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荒俣 |
それではさっそく
われわれ愛書家が愛してやまない本を
ご紹介してゆきましょう。
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── |
よろしくお願いいたします。
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荒俣 |
今回は洋書が中心となりますので、
文章部分は読めないから
退屈だと思われるかもしれません。
しかし、挿絵やデザインなど
ビシュアル面で楽しむことができるのです。
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── |
なるほど。
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荒俣 |
そこでまず
黄金期の挿絵本からまいりましょう。
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── |
挿絵本、ですか。
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荒俣 |
19世紀の終わりから20世紀初頭にかけ、
ヨーロッパでは
現在の商業印刷の大部分を占める
「オフセット」による
カラー印刷が普及しはじめました。
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── |
はい。
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荒俣 |
すると、われわれ愛書家の垂涎の的、
「豪華な挿絵の入った本」が
たくさん、つくられ出したのですね。
ようするに、その時代というのは
そうした「ビューティフル・ブック」が
百花繚乱した時代‥‥。
われわれ愛書家の、憧れの時代です。
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── |
なるほど。
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荒俣 |
でもまずは、そこから少しさかのぼって、
たとえば
この『美女と野獣』という作品から
ご覧にいれましょう。
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── |
これが、かの有名な
『Beauty and the Beast』‥‥。
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荒俣 |
オフセットが発明される少し前の本ですが、
これがまさに
「10冊に1冊出るか出ないか」の
大アタリ本。
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── |
出ましたか!
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荒俣 |
出ました。
エリナー・ヴェレ・ボイルという
女性のイラストレーターが挿絵を描いた、
まことに素晴らしい作品だったのです。
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── |
へぇーっ‥‥。
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荒俣 |
たとえば「野獣」が出てくる、このシーン。 |
※クリックすると拡大します。
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── |
あ、右上のセイウチみたいなのが野獣ですか?
‥‥なんだか、愛嬌のある顔ですね。
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荒俣 |
芸術家ジャン・コクトーが監督した
映画の『美女と野獣』では
ライオンのような獣が「野獣」でありました。
つまり、表現する人によって
野獣のイメージがぜんぜんちがうのが
おもしろいところです。
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── |
へぇーーーーえ‥‥。
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荒俣 |
これは、美女と野獣が食卓をともにする、
かの有名なシーン‥‥。 |
※クリックすると拡大します。
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── |
おおー‥‥。見入ってしまいます。
美しいタッチの絵のなかに
くろぐろと、何とも異様な見た目の野獣‥‥
目が離せなくなりますね。
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荒俣 |
この本は、1875年に出版されたもので
「木版のカラー刷り」という
たいへん興味深い手法で印刷されています。
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── |
ははーーっ‥‥。
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荒俣 |
かように、初期のカラー木版という手法は
たいへん美しいものでありましたが、
やがて20世紀になると
先ほど申し上げた「オフセット印刷」が
普及してまいります。
なかでも秀逸なのが‥‥たとえばこちら。
かのエドガー・アラン・ポオの
挿絵画家で有名な、
ハリー・クラークの挿絵であります。 |
※クリックすると拡大します。
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── |
‥‥なんかちょっと怖い感じですね。
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荒俣 |
異形の怪物を描いた1925年の『ファウスト』を
みずからの「最高傑作」と認める
ハリー・クラークですから、怖いかも知れませんね。
でも、絵をよーくごらんになってみてください。
タッチが非常に繊細で
たいへんに美しい色彩を持っていると思いませんか。 |
※クリックすると拡大します。
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── |
日本の現代的なアニメにも通じるような‥‥
何という名前の本なんですか?
