『MOTHER』の気持ち。
いちばん近くで、
この不思議なゲームの話を聞く。

第2回
「それがないと、
 最後までつくれなかった。」


── 『MOTHER1+2』が出ることを
糸井さんがすんなり肯定できたのは、
『MOTHER』から少し離れて、
客観的に見られるようになったことが
大きいんですね。
糸井 そうですね。たとえば自分の子どもって、
生んでしばらくは、幼児として扱うじゃないですか。
で、べったりかわいがる時期があって、
小学校行って、中学校行って、
ほんとに子どもが大きくなっちゃったら、
たまに会ううれしさがあって。
いいところと悪いところっていうのが、
ふつうに受け入れられるようになってくる。
ちっちゃいときはお人形さんみたいにかわいくて、
さぞかし美人になるだろうと思ってた子も、
そうじゃないっていうのが
わかったりするわけですよね。でも、
「それはそれでおまえだよ」って思えるんです。
欠点も含めて、こういうやつがいるんだ、と。
そういう愛しかたができるようになるんです。
今度の『MOTHER1+2』は、
見事にそれですね。
── 「それはそれでおまえだよ」と思えるからこそ、
その子に対して、どうしてあげようかという
判断ができるようになる。
糸井 できますね。お嫁に行くとか、
仕事のことで相談を受けたとか、
そういう感じにすっごく近いですよね。
── それはやっぱり時間が経ったということですか。
糸井 時間の影響も大いにあるけど、
それよりも時代といったほうが近いと思う。
ひとつ大きいのは、
ゲームが単純なブームじゃなくなりましたよね。
それによって、なんというか、
ひじょうに冷静に愛せるようになった。
冷静に愛するっていうと変だけど、
ゲームってなにがいいんだっけな? っていうことを、
みんなも落ち着いて思えるように
なったんじゃないかな。
それはとってもうれしいですよね。
── 一般の人の娯楽として落ち着いたし、
糸井さんのゲームへの関わりかたも落ち着いて、
「考えようがない」状態が変わり始めた。
糸井 うん。たとえば、
好きじゃないけど売れるものを作るんだっていう
方法もありますよね。
それはそれであると思うんですけど、
今回の『MOTHER1+2』って、
「好きなものが売れる」っていう喜びが味わえる、
とってもいいチャンスが来たと
ぼくは思ってるんですよ。そういう意味でいうと、
やっぱり時代の移り変わりって大きいんです。
── なるほど。
糸井 時代によって、売られるものやつくられるものが、
ちがってくるのは、いまにかぎらないんです。
だって、いちばん最初のことでいえば、
ぼくは、自分に子どもがいなかったら、
このゲームを作っていないですから。
あの、個人的なことなんだけど、
ぼくとぼくの子どもは離れて暮らしてましたから。
で、『MOTHER』のなかで、
お父さんはずっと離れた場所にいるじゃないですか。
── あっ。
糸井 そのメッセージが、彼女に対してだけ、あったんですよ。
「離れているお父さんに愛されてる」っていうことが、
たったひとりの子どもに対するメッセージだったんです。
もちろん、それだけでゲームをつくるわけじゃないです。
ひとつの軸にすぎないんです。
けど、その細い軸になっている部分っていうのは、
僕の勝手な思い入れなんです。
だから、ゲームのなかで電話がかかってきて、
主人公は「あ、パパだ」って言うじゃないですか。
あれはぼくですよね、完全に。
あのお父さんは、いつでも遠くにいて、
「振り込んでおいたから」みたいに、
すっごい冷たい言いかたをしているけども、
セーブは必ずお父さんのところでしますよね。
あの形を生み出したということが、
ぼくに、『MOTHER』というゲームを
絶対に最後までつくらせるという動機になったんです。
── ……驚きました。
糸井 そのくらいのことを、いまは言えるんですよ(笑)。
当時は、ナイショにしといたほうがいいんです。
でもいまは、もう言えますよね。
それくらいまで距離が出てきた。
で、それはなにも個人的なことばかりじゃないんですよ。
当時、ぼくは、そういう子は
