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From: 渡辺 謙 |
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To: 糸井 重里 |
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Subject: <件名なし> |
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今、硫黄島の戦争を映画にしています。
詳しいことは書けませんが、軍服を着て太平洋を眺めていると
遥か遠くにある日本が愛しくてなりません・・・。
愛国心が強くある方でもなかったのですが、
遠くから日本を見るようになって、ますます日本の素敵なところ
少しがっかりするところと、色々見えてくるようになりました。
思い込みかもしれませんが、
日本が変わっているわけではなく
僕たちが日本をどうしたいのか、
どう考えているかが変わっているんですよね・・・。
とまあ、書き出しはいきなり
226の青年将校のような文体で始まってしまいました。
俳優の思い込みって奴は厄介で、
もう別人格に入り込んでしまっています。
そんなこんなで、これからのメールを正常で、
以前の様に書けるかは全く自信がありません。
戻りましょう、「記憶」の話に・・・。
僕はこの作品に
エグゼプティブ・プロデューサーという立場でも参加しました。
言いだしっぺということでもありましたし・・・。
でも、僕がその肩書きで、ちょっと自慢できる仕事だったのは
堤さんを監督にお願いしたのと、
ラストシーンを新緑に設定したことです。
原作の設定では紅葉の夕暮れでした。
最初はそれもありかなと思ったのですが、
何か違うと思ったのです。
寂しすぎる、そう思ったのです。
小説でイメージする紅葉と、
実際の画に写った紅葉の夕暮れは少し違う気がしました。
仕事をやめざるを得なくなり、家庭に居続けるようになる。
家事もままならなくなり、どんどん自分の居場所が狭まって、
ついには無くなってしまう。
そんな中飛び出した、外界は新緑に包まれ、
強い日差しを浴び、そして生きることに
執着する老人に会う。彼もまた記憶を失いかけている・・・。
その自然から一つ一つ力を貰っていく。
老人の行動や言葉の一つ一つに生きることの単純さが
込められている。そんなラストでした。
最後までは語れませんが、
そういう厳しくも再生していく瞬間を紡いでいくのは
人間の力では及びません。
すべてのエネルギーをかき集めたエキスが
フィルムに写るんだと思います。
不思議なことに、私もスタッフも、
家のセットが終わってこれからロケという時はどん底でした。
(言いそびれました、
この映画は、ほぼ順撮りでやってました。)
それが、新緑のロケに出ていくと、生き返るのです。
佐伯だけでなく、監督も、スタッフも。不思議でしょう?
単純にそういう力があるんです。
景色という目に映るだけのこと
(勿論心象というものはありますが)
ではなく、体全体でその場所にある、
「生きる力」を感じるんです。
こっそり笑顔も戻ってくるんです。
これも詳しくは書けないんですが、
大ラスでとても大きなシーンがありました。
可南ちゃんはとても難しいシーンでしたので
その気持にどう入ろうか悩み、そして集中していました。
スタッフも固唾を呑んで見守っていました。
そう、みなの気持が一つになるところです。
しかし、僕はその輪に入れませんでした。
大事なシーンだと、思っちゃいけなかったからです。
何も気にせず、何も考えず、
普通にしていなくてはなりませんでした。
今までも、数々エモーショナルなシーンは参加してきました。
しかし、一人だけ仲間はずれというのは
経験したことがありませんでした。
仲間はずれというよりは、
その感情に僕自身すぐ引っ張られそうで、踏ん張っていました。
でも、踏ん張ってもいけないのです。
踏ん張った緊張もあっちゃいけないんです。
何をしたか・・・?
木を見ました。そこにある葉っぱを見ました。
木漏れ日を、流れる風を見ました。
地面にある折れた枝を見ました。
「僕はここにいるよ・・・」ってつぶやきながら。
僕の座った「ベンチ」の横には景色がいてくれたのです。
そんな風に景色と隣り合わせになったことはありませんでした。
そんな風に景色と寄り添ったこともありませんでした。
そんな風に撮ったラストシーンでした。
これもまた、俳優の勝手な思い込みですので、
「お前、ちょっとおかしいよ!」と
言われても、返す言葉もありません。
明日は夜の撮影なので、窓という窓に目張りを打って、
陽が差さないようにしました。
昼間まで寝れるよう、夜更かしをしています。
久しぶりに、(と言っても4日ぶりですけど)
僕の体の中にまだ佐伯がいるんだなって
ここまで書いて思いました。
こちらは土日が休みです。精神衛生上はとてもいいですね。
一日しか休みがないと、冷静になれないのです。
とにかく休養を取るか、翌週の準備をするかのどちらかしかなく、
自分に戻る時間がなくなってしまうのです。
本当に雑記帳の様になってしまいました。
今朝も5時おきだったので、
もう、まぶたが「許してくれー」と叫んでます。
眠ることにしてやりましょう・・・。ではまた。
渡辺 謙 |
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