じぶんのリーダーは、じぶんです(3月24日)
・「じぶんのリーダーは、じぶんです」と、
急にぼくは思って、そう書きました。
「じぶんというじぶんのリーダー」は、
平和なときには、眠っていてもよかったのです。
「どうしても、タバコがやめられないんですけど」
タバコをやめたいんですね。
「はい、やめたいです」
やめたいのは、どなたですか?
「もちろん、わたしです」
じゃ、やめたらいいじゃないですか。
「それが、やめられないんです」
あなたが吸わなければ、自然にやめられますよね。
「吸っちゃうんですよね、どうしても」
タバコを、やめたいんですよね。
「はい、やめたいです」
‥‥きりがないんです。
ぼく自身がそうだったから、よくわかるんですけど、
こういう場合の「じぶんのリーダー」は、
「じぶん」じゃなくて「タバコ」なんです。
いやいや、口で言うほど簡単じゃないのは知ってます。
なにせ、「ニコチン中毒」なのですから。
でも、やめられてからだと、わかるんです、
ああ、「じぶんが、やめる」と決めなきゃ、
どんなすばらしい方法があっても、
絶対にやめられるもんじゃないな、ってね。
「つい、食べちゃうんです」そして、
「でもダイエットしたいんです」という場合も同じです。
「じぶんがリーダーにならなくても、
ちょっと体重が多いというだけで、あんまり困らない」
からなんだと思うのです。
だけど、いまは、そう言ってられない状況になりました。
行くか残るか、うずくまるか立ち上がるか、
悩み続けるか動き出すか、凝視するか見るのをやめるか。
決めないままでは、どうにもならないんですよね。
この経験は、いいことだとも言えるんじゃないかなぁ。
誰のせいにするのでもなく、覚悟し、選択する。
じぶんのリーダーとして、じぶんの判断をするわけです。
ひとつ強くなった人が、次の時代には、
いままでの何百倍も増えてると思うんですよね。
今日も「ほぼ日」に来てくれて、ありがとうございます。
よい結果は、希望の側にだけあります。絶望は愚者の結論。 |