いっぱいいるだろうなと思ったんですよ。
それも時代の関係だけど、
スピルバーグの映画観てもそうなんですよ。
ええと、たしか『E.T.』なんかも──。
── いないです。お父さん。
糸井 いないですよね。
当時、あんな家はものすごくあって、
自分ちの子どももそうだ、っていうときに、
その子たちが何を思っているんだろうっていうことが、
ぼくのなかで、いっちばん大きなテーマだったんです。
だから、ゲームのなかで、
その子たちに味わってほしいことがものすごくあった。
その子たちが『MOTHER』をやったら、
元気がでるように。
それがいちばん大きいメッセージだったんで、
それがないとぼく、『MOTHER』を
最後までつくれなかったと思いますよ。
── はぁ〜、なるほど……。
糸井 あと、あのさ、軽い話なんだけどね、
あるとき子どもからぼくにメールが届いたんだけど、
そのメールの最後に
「ガチャン、ツーツーツー」って書いてあったの。
── わあ。
糸井 もう、すっかり大きくなってからだよ?
で、子どもはぜんぜんわかってないはずなんですよ。
ほんとは。ぼくの意図とかは。
でも、子どものなかに「ガチャン、ツーツーツー」が
残ってるのがおかしくてさぁ(笑)。
── ……おかしくないですよ!
糸井 うん(笑)。子どもはぜんぜん無意識で書いてるんですよ。
でも、その、「ガチャン、ツーツーツー」は、
親の気持ちとしては、ぜんぶ、ですよね。
で、そういうことを、平気でこんなふうに言えて、
発表してもまったくかまわないよ、って言えるのが、
『MOTHER1+2』を出せた理由ですよね。
だから、うれしいんですよ。ものすごく。
ああ、大きくなったなあという。
── なんかあの、感動してますけど。
糸井 いやいや、みんなそんなもんよ、親って(笑)。
── あの、当時それだけのものを、
糸井さんが『MOTHER』に込めていたということと、
込めたことをさらっと言えるという
ふたつのことに感動しますけど。
そのふたつがあるからこそ
『MOTHER1+2』が出せるんですね。
糸井 まったくそのとおりですね。
いま思うのは、親って大いにまちがうんですよ。
で、子どもだった人たちが親になって、
また同じことをつぎの子どもにしちゃうかもしれない。
大いにまちがっちゃうかもしれない。
でも、大いにまちがったことも含めて関係をつくって、
なんだろう、暗くならずに解決したいじゃないですか。
そこのところは、当時も、いまも、
たとえば、ほぼ日を読んでる人たちにもきっと、
共通するものがあると思うんです。
だから、そういうふうな弱さを、
もういっぺんひっくり返してポジティブに変えていく、
そんな力がゲームにあったからこそ、
『MOTHER』は生き残っているんじゃないかと
ぼくは思っています。
── 『MOTHER』って、数としては
ものすごく売れたというわけじゃないですよね。
けど、いろんな人の心にすごく刺さってる。
それはやっぱり、そうなってしかるべきという、
込められかたっていうのが。
糸井 が、あるんですよ。本気ですから。
ものをつくるときは、いったん忘れるようにしてるけど、
たとえばテキストを書くときに、
小学生のときの自分ちの子どもが
それをどういうふう読むかなっていうのが、
すごく重要になってくる。
直接には言わないメッセージみたいなものが
どうしても入っちゃうんです。
娘ができたから大工さんが娘の家を建てるのと
おんなじように、みんなやってるんですよ。
ポール・マッカートニーがジョンの息子に対して
『ヘイ・ジュード』をつくったとかさ。
エーちゃんもやってますよね。
そのくらいの動機があるとやっぱりね、
いいものをつくろうっていうのが本気になるんですよ。
── うーーーん、なるほど。ということは、
『MOTHER』はとてもポップなゲームですけど、
作られかたとしては、ロックですねえ。
糸井 ロックですねえ(笑)!

2003-04-17-THU

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