相田さん、だいじょぶか?
「なんとかスタン方面」からの現場報告。

レポート#15
「この罪深い私がこうして道を歩いている。
 これがすでに奇跡である。」


11/4 つづき

さて、フルカツ君もブハラの道路には詳しくなくて、
何度も人に尋ねてはいたが、
30分ほど車を走らせて無事バハウディン廟に到着した。
このような施設は
盛大に礼拝が執り行われる金曜日が一番混むのだが、
土曜の今日も結構な人出があった。
巡礼なのか観光かトルコからの団体が
神妙にガイドの話を聞いており、
教官に引率されたウズベク陸軍学校の生徒達も来ていた。
当時は改装されたてで、
からっぽだった池には水がたたえられ、
植木も8年分育っている。
一番奥のモスクの前では、
1本の樹下に若いムフティが座っていて、
次々に訪れる巡礼者のために祈っている。
白いベールの女性達の一人は、
祈りが終わると感激のあまり涙ぐんだ。

中世には
『3回ブハラを訪れると、
 メッカに巡礼したほどのご利益がある。』
といわれていたそうだが、
宗教禁止のソ連崩壊後、人々はまたそれを信じている。
そしてブハラの栄光は
バハウディン・ナクシュバンディ教団の存在抜きでは
語れないのである。
帰りの車の中で、それほどバハウディンに思い入れのない
フルカツ君に聞いてみた。
「スーフィー(バハウディンはスーフィズムの
 教団創始者であった)ってどういうものだと
 思ってるの。」
「僕の考えではスーフィーとは、
 イスラムの修行にすべてを捧げる人達です。」
大雑把にいえばそのとおりだ。
バハウディンはもともと銀細工の職人で、一般信者には
仕事をしながら心を神に捧げることを奨励していたから、
彼のスーフィー観とは少し違う。
「こんな逸話を知っているかい?
 熱心な信者がやってきて言った。
 『バハウディン様、私はあなたを崇拝していおります。
  どうか、一度でよいですから
  奇跡を私に見せていただけませんでしょうか。』
 するとバハウディンは答えた。
 『この罪深い私がこうして道を歩いている。
  これがすでに奇跡である。』
 僕がバハウディンに好意をもったのは
 この話を聞いてからなんだ。」
「へエ、それは初めて聞きました。」
スーフィズム(イスラム神秘主義)は
禁欲的修行によって魂をキレイにし、
最後には神との合一を求めるというもので、
60年代のヒッピームーブメント・
フラワーチルドレン時代の西海岸では、
神との直接体験を求める若者達に
禅などと並んでよく読まれていたそうだ。

一度ホテルに戻って、シャワーを浴びてリラックスする。
3時頃にフルカツ君の友人から電話があった。
「ウズベク式ではなくて、
 ロシア式で結婚式を挙げるんですって。
 すいません僕も知らなかった。」
友人宅でフルカツ君の奥さんとも合流する。
公証人役場で婚姻の書類にサインをし、
7時に披露宴会場のレストランへ。
新郎ラモン君は、父がタジク人で母はロシア人、
おばあさんはウズべク人だ。
新婦の父はやはりタジクで、母はペルシャ(イラン)系。
このカップルは珍しくも恋愛結婚である。
父親を早くして亡くした新郎君は、大学卒業後
アメリカに渡り旅行関係の会社で働いてお金を貯め、
誰の力も借りずに旅行会社を興したナカナカ偉い奴だ。
このパーティーの費用も彼がすべて払っているという。
トラックの運転手だという新婦のお父さんは、
すごく嬉しそうに皆にお酒をついで回っている。
僕も久しぶりにお酒を飲んで酔っ払う。


役場で結婚届にサインする

2時間ほどで宴会は終わった。
フルカツ君たちはそのままサマルカンドに戻るという。
「僕も明日の朝にサマルカンドへ向かうって
 きいてたんですけどねえ、
 おかげで酒も飲めませんでしたよ。」
今日の披露宴は新婦の実家の為であり、明日の夕方には
サマルカンドでまた披露宴を開くのだそうだ。
送ってもらうのも悪いので、
一人タクシーでホテルに戻った。


フルカツ君と奥さん

ベッドでうたた寝してしまい、
時計を見ると11PMだった。
部屋を出て、ホテルのバーへとむかう。
酒が飲みたかったわけではなく、人を探す為だ。
相手は8年前にブハラへきたときに仲良くなった
イボットという男で、
以前はこのホテルでバーテンダーをしていた。
頭のいい奴だったし、他に新しいホテルが出来て
外国人旅行者の泊まらなくなったここで
働いているとは思えなかったが、
唯一の手がかりがこのホテルのバーなので、
知っている奴でもいないかと試してみる事にしたのだ。

一階ロビーの隅に地下へと続く螺旋階段がある。
以前と同じである。
階段を降りてみると、ムカシとはやはり違っていた。
照明がやたらに暗く、うらぶれた場末のバーといった
雰囲気になっていた。
広いフロアを横切り、カウンターに向かって歩く。
残念だがバーテンダーはやはり別人だ。
カウンターに座っている男に見覚えがあった。
隣に腰かける。
「ハイ。久しぶり。」
ずいぶん老けたなあ、イボットよ。俺を覚えているかい?

「えーと、もしかしてSカンパニーの、、」
「違う違う、一緒にカザフ族の結婚式に行っただろ。」
「そうか、君はトシだ。おお、久しぶりだなあ。」
「やっと思い出してくれたか、
 僕もまたここで会えるとは思わなかったよ。」
「このバーは僕が場所を借りて開いているんだ。
 まだ始めて一ヶ月なんだけどね。」
「そうか、今は君がここのオーナーなのか。」
「昼間は大学で英語を教えているんだ。」

もうすぐこのホテルは改装するらしく、
それまでの2、3ヶ月だけこの場所を借りたそうだ。
僕は絶妙のタイミングで現れたことになる。
時間を忘れ、午前2時の閉店まで話をした。

2001-12-09-SUN

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