相田さん、だいじょぶか?
「なんとかスタン方面」からの現場報告。

レポート#8
サマルカンドのナンはサマルカンドでしか作れない


10/29 つづき

彼のの名はウルマス・アルモソフ。
アフラシャブの丘の上であった羊飼いだ。
ウルマスと歩いていると、行き交う人から
「サラマリコン」と次々に声がかかる。
相手が若者だと、彼は「うん」とばかりにうなずくだけだ。
年上のヒゲ老人なんかだと
こちらから「サラマリコン」と挨拶する。

曲がりくねった道の白壁、時々茶壁には、
ぽつり、ぽつりと扉があり、
そのうちの一つの前でウルマスが立ち止まった。
扉をたたいて、声をかける。
するとなかから女性の声が答えて、
観音開きの扉が中に開かれた。
ウルマスと羊に続いて扉をくぐる。
その先は中庭になっている。
そこを囲むように左右に家屋が、
正面に作業場みたいな小屋が建っている。
羊は、扉からすぐ左手、
家屋との角に作られた小屋に入れられた。


ウルマスの奥さん

僕は居間に通される。
右手の建物、上がってすぐの部屋だ。
入り口で靴を脱ぎ、座布団の上にあぐらをかく。
居間にはおばあちゃんが一人座っていて、
やがて先ほど扉を開けてくれた奥さんが挨拶にやってきた。
いきなり珍客を夫が連れてきたというのに、
落ち着いている。にこやかである。
それから小さな子供達が覗きに来る。
すぐに若い娘さんがお茶を運んできた。
大家族である。

ウルマスは僕の隣にどっかりと腰をおろし、
お茶と、庭で取れたぶどうなどを勧めてくれる。
わずか数頭の羊で生計が成り立つはずも無いので、
「仕事は何をしてるんだい」と聞く。
すると、
「ナンだ。リピョーシカ(ロシア語)だ。」といいながら
両手で円盤を作るようなしぐさをする。
そして作ったナンはバザールへ持っていって売るという。
つまりは、ホームメイドのパンを
市場で売っていると言う訳だ。


ナンとぶどう

それを聞いてうれしくなった。
なぜならナンはサマルカンドの名物だからだ。
こんな逸話がある。

「あるときブハラのハーンがサマルカンドのナンを
 いたく気に入り、腕利きの職人をブハラに連れて来て
 作らせようとした。
 ところが出来上がったナンは
 普通のブハラのナンにすぎなかった。
 そこでハーンは、粉を取り寄せた。
 それでもやっぱり同じだった。
 次には水と塩も取り寄せた。
 それでもやっぱり駄目だったので、ハーンは頭に来て
 『次はサマルカンドの空気を運んで来い』と
 叫んだそうな。
 結局、サマルカンドのナンは
 サマルカンドでしか作れない、と
 最後はハーンもあきらめたとさ。」

いまでもタシケントやブハラの人間がサマルカンドに来ると
お土産にナンを買っていく。

夕食に出されたのはジャガイモや豆、羊肉の入ったスープと
もちろん、ナン。
円盤状のナンを手にとるとどっしりとした重さがある。
力を入れてちぎり、口に運ぶ。
うん。これがナンというものだ。
どっしり、しっとり、もちもち。
タシケントで出されたナンはどれも
ぺにゃぺにゃ、へにょへにょ、
資本主義的軟弱安逸食物であった。
僕は内心、「この国の食文化はどうなっちまったんだ。」と
がっかりしていたのだが、
それは早とちりだったらしい。
僕の記憶のナンがサマルカンドのものだったのだ。

夕食後にウルマスと、ナルディーというゲームをした。
さいころで駒を進めるボードゲームだ。
僕の好きなバックギャモンとボード自体は同じものだが、
ルールがまったく違う。
それでも以前は、チャイハナで子供相手に対戦し、
初めてだというのに2連勝したことがある。
こんども結構いい勝負ができるのにちがいない。
と思ったら大間違いで、想像よりも奥の深いゲームだ。
ウルマスは上手で、僕が一手指すごとに
「そこは良くない、こっちだ。」と直される。


ゲーム中

ゲームには、個性が出る。
ウルマスの性格も垣間見れた。
頭の回転が速く、物事がきちんと片付いていないと
気がすまない。
反面、ちょっとガンコ。
実直で正義感の強く家族思いのこのオヤジの家で、
僕のサマルカンド生活が始まった。

2001-11-20-TUE

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