではあるんですけど、
もう人間的に、役がどうのこうのって言うよりも、
そこにぼくが入ってやったことによって
変わった部分がやっぱりありますよね。
自分で自分を客観的に見ても、
「俺って、こんなことできる人だった」とか、
「俺って、こんなふうに見られてたんだ」とか。
なにかね、それがすごいおもしろかったんですよね。

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2005-04-20-WED

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