吉本 |
「なんで、あたらしい言葉が生まれるのか」
ということを、ソシュールは
ものすごく優れた言語学者だから、
まともに、とことん考えていったんですよ。
だから、頭ぁおかしくなっちゃった。 |
糸井 |
(笑) |
吉本 |
たとえばですよ?
日本では、いちばん近い肉親で、
しかも同じ世代で、
自分より年上の女の人のことを、
「姉」って、こう言うでしょ? |
糸井 |
言います言います。 |
吉本 |
だけどどうして「姉」と言うの?
って言ったら、これが・・・。
何と言いますか・・・。
・・・まったく、わかんないわけですよ。 |
糸井 |
(笑)あはははは。
わかんないです。 |
吉本 |
誰が「姉」って言い出したんだろう?
ソシュールは、そんなことをやってるわけです。
「姉」ひとつにしても、
古今集に載ってるからそう言うぜ、
っていうものでも、ないわけですよねぇ?
・・・つまり、わかんねえぜ、これは、って言う。 |
糸井 |
(笑)いやぁ。そうですよ。
「姉さん」としか、言いようがない。 |
吉本 |
そうなんです! |
糸井 |
強く言った(笑)。 |
吉本 |
誰が作ったのか、
誰が言い出したから流行っちゃったのか、
そういうのが、まったくわかんない。
英語では、何て言うんだっけなぁ・・・。 |
糸井 |
吉本さん、味、あるわあ。 |
吉本 |
えっと、「エルダー・シスター」ですね。
年上の、同世代の肉親の女の人を、
どうして「エルダー・シスター」と言うのか?
そう考えたって、誰もわかんないですよ。
・・・まあ、無理やり言やあ、
「そこにあるから使ってた」というだけで。 |
糸井 |
(笑)ええ。なんかおかしいな。 |
吉本 |
まあだいたい、そんなこたぁ、
解明したとしてアホらしいことでして。 |
糸井 |
わはははは(笑)。
身もフタもない。 |
吉本 |
こりゃあ、ぼくだけの考えかもしれないけど、
言語学のいちばんの欠陥っていうのは、
結局、そこんところは、
わかんないままだぜ、っていうことなんです。
「なぜ、そう言ったか」
「なぜ、日本語で『姉』と言ったか」
・・・そういう問いに対して、
たとえば、いつからそう言われたのかは
ちょっと調べればわかりますけれども・・・。 |
糸井 |
(笑)「ちょっと調べれば」。 |
吉本 |
だけど、誰がどこで
どういうつもりで言いだしたかは、
そんなこたぁ・・・わかんないわけです。 |
糸井 |
(笑)わかんない、わかんない、って
こんなに連発されると、気持ちいいなぁ。 |
吉本 |
(笑)ふふふ。
でも、わかんないんです。
それがわかんないっていうことが、
最終的には、言語学の抱える、
難点っていいますかねぇ?
それだからこそ、
こうやってウジウジ考えてるうちに、
またどこかで、ことごとく何でもない人が
どっかの街角で言い出しちゃったことが、
流行って、ひとつの時代の言葉になる。 |
糸井 |
うん。 |
吉本 |
つまり、要するに、
「考えたって、わかんねぇんだぜ」
ってことです。 |
糸井 |
(笑)わはははは。
わかんねぇですよ。
・・・会場から、この話題で、
こんなに笑いが起きることが、気持ちいいです。 |
吉本 |
フフフ。
あんまり考えないタイプの言語学者は、
そんなことについては
やらずに済ましときゃいいわけで。 |
糸井 |
(笑)「済まときゃいい」って・・・。 |
吉本 |
いやつまり、ぼくなんかだったら、
そういうおおもとの「なぜ?」を問わないまま、
記号としての言葉が書かれて以降の、
つまり文学作品みたいなものの中で
使われている言葉についての
論理を立てればいいんだろうと、
若い頃に思った、ということなんですね。
「記号で書かれたもの」や、
「文字で書かれたもの」っていうのを
前提として、考えてみると言いますか。
だけど、ほんというと、
それじゃあわかんないんですよね。 |
糸井 |
日常の会話などに、言葉の
本流があるということですよね? |
吉本 |
ええ。
ですからたとえば、
「姉」のことは「姉」って言ってる。
どうしてなんだ、っていうのは、わかんないまま。 |
糸井 |
おもしろいなぁ、それ。
結局は、言葉としての
「ブラック・ホール論」みたいに
なっちゃうわけですよね。 |
吉本 |
そうなんです。
ソシュールは偉い人だから、
そこに入りこんじゃったんだと思います。 |
糸井 |
そこが大事だとわかったという意味で、
偉いんだ。 |
吉本 |
まぁ、だからあのう・・・。
頭がおかしくなった。 |
糸井 |
わははは(笑)。 |
吉本 |
でもね、ほんとうに
頭がおかしくなっちゃったからこそ、
彼は、ホンモノなんだというか。 |
糸井 |
(笑)フフフ。
あ、つまり、ソシュールは、
ちゃんとしていたからこそ、
頭がおかしくなっちゃったと・・・。
最初から考えの筋道が違っていたら、
頭がおかしくなるまで考えないという。 |
吉本 |
そうそう。 |