あなたの、
『MOTHER』の気持ち。

こんにちは。
たくさんのメールをありがとうございます。

私もそうなんですけど、
みなさんからのメールを読んで、
「ああ、あったあった!」と
忘れかけていたことを懐かしく
思い出している人も多いようです。

たとえば「いちごどうふ」。
今回はこんなメールからはじめましょう。



こんにちは。
MOTHERで印象深いのは、やっぱり
「いちごとうふ」です。
当時は、「イチゴ味の豆腐なんてやだー」でしたが、
今、お店で「いちご豆乳」などを見ると、
これを固めれば「いちごとうふ」ができるのでは!と、
ついつい思い出すぐらい心に残っています。
今度作ってみようかな…
(匿名希望)

以前オーストラリアに行ったとき、(3.4年前)
スーパーにStrawberry Tofuがあってビックリした!
(プリンとかヨーグルトとかのカップ系デザート)
確かに存在した、探せば写真もある!
味は・・・内緒。
(東京の犬)

いつも楽しく拝見しております。
サイトのメッセージを読んで、
このゲームを忘れないで大人になった人たちが
たくさんいるんだなぁと
改めて実感させられました。
中でも忘れられないアイテム?のひとつに
他の方も述べてらっしゃいましたが
「いちごどうふ」があります。
先日、偶然昔の雑誌の中に
「いちごどうふ」のレシピを見つけました。
■材料
 粉ゼラチン 1袋(5g)
 水 大さじ2
 イチゴ 90g
 砂糖 大さじ3
 豆乳 200cc
■作り方
 1、容器に水を入れ、粉ゼラチンを振るい入れ、
   5分ほどふやかす
 2、ボウルにへたを取ったいちごと砂糖をいれ、
   フォークでつぶす
 3、小鍋に豆乳を入れ、
   沸騰寸前まで暖めたら火からおろす。
   1を加えて木べらで混ぜて溶かす
 4、なべ底を冷水につけて粗熱が取れたら、
   2を加えて泡だて器でよく混ぜて、型に流す。
 5、冷蔵庫に入れて固まるまで2時間ほど冷やす。
マガジンハウスの「anan」
2002年4月24日号に掲載されていました。
福田里香さんという料理研究科のレシピのようです。
カンタンでおいしかったので、
みなさんにも紹介してあげられればと思い、
メール差し上げた次第です。
(mimikaki)

ほんとに嬉しいです。涙が出るほど嬉しいです。
友人と奪い合うようにプレイしたこと。
アルプスの少女イイエジ。
「これでいいですか?(低い声で)」。
犬の名前のおまかせ候補に
「ちんちん」があって爆笑したこと。
エイトメロディーズをピアノで弾けたときの喜び…
全て小学生の頃のいい思い出です。
もう二十歳になりましたが、
あのころのように夢中でプレイできること、
楽しみにしてます。
まずはアドバンス購入資金をためてから(笑)
(アレジン)

今日初めて「MOTHER1+2」が
発売されることを知りました。
時間が遅いので
息子には明日教えてあげようと思います。
この春小学5年生になった息子は、
ダンナのお下がりのスーファミで
「MOTHER2」を知りました。
とても気に入り、ついにはサントラ盤をも手に入れ、
私と一緒に慶一さん見たさに
ビューソンまで行きました。
サントラ盤を聞くために
通信教育の100点シールをためて
CDプレーヤーをGETしたことや、
初めてのライブに興奮して2日後に
ぜんそくの発作を出したことなどを思い出し、
思わずメールしちゃいました。
きっと彼は明日、
貯金箱の中身を計算するに違いないです(笑)。
(おやこづれ)

私は一昨年、前々からどうしても欲しかった
MOTHER2をインターネットで購入しました。
スーパーファミコンも、持っていなかったので
知り合いから無理矢理もらいました。
可愛くて不思議で暖かい世界観が、
不登校だった私を励ましてくれていた気がします。
時々行き詰まったり敵にやられちゃったりしながら
辿り着いたラスボスは、
1時間半くらいかけて、やっと倒しました。
最高のエンディングを見られて、
本当に良かったです。
不登校だった当時、
あんなに泣いた事はありませんでした。
MOTHER2の感動の涙で、
私は少し大人になったと思います。
おかげさまで、今は楽しく高校に通っています。
素晴らしいゲームをありがとうございます。
(p)