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荒俣 |
これは『時は春』(The Year’s at the Spring)と
言いまして、
1920年代当時の「現代詩」を集めた詩集です。
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── |
詩集なんですか、これ。
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荒俣 |
ポオ作品集を見るとわかるのですが
ときに、その作風を「病的」とさえ形容される
ハリー・クラークが
もっとも野心あふれるイメージを注いだ
幻想的なカラー挿絵が12枚と
ほかにモノクロの挿絵も入っております。 |
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── |
愛書家のみなさんは
日々、こうした本を愛でてらっしゃると。
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荒俣 |
本のデザイン、装丁、活字の組みかた、
余白の取りかた、
あるいは挿絵の出来ぐあいや印刷方法‥‥。
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── |
そのようなポイントを。
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荒俣 |
堪能しております。
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── |
無粋なことで申しわけないのですが、
ぶっちゃけ、
お値段のほうはいかほどなのですか。
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荒俣 |
たまたま安く見つけられる場合もあるし、
いま紹介したエリナー・ボイルや
ハリー・クラークのように
1980年代に再発掘されて名が知れ渡ると
一気に高騰する作家もおりますね。
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雄松堂 |
ちなみに『美女と野獣』は40万円、
『時は春』は6万8250円というお値段が
ついております。
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── |
あ、つまり、ここ雄松堂さんでは
アラマタ先生のお預けになったコレクションを
購入することができるんですね。
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荒俣 |
ヨーロッパでは愛書家の長い伝統があって
彼らは自らのコレクションを
こうして並べては、喜んでいたわけです。
逆に言うと、こういった本は
主に愛書家向けに出版されていたのですね。
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── |
愛書家「向け」なんですか。
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荒俣 |
「向け」です、ほとんどは。
ただし、後から説明いたしますけれど、
愛書家をやるには
それはもう、莫大なお金がかかるのです。
そして、そういった愛書家たちは
第一次世界大戦によってほぼ絶滅しました。
と同時に、
こうした愛書家向けの本を作る技術も
買い手がいなくなり、衰退してゆくのです。
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── |
なるほど‥‥なるほど。
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荒俣 |
結果、第一次大戦以降、愛書家向けの本は
ほとんど、つくられなくなる‥‥。
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── |
ははぁ。
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荒俣 |
ですから、基本的に古い本なのであります。
われわれ愛書家が好むのは。
なぜなら、つい愛でてしまいたくなるような
ビューティフル・ブック、
力(リキ)の入った本といいますものは、
もはや生まれないのですから‥‥。
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── |
現代でも、つくれらていないんですか。
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荒俣 |
残念ながら、ございませんね。
往時の日本では、
竹久夢二や岸田劉生といった才人が
盛んに本の装丁をやっていました。
また、泉鏡花が好んだ
小村雪岱という画家・装丁家がいるんですが、
その小村や竹久や岸田、
そういった人物たちがデザインした本などは
現代の若い人が見ても
「すごい!」と思うでしょうね。
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── |
そうなんですか‥‥。
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荒俣 |
それにくらべますと、
昨今の「豪華10万円の本」だなどというのは、
ただ高級な素材を使うばかりのお話‥‥。
その点、昔は、活字ひとつとっても「活版」です。
ひと文字ひと文字、
銅の活字をつくって押していたわけです。
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『美女と野獣』の活字。
※クリックすると拡大します。
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── |
ええ、おそろしいことですよね。
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荒俣 |
1冊の本、それも極少部数つくるためだけに、
専用の文字を、デザインしていたのです。
今は、ご存知のように「フォント」といって
出来合いの文字のなかから‥‥ああっ!
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── |
先生、いかがなされました!?
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荒俣 |
活字ですよ! 活字が出てまいりました!
さすがは雄松堂さんだ‥‥。 |
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── |
わわ、本物ですか?
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荒俣 |
これは‥‥19世紀の‥‥中国の活字‥‥。
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※クリックすると拡大します。
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── |
うわーっ‥‥すごい重たいです。
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荒俣 |
いいですか、東洋では
このような活字をつかって、本をたくさん印刷して
ひと儲けしてやろうだなんて、考えていない‥‥。
皇帝のために1冊だけ刷って終わり、
というケースだってあるんだ!
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── |
そ、そうなんですか。
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荒俣 |
教科書で読む「書物の歴史」によれば、
グーテンベルクが
このような活字を金属でつくって
バンバン刷ったために
本がたくさん出版されるようになったと、
そのようにお思いでしょうけども!
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── |
は、はい。すみません。
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荒俣 |
東洋じゃあ、グーテンベルクに先んじること
何百年も前に、
こういったものを、つくっていたわけです!
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── |
‥‥すごいことです。
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荒俣 |
つまり、グーテンベルクの活版印刷術とは
その思想・用途が、
まったくもって異なった代物‥‥。
これは、すごい。すごいものです、これは。
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── |
アラマタ先生‥‥。
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<つづきます> |