胸から伝わるっ。
ピーチ・ジョンがふくらんでいく物語。

 
第9回 漠然とした上京。


糸井

ちょっと話題を変えて、
野口さんの個人史を聞きながら、
そもそも、どういう人が
ピーチ・ジョンを作ったのか、
を知りたいんだけど、いいでしょうか。

野口 はい。

そもそもは、19歳の時に上京したんですよ。
広告の仕事みたいなことをしたいと思って、
仙台から、東京に来たんですけど。
糸井 ほんとは、広告屋になるつもりだったの?
野口 と言うか、田舎者なので、
いろんなことが、わからなかったんです。

・・・あ、いま言ったこと、意味わかりますか?
つまり、広告の仕事と言っても、
何の仕事なのかもわからないくらいでした。
糸井 わかるよ。
放送局も広告も、
上京前の気持ちとしては、
同じなんだよね?
野口 そうなんです。

高校生の時から、
夜間は美術学校に通っていて
ずっと絵の勉強はしていたし
絵を描くのがすごく好きだったから、
「イラストレーターになろうかな」
みたいに、思ってたんですけどね。
「でも、スタイリストとかも、やってみたいし」
なんて。
糸井 「そんなようなところ」
なら、どこでもよかったんだね。
野口 そうそう。

わからないけど、
東京で、クリエイターみたいなことを
やりたいなあと思って、来たんですけど、
東京の中身も、よくわからない。

青山あたりにはブティックがあるけど、
出版というと神田だと言うし・・・。
広告業界のメインも、何もわからなかった。

だからまあ、アルバイトとかしてたんです。
デザイン事務所を友達に紹介されて、
そこに入ったんですよ。

リンダとは、そこで知りあいまして。
糸井 ただ絵が好きだというだけで、入ったの?
野口 美大を受けようと思ったんですけど、
浪人中に、東京、来ちゃったんですよ。

現役の時は、芸大を受けたんですけど、
ぜんぜんだめで。
糸井 へえ。
高校生の時は、どんな子だったの?
野口 授業中に先生の似顔絵ばっかり描いてましたね。
あのまま続けてたら、山藤章二さんとか、
南伸坊さんみたいになれるかもしれないぐらい、
絵ばっかり、描いていました。

こないだ、友達に見せられて
びっくりしたんだけど、卒業文集の時に、
クラス全員の似顔絵を、わたしが描いたみたいなの。
佐藤 確かに、絵、うまいですよ。
ほんとにうまいし、似てる絵を描くんです。
糸井 じゃあ、その時は、
「絵で食っていこうかな」
みたいなつもりだったんだ。
野口 でも、イナカモンって、
ほんとにそういうところ、わからないんだ。
専門的には、なれないんですよ。

例えば、医者になりたいと言っても、
脳外科に行きたいとか皮膚科だとか、
いろいろ分かれているじゃないですか。
でも、イナカモンだから、医者になりたい、
それだけなんです、わたしの場合は。

細かいことが、わからないんですよ。
だから、デザインの勉強をしたいと思っても、
かなり漠然としていて。
糸井 レストランで
「ワインちょうだい」
とだけ、言うようなもんね。
野口 そうそう。
絵を描くのが、ほんとに好きだったから、
それをやれればいいのかな、と思ったり。
「でもファッションも好きだしな」
「『アンアン』の編集部も入りたいな」
・・・わたし、漠然としすぎだ!
糸井 (笑)


(つづきます)

2001-09-14-FRI
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