「MOTHER」と言えば、やはり
初めてプレイした時の事を思い出してしまいます。
当時、RPGは一緒に住んでいた彼(後に夫)と
同時にプレイする決まりでした。
どちらがコントローラーを握る役でも、台
詞を読み上げる役は常に私だったので、
RPGをプレイする時は、
いつも喉が渇いていました。
「MOTHER2」が出た時も一緒に遊んだし、
「MOTHER3」が出ないと知った時は
一緒にがっかりして……。
それから十数年。
一年前に離婚してしまった私たちですが、
「また出る」ニュースを知った時は
真っ先に元夫に知らせました。
彼の返事は「マジかよ? 欲しい〜」でした。
33歳バツイチ男の(私も同じ歳)
熱い気持ちが伝わってくる、
シンプルな一言でした(フォロー)。
もう一緒にプレイする事はないけど、
繋がりのあるうちに
嬉しいニュースが聞けて良かったです。
(いくこ)

わたしはマザーのよさは
万人が感じるものじゃないとおもっていました。
マザーは自分や少数の良心をもつ人だけが理解できる
すばらしさだと勘違いしていました。
ところがあの音楽やあの胸をつく、
良い予感みたいなもの
すごくいいものにしか感じないあの感じ。
あれを多数の方も感じているんですね。
いつも自分のいいとおもうものは
少数派にしか支持されていないものと
思っていました。
(skippps)

毎日ここに来て、糸井さんのお話と、
MOTHERを愛するみなさんの
メールを見ています。
ああMOTHERを愛する人がこんなにいたんだと、
自分と同じ気持ちな人がこんなにいるんだと知って、
ますますうれしくなりました。みなさん一人一人が
それぞれMOTHERに対する思い出があって、
そのひとつひとつを読むたびに、涙が出てきて、
MOTHERをやっている時のような、
すごくあったかくて、やさしい気持ちになります。
今みんなで同じことに喜んで、盛り上がって、
一日一日MOTHER1+2の発売日を
心待ちにしているこの時も、
楽しくて仕方ありません。
仲良しの友達と楽しく喋っているような、
修学旅行や遠足に行く前の
ワクワクドキドキしたような、
久しぶりにとても大切な、
大好きな人に会う前のような・・・
ここ数日、なんて言うか
ただウレシイっていうそれだけじゃなくて、
言葉じゃ表しようがない
そんなあったかくて
やさしい気持ちでいっぱいです。
MOTHER1+2の発売が決まって
すごくうれしい!
MOTHERを愛する人がこんなに
いっぱいいたんだと知れて
すごくすごくうれしい!!
今みんなで同じ気持ちを
味わいあっているってことが
すごくすごくすごくうれしい!!!
おかえりなさい!MOTHER!   
(kanako)

MOTHER2には苦い思い出がある。
友達の家で見て、初めてRPGというものを買い。
律儀に本名をキャラクターたちに入力して。
無口な主人公の言葉を、自分で代弁して。
のめりこみ、じんと感動したゲームなのに。
なのに悔やんでも悔やみきれない。
どうして、私は攻略本を買ってしまったんだろう!
ハッピーハッピー村が怖くて怖くて、
なかなか奥まで探索できず、
ドラッグストアも、抜け道も見つけられなくて。
(セーブするために、わざわざツーソンまで戻って)
ああ、どうして攻略本を買ってしまったんだろう。
どうしてレベルなんかに、
強さにこだわってたんだろう。
そんな、楽しみを削ってしまった自分に、
とても苦い思い出がある。
(十駕)

五月に初めての子供(男の子なんです)
を出産します。だから発売日に購入しても
中々遊べないとは思うのですが、
隙を見てコソコソと遊んでやろうと思ってます。
とりあえず、主人公に
我が息子の名前なんて入れて遊ぼうかな…
とかちょっと思ってて楽しみです。
(トモ)

深夜番組をボケーっと口をあけてみていたところ
その口が閉じるどころかさらに大きく開くことに!
そう!マザー1+2のCMが流れたンです!
もう、そのCMを見たときは
「え?嘘じゃないの?」と自分の目を疑いました。
で、すぐほぼ日につなぐと
そこにはどせいさんの姿がっ!
か、帰ってきたー!やったよー!と
深夜一人で部屋を転げまわっておりました。
嬉しいンだけどなんだか泣けてきてみたいな
変な感じ。
こんなのはじめてのことです!
(8ビット)

