糸井 |
そういえば、太田さんの
事務所の名前(タイタン)って、
カート・ヴォネガット・ジュニアの
『タイタンの妖女』って小説から
引用してるんですよね。
ぼくもあれがそうとう好きで、
まえに会ったときその話聞いて
かなりうれしかったんだけど、
最近、ヴォネガットみたいに
おもしろがっているものって、
なにかありますか? |
太田 |
そうですね、いま、なかなか、
う〜ん……ヴォネガットほどのものは、
その後出会ってないですねえ。
なにかあります? |
糸井 |
ひょっとしたら太田さんが
もう少しあとに興味を持つかもしれないけど、
僕がいま、ヴォネガットに近い
おもしろさを感じてるのが、
経営書を書いてるドラッカーって人なんです。
ジャンルとしては
ぜんっぜん違うと思うんだけど、おもしろい。 |
太田 |
ああ、そうですか。
それはどういう? |
糸井 |
あの、ヴォネガットって、
いわば、どれだけウソをつけるか、
現実と遠い話を現実に見せるか、
っていうことを書いていたわけだけど、
ドラッカーって、
現実のビジネスのことを書きながらも
ヴォネガットと同じおもしろさがあるんです。
それこそ、小説読むみたいに。 |
太田 |
はぁ〜、そうですか。 |
糸井 |
で、経営書ではあるけれど、
さっき太田さんの話に出てきた、
メッセージとかイデオロギーが
入り込んでいないんですよ。
「こう言ったほうがよく見えるかな?」
みたいな揺らぎがぜんぜんないんだよ。
現代の経営を論じていながら。
たぶん、太田さんも、いつか、
あっちに行くと思うな。 |
太田 |
そういう現実をテーマにしたものでいうと、
『福祉国家の挑戦』っていう
スウェーデンのことを
ふつうに紹介した本があったんです。
それが、なんか、SF小説みたいなんですよ。 |
糸井 |
ああ、そういうことです。 |
太田 |
あれはおもしろかった。 |
糸井 |
その感じなんですよ。
あの、たとえばビジネス書にしても、
半端なマーケティング知識から、
「こうしてこうするとこうなるよ」
ってことを書いてるのは
おもしろくないんですよ。
それよりは、やっぱり、
「なかなかそうなんないもんなんだよ」
ってことを、知り尽くした人が、
「どうやったらそうなるんだろう」
っていうのを、政治じゃなくて、
経営の面から現実的に考えていく
っていうほうがおもしろいんだよ。
たぶんそのスウェーデンの話でも、
バカがいるわけですよね、中心に。
で、「無理だよ」って言われるようなことを、
考えるわけですよね。そこなんだよ。 |
太田 |
はい(笑)。 |
糸井 |
でも、スウェーデンの福祉国家っていうのは、
失敗を含めておもしろそうだね(笑)。 |
太田 |
そうなんですよ。
現実なんだけど、現実の物語じゃないような。
なんか、ほんとにふつうの小説よりも、
スウェーデンって国自体のことを
淡々と語ってるだけでドラマティック、
みたいな感じで。かなりビックリしたんですよ。
たんに知識として仕入れようと思って
読み始めた本が、物語として
おもしろいってことに驚いたというか。 |
糸井 |
それの、あの、強力にデカい版が、
じつはアメリカという国の
成立なんだと思うんですよ。
だって、もともと先住民がいたところに
渡っていった人たちが入っていって、
法律とか、ルールとか、
そのバリエーションとかを
ああでもない、こうでもないって、
実験していったわけじゃないですか。
だから、アメリカの話って、
ぜんぶおもしろいんですよ。
あれ、大実験場なんですよ。大失敗もするし。
スウェーデンの話もそういうことでしょう? |
太田 |
ええ。その本のなかでは、
スウェーデンっていう国自体が、
それこそ実験場のように書かれていて、
税金を上げて、福祉を充実させて、
理想をつくろうとしてるんだけど、
どっかにひずみが出てくるっていう。
老人たちが、みんな、
充実した老人ホームにいるんだけど、
異常に孤独だったり。
その老人ホームにいる看護婦さんが
老人をかわいそうに思って殺してしまったり。 |
糸井 |
善意で。 |
太田 |
善意で。
まあ、それがスウェーデンのすべてでは
ないにしても、そういう話って、
ほんと、SFのお話にでてくる国みたいで。
それが現実の話だっていうのが
ほんとにSFチックでしたね。 |
糸井 |
で、そっちがおもしろくなっていくと、
今度は逆に、SFでおもしろいものが
だんだんなくなっていくんだよね。
一生懸命つくった話が、
「つくれるよな」っていうふうに
見えてきちゃうんだよね。 |
太田 |
そうでしょうね。 |
── |
そうなると、ゼロから物語をつくったり、
まったくのSFをつくるということが
非常に難しいし、なにより、
つくっている本人がつくっていることに
むなしさを感じてしまうのではないかと
思うのですが。 |
糸井 |
そのへんはむつかしいですよね。 |
太田 |
そうですね。まったくのつくりものを、
ゼロからワーーッとつくって、
それがおもしろいっていうのは、
おそらくそうとう途方もないし、
すんごい想像力が必要だし、
たいへんなことだろうと思う。
けど、現実にあることを、
ぼくのなかで、ほんのちょっとズラすことで
十分おもしろいものはつくれるかな
っていう気持ちもあるんですよね。 |
糸井 |
あああ、なるほどね。 |
太田 |
その、ずらし方のセンスの問題で。 |
糸井 |
うんうん。 |
── |
たとえば、ゼロからつくらなくても、
1から9までが現実といっしょでも、
10コ目がトンでもないものだったら……。 |
太田 |
そうですね。 |
糸井 |
それは、だから、白いご飯の美味しさを
発見することに近いですよね。
白いご飯は、どこの家で食べても
美味しいわけじゃなくって、
美味しい白いご飯があるんだよね。
干物ひとつでも、美味しい干物と、
まずい干物ってあるじゃないですか。
で、干物は干物ってメニューだから、
人によっては、「ああ、干物ね」
って言うんだけど、
「食ってみろよ」って出したときに、
「ウワァ!」って言わせるっていう。 |
── |
それは、むつかしいですねえ。
なんというか、学びようがないというか。
ゼロからつくる方法っていうんなら、まだ、
メソッドとかつくれそうな気もするんですが。
「ちょっとズラす」とか、
「美味い干物を出す」とかっていうのは。 |
糸井 |
お客さんを必要としますよね。
ふつうに見えるものを、
ちゃんと味わってくれて、
しかもちゃんとその味をわかってくれる
お客さんを育てなきゃならないですよね。 |
太田 |
そうですよね。 |
糸井 |
そうだよ。 |
── |
ひとりで部屋のなかにいても……。 |
糸井 |
ひとりじゃ、できない。
だって、オレひとりで
「美味い美味い!」って言ってても、
しょうがないもん。
だから、ぼくにとっては
「ほぼ日」が大切なんだよ。
お客さんの声を聞いて、自分も育つっていう。
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