マザ−3がやってきた! ヤァ!ヤァ!ヤァ!
うれしくってうれしくって
自転車に乗ってるときに歌ってしまいました。
 ♪ふんふんふんふん ふんふふん
  ふふふんふんふんふ〜ん
  ふっふふんふんふんふ〜ん
  ふっ ふ〜ふん ふっふ〜ふふっふっふ〜
その様を女子高生に見られ、
恥ずかしい思いをしました。
責任をとってマザー3は面白くしてください。
それから、この3月に僕は試験を受けました。
窓の外を見ると、
坂でスケボーをしている少年が2人いました。
その瞬間僕の頭の中には
「なまいきボーダー」の戦闘音楽が
エンドレスに流れ出しました。
 ♪てれれ てれれれれ てれれ てれれれれ
  てれれ てれてて てれてて てぇ〜〜〜〜〜〜
  ててて てってー てってー ててててててて
  てれてて てれてて てれててててて
まったく試験どころではありませんでした。
責任をとってマザー3は面白くしてください。
(はねっかえりキッド)

ほぼにちは。
我が家にゲーム機がやって来たのは、
『パラッパラッパー』のソフトを
プレゼントされたのに、肝心のハードがなくては
遊べないから…と購入しました。
でも、熱中するでもなく、
お雛様や鯉幟と一緒に、
物置に片付けられていました。
それから、3、4年経つかしら?
先週、小4の娘が塾のテストで
思わぬ高成績を持ち帰り、
親ではなく、祖父(ワタシの父)へ電話して、
ずー-ーっと欲しかった
アドバンスのピンクのおねだりをしてました。
次の土曜日にトイザラスへ行き「SPの方が良いよ!」
と勧めるワタシの声を無視して、
ピンクのアドバンスを『ポケモンサファイヤ』と
一緒に買ってもらってました。
超初心者であるはずの娘は
(多分、お友達と遊ぶ時に借りていた様子で)
次々にバッジをゲットして、
ドンドン進んで行っています。
当然、ワタシも超初心者で、
RPG?アクション?パズル?程度の知識。
でも、ココで『MOTHER』の
HPを角から角まで読み返し、娘に一言
「アドバンス、一緒に出来るソフトを見っけ!」
と報告しました。
下の息子(3才)が幼稚園へ入園し、
その準備等で慣れない縫い物をして、
十分に構って上げられなかった娘が、春休み中、
イライラしていたのを分かっていたので、
何か一緒に関われるモノがあればと
探していたんです。
こんな初心者ですが、初心者だからこそ、
うんと期待しています。
(中村)

私がMOTHERを知ったのは2からで、
父が購入してきたことがきっかけでした。
そして当時の私は、ゲームが大嫌いでした。
父はかなりのゲーム好きで、遊園地とか動物園とか、
またはみんなでお食事とか、そういった
小さい子供(当時の私ですが;)の
希望することなどは、まったくしてくれなくて、
休日になるとゲームをしてばかり。
寝てもさめてもそればかりでした。
だから、私と遊んでくれない父を
つくりあげるゲームは大嫌いだったんです。
それから時も経ち、小学校の高学年頃、
まわりのお友達がゲームをやっていることも手伝って
あれほど苦手だったゲームを
プレイしてみることにしました。
いくつかプレイしてみて、
段々面白みとやり方がわかってきた時、
MOTHER2に手を出したんです。
これの、面白いこと面白いこと!
現代が舞台のRPG、魔法じゃなくて、
ちょっと不思議なちから(PSI)、
センシティヴなセリフ…などなど。
当時の私にとって、
どれほど刺激的で斬新だった事でしょう!
父が食い入るように
画面を見つめていたのが良く判りました。
判った途端に父と攻略のお話がしたかった!
しかし、判るのが遅すぎたようで、
そのころから父はゲームから手を引いてしまい、
すっかり「優しいパパ」になっていました。
(天下統一)

うわー、はじめまして!うわー、こんにちは!
学校関係のアルバイトをしているため、
新入生がやってきて、
あちらもこちらもあわただしいので、
今さっき、MOTHER情報を知りました!
勤務時間ながら震えがとまらなくなったので、
落ち着くためにメェルさせてくださいっ!!
わたしも学生の頃は
「寝ずゲー」をよくしてたもので、
将来はゲェムを製作するSTAFFを夢みていました。
その頃、いじめなんかにあってたのもあって、
がんばる主人公に影響されたのが
大きかったからです。
「MOTHERごっこ」もいっぱいしました。
ちょうちょを追いかけてみたり、
黄色いリュックで修学旅行に行ったり…
ゴミあさりは勇気がなかったけど。
『わたしだって、みんなが感動を受ける
 ゲェムを作ってやる!』みたいな
強すぎるガッツポーズを、
あのころのわたしもしていた気がします。
もっといろんなヒトにあったり、
もっといろんなコトにあったりして、
現在は役者を目指しています。ジャンルは違うけど、
ジャンルをこえた表現をしたい・みてほしい
というのは
糸井さんがゲェムを作ったときと同じです。
じぶんなりの表現の媒体をみつけた気がするんです。
意地をはらないで素直に表現できる、
わたしなりの方法を。
それを教えてくれた出会いのひとつが
やるたびに違った感覚を
教えてくれるMOTHER2です。
オーディションや面接で
「尊敬する人」を問われたら、
迷わず「糸井重里さんです」と答えるのは
変りません。
尊敬というか、
会ったらありがとうをいいたい人です。
声にだしていいたいから、まだ我慢しときます。
では、ふるえがすこし落ち着いたから
お仕事にもどります。
(あず)

僕とMOTHERが出会ったのは小学校高学年の時。
その時はプレイはしなかったんです。
親戚のお兄ちゃんがいつも自分がクリアした
ファミコンソフトをごっそり
持ってきてくれるんですが、
MOTHERはその中の一つでしかありませんでした。
前知識がないため、
MOTHERという文字と赤いソフトというだけで
当時の僕にはひどくホラーなものだと感じたのです。
ビビりながらちょっと手をつけて見ると、
OP画面は黒地にタイトル
ちょっと哀愁漂うメロディー
ゲームが始まったらいきなりポルターガイスト。
・・・・・すかさず電源切りました。
天気のよい昼下がりに味わった
あの恐怖は今でも思い出せます。
(そして笑えます)
でも、あの雰囲気だけは
頭の片隅に残っていたんでしょう。
僕は中学になってから
ふとMOTHERに手を伸ばしました。
そして、MOTHERにはまり込んでいったのです。
淡々とした雰囲気(シンプルさ)が
小学生の僕には解らなかった。
きっとそういうことなのだと思います。
RPGのEDであんなに泣いたのは初めてでした。
ああ、また涙がじわっと出てきた。
待ってたんです。本当に待ってたんです。
チキショウ待たせやがって!
糸井さん、スタッフの皆さん、激ラブ!イエー。
(カケル王子)

ここ数日、仕事をしていても道を歩いていても、
電車に乗っていても、息子と遊んでいても、
何かにつけて、
MOTHER1&2の画面や音楽、雰囲気が、
押し寄せるようにフラッシュバックしてきます。
それはたいそう幸せで、ちょっと切ない幻影です。
MOTHER初プレイは、卒論を控えた夏でした。
ATMやパパとの電話連絡、
「敵を殺さないで勝つ戦闘」など、
それまでのRPGにはなかった
日常のシステムが印象的でした。
修論を書いている夏に、MOTHER 2が発売され、
「これをクリアせんと、修論手につかへん〜」と、
同じゼミの友人とトリコになりました。
友人が、主人公たちに
大学院の教員の名前をつけました。
女の子には、ゼミの教授(女性)の名前。
「隣町に、すごい女の子がいるんだってよ!」
と主人公が噂をきく場面では、
「ぴったりの名前やん」と悦に入ったものです。
エンディングでは、彼女の名前を連呼しながら
二人して涙しました。
その後、愛と勇気と友情を合い言葉に(?)、
友人と私はともに博士課程へと進んだのでした。
今度は、博士論文に取り組みます。
紆余曲折の末、実は、
3月末にその方針がたったばかりです。
そこへMOTHER 3発売のニュースを聞くとは、
なんだか因縁を感じています。
それは明るい性質の因縁です。
「よぉし、書けるぞ」って感じで。
私にとってのMOTHERは、
心の「マジカント」であり、
「どせいさんのむら」なのかもしれません。
6月に、みんなに会えるのが待ち遠しい。
プレイした暁には、またお便りさせていただきます。
(かのじ)

そんなにそんなに、ゲームでは遊びません。
でも、MOTHERとMOTHER2 だけは、
夢中でやりました。
やりました、とか、遊びました、
と言うと違和感を感じてしまうのが、MOTHERです。
普段他のゲームをしている感覚とは違う神経が、
自分の中で動いているようだったからです。
その感覚を思い出そうとすると、なぜ、こんなにも
こころの奥の方がうずくような、
泣きたくなるようなきもちになるんだろう、
って思います。
MOTHERは、わたしにとっては、
だれにも話せないことや、打ち明けられないことを、
聞いてもらっているような感覚になる、
とくべつなものだったのだと、
今回のグッドニュースを読んで
じんわりと思いました。
わたしにはこどもはいないけれど、いたらきっと、
こどもと一緒にやりたいと思うだろうなぁ、と
思います。
どうもありがとう。
(にょにょ助)

深夜にテレビをぼーっとみてたら、
いきなり真っ赤になった。
そして、みたことある生き物がうごいてた。
ん?あれ?アレよね?!ももももう一回みたい!
とおもって、番組そっちのけで
CMになるのを待ってた。そしたら、でた。
真っ赤な中に、「どせいさん」。
で、もっとよく聞こうと
音量を上げたはずが下げてしまい、
あわてて押したボタンはビデオ切り替え…。
最っ低自分。
というわけで、今日は寝不足です。
結局2時半までねばって、ミタヨ。ばっちし。
まざーって、昔話みたい。
じつは、まざー3が3Dになるってきいて、
ほんとはやだなーとか思っていました。
それって、たぶん「かたにちからバット」で、
そんなにどんどんすごくなったら、たぶん、
クリアしてもすぐ忘れてしまうゲームに
なってしまいそうで。映画みたいな壮大な物語は、
すごいけど、忘れてしまう。
でも、昔話は、わすれない。
ペテネラさんのくつしたを
かたっぽだけもらったことすら覚えてる。
まだうまれていないこどもに
あれこれきたいをすると、
おかあさんが困ってしまうので、見てない振りして
横目でちらっと見るくらいで、みまもりますね。
好物はみそスープにしてました。力つかないね。
かっこいいものはなんだったかな、
ボンバイエかも。
他のみなさんは何にしてたのか知りたいです。
(みっくす)

MOTHERは私が29歳にして
初めて買ったファミコンで、
初めてやったゲームです。
オープニングがエンドレスと知らなくて、
「これが終わるまで
 スタートボタンをおさないでおこう。」と、
きれいな地球の絵をじーっと見ながら
待っていました。
なかなか終わらないなぁと思いながら
お茶をいれてきたりなんかして、だいぶたってから、
思い切ってスタートボタンをおしたのでした。
斜め移動できるというのも最初はわからなくて、
ジグザグに移動していたりしていました。
また、初めて敵にやられて死んじゃったときに、
リセットボタンをおすというのが
どうしてもどうしても、
とってもイケナイコトのように思えてできず、
その時は最初からやり直しました…。
2度目は悩んだ挙句にリセットしてみましたが、
しばらく後ろめたい気分が抜けませんでした。
そういう人、他にもいないのかな、と思ってます。
でも、結局クリアできなかったのが残念です。
(sumiko)

今でも私の最高のゲームは
「MOTHER1&2」です。
私がまだ小学生低学年のころ、
姉がプレイするMOTHER1を
隣でぼんやりと眺めていました。
今まで見たゲームとは違う、その不思議な雰囲気に
いつしか私もコントローラを握っていました。
世の中の仕組みを全く知らなかった私は、
「何のためにキャッシュカードがあるんだろう」
と悩み、クイーンマリーの宮殿の物悲しい音楽に、
どこか恐怖を覚えました。
そしてフライングマンの墓が増えるたびに、
「ごめん、ごめん本当に」と頭を下げました。
2では、別荘のタンスに入っている小話に爆笑して
何度もチェックする一方で、
ラストダンジョンと最終戦闘が
怖くて怖くてたまらなくて、
そこだけ姉にプレイしてもらいました。
それでも、
エンディングに感動して2人で泣きました。
そんな私も、今年でとうとう大学生になりました。
今日、たまたま行ったCDショップに
MOTHER2のサントラが
売っていたのを衝動買いし、
今、曲のセンスの良さに圧倒されています。
もう一度PSI能力を駆使して、
世界を救うために野球帽とバットを装備して、
3人の友達と旅に出ようと思います。
こんなにも素晴らしいゲームを作ってくださった
糸井さんと、スタッフの方々に感謝します。
(あつこ)

「おとなも、こどもも、おねーさんも」
このコピーを読んで買った『MOTHER』。
小学生のわたしは、このゲームを選ぶことで
ちょっと背伸びした気分になっていました。
わーい、わたしもおねーさーん。
そんなちょびっとした優越感で、
実は結構ストーリーが難しくて理解できないのを、
ごまかしごまかしプレイしていました。
けれど、エンディングでは
不思議になみだなみだ…。
いまや立派すぎるほど立派に、
おねーさんになってしまった自分。
また不思議ななみだが出てしまうのかなあ。
私にとっては、
とても大切な絵本のようなゲームです。
もしも自分に子供が生まれたら、
ちょっと大きくなった頃に誕生日プレゼントとして
このゲームをあげたいなぁとまで思っていました。
今回の『MOTHER 1+2』発売で、
それがかなえられそうです。
楽しみに待っています。
(サガコ)

自分の言いたいことはすべてみなさんに
いいつくされているなと思いましたが、
やはり自分のmotherに対する
気持ちが抑えられずメールします。
はじめてmotherに出会ったのは小学生のときです。
そのころはいわば「異質な」このRPGを
まるで自分が冒険しているかのように
のめりこみ、楽しみました。
中学、高校とmotherとは
縁のない生活を過ごしました。
そして、大学受験に失敗し、絶望のどん底にいる時、
なぜかmotherのことを思い出しました。
小学生の時のあの感動を思い出しました。
家にはすでにmotherはなかったので、
いてもたってもいられず、
中古ゲーム店でmotherを探し回り、
ニューファミコンまで購入し、
再度PLAYしてみました。
その感動といったらもう・・・・・
オープニングの音楽だけで涙、涙ですよ。
こうなってしまったら止まりません。
今度はmother2を購入し、PLAYしました。
最高でした。浪人時代の貴重な2週間ほどの時間に
勉強などまったくしませんでしたが、
暗い絶望感はどこかにいってしまいました。
前向きにそのあとの浪人時代をすごせました。
そして無事希望の大学に合格できました。
私が思うにこのゲームは
「癒し」の要素があると思います。
なんかほっとします。
(たつや)

糸井さんのインタビューを読んでいると、
ふいに後ろから母が
「あら、懐かしいわね。このゲーム」
といってきました。知ってるの?と聞いたら
「昔、あんたが遊んでた中で
 一番印象に残ってるゲームだから」
といわれました。
なんでも、当時小学生だった私が
予約までして購入し、
早速その日に嬉々として遊んでいて、
その姿を横目に洗濯物をしていたそうなのですが、
そのとき背後から聞こえてくるミュージックが
不思議と今でも心に残っているのだそうです。
サントラをかけて見せて、
スノーマンの?それともマジカントの?
と次々聞いていったところ、
なんとスタート画面の曲だったことが判明しました。
(タイトル画面のぽーーっていう感じのところです。
 サントラだと、11曲目の頭にくる音楽です)
ゲームをやったこともなく、
そもそも興味も全くない母の記憶に
これほどまで根付いているマザー・・・
改めて、好きになりました♪
スタート画面の、あの綺麗な地球のロゴと、
どこかノスタルジックで
泣きたくなるような曲を聞いていると、
本当にいろんなことを思い出せます。
お墓や幽霊屋敷で怖くて仕方なかったこと、
ずっとゲームしていたら突然道の途中で
お父さんが「そろそろやすんだらどうだい?」って
心配して電話してきてくれたこと、
フライングマン達の一つずつ増えるお墓に
失われて帰ってこない命のことを思ったこと・・・
今年で20になり、あのころ漠然と感じていた
思いの一つ一つが、とても愛おしく感じられます。
1&2の移植と、3の開発再開、
本当にありがとうございます♪
ゴミ箱の中に隠れていた少し臆病で、
でも本当は頼りになる友達に、
再開できる日を楽しみに待っています
(タクヤ)

私とMOTHERとの出会いは
正直よく覚えていない。
まだ、小学校に上がる前だってことは覚えている。
確か、親戚のお兄さんが
買ってきてくれたような気がする。
真っ暗な画面に流れる、
何かと共鳴するかのような不思議な音楽。
Aボタンを押すたびに、クリックする音が鳴る。
僕は結構恐がりで、
学校の怪談を聞くたびに泣き出しそうになるのに
なぜか、MOTHERはやり続けていた。
だけど、最後の最後で倒す方法が分からなくて
クリアーできなかった。
きっと、その頃はそんな方法があるだなんて
知らなかったんだと思う。
そして中学生になって2が出て、
それはクリアーした。
でも、未だに1のあの山を登っていくシーン
あの後に何が待っていたのだろう。
ゾンビの言葉に怯えて
ごみ箱に友だちを連れて
女の子に帽子を届けに行って
でっかいロボットにやられても
もう一度
やりたい
あの時、私が見ようとしていた
エンディングは何だったんだろう?
(netaka)

MOTHER2が出たのは
高校受験の頃だったのですが、
クリアするまで勉強が手につきませんでした。
ラスボス近くまできたあたりで
家族が私ひとり残して
スキーに行ってしまったため、
がらんとした家の中で夜中に泣きながら
ラスボスと戦ったことなどを思い出します。
RPGは攻略本を見ながらイベントをおさえつつ
短時間で終わらせることが多いのですが、
MOTHERのシリーズは攻略本は見ずに
全部の町で全部の人に話しかけ
マップをすみずみまで歩き回って楽しんだ
唯一と言っていいゲームです。
カレンダーの6月20日にまるをつけて、
「『MOTHER』の気持ち。」を読みながら
楽しみに待ちたいと思います。
糸井さん、そして関係者の皆様、
ありがとうございます!
(かたせ)

MOTHER大スキ。大スキです。
ほんとに涙が出そうになって、
みなさんのメッセージを読んでいたら
もっともっと涙が出そうになりました。
1回、任天堂さんのショップの
店員アルバイト募集に応募したとき
「うちでいちばんスキなのは何ですか?」と聞かれ、
「MOTHERです!!」と即答したときの
担当面接官さまの嬉しそうな顔が、忘れられません。
結局それには落ちてしまったのだけれど、
MOTHERが大スキで大スキで
MOTHERの近くで働いている人と
お話をすることができて
その日はほんとうに嬉しかったのでした。
ああ、今気づいたのですが、
大スキなMOTHERへのメールを書いている自分が
今、すごく穏やかな優しいキモチです。みなさんも、
こんなキモチでメールを書かれたんでしょうか。
今でも、ひっそり、
MOTHERのそばに行く機会を狙っています。
がんばるぞ。
イトイさん、私にMOTHERをくれて、
ありがとうございました。
(y)

こんにちは。
MOTHERの知らせ、嬉しく思います。
他の方からのメールを見て、
「あ、そうそう、あったよね」なんて
懐かしくも思ったり。
本当、同窓会やってるみたいですね。
僕も1、2と両方プレイしましたが、
初めてのプレイのとき、
セーブの方法がわからなくて、
他にドラクエなんかも少しやっていたので、
街に出て、教会とか探しまわったのを
思い出しました。
わからないまま途方に暮れたころ、
パパから電話がかかってきて。
なんだかとても嬉しかったのを覚えてます。
親元を離れて、今年で10年になりますが、
うちの両親とも、
このMOTHERの世界と似たような距離感だな、
と感じました。
実家に戻ると、
僕の好きな「とりめし」を作ってくれる母親と、
あまり言葉は交わさないけれど、
やっぱり大きな存在の父親と。
もうすぐ結婚するんですけど、
そういう二人になるのが目標、かな。
(KANAKI)

2003-04-28-MON

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