阿曽山大噴火さんと 裁判に行こう!
公判1 新件 占有離脱物横領 路上カバン持ち去り事件 1
 
 
フランクで人情家。50歳くらい。
眼鏡、白髪、ぽっちゃりした体格。
岩松了さん似。
脱線したツッコミも得意。
 
2人いるが、
裁判中に話すのは、
おもに1人。
30台前半くらいで、
声が高くハキハキと
叫ぶように話す。
林家いっ平タイプ。
身長は低め。
眼鏡で長身。
ややクールで
淡々としているが、
口調はやわらかい。
時折、
被告を責めるような
質問もする。
50代後半、男性。職業なし。
U駅周辺で路上のカバンを持ち去った疑い。
前科8犯。
8犯のうち6犯が電車内の寝ている人からのスリ。
今回は、被告初の路上事件。なお、被害者は
カバンをまくらにして路上で睡眠をとり、
その後7メートル先の地下鉄の階段入口に移動、
ふたたび眠っていた。
被告人は、道路にあったカバンを
置き引きした疑いで法廷に立ち、
罪を認めています。
これまでの尋問を通じ、争点は
・たまたま通りかかったところにカバンがあったのか?
・もともとスリを狙って出かけたのではないか?
に絞られそうな気配がありました。

しかし、執拗に解明すべきことでもないのか、
結論は、その場では
明確に示されませんでした。

それよりも、
大切なことがあったからかもしれません。

罪を裁く、その判断は
被害の大小だけではなく、
被告人の状況に踏み込み
原因に近づけるところまで近づいて
下さなくてはなりません。
そのことが、今回の裁判官によって
傍聴初心者の我々に示されることになりました。

 
執行猶予がつく場合もありますから、
罪を犯していても
その人は、
すぐに社会に出る可能性があります。
被告人に何かを伝えることができるのは、
刑が確定したときが
最後になるかもしれないんですよ。

 

 

 

それもあって、罪の根本にあるものに、
裁判は触れておこうとするんですね。
今回は、
・被告人が無職である
について、
裁判官による尋問がはじまりますよ。
 
ビジネスホテルの清掃で
2か月働いたって言っていたけど、
働き続けようと思わなかった?
 
 
 
 
いや‥‥ギャンブルで食べていけるから。  
 
   
 
競輪、おもしろいでしょうね。
 
 
   
 
(うなずく)  
 
   
 
でも、ギャンプルだけでずっと
生活することのできる人は
いないと思うんだけどな。
‥‥パチプロってのはいるみたいだけど。
 
 
   
 
裁判官、妙なところで厳密になってますね。

 

 

 
   
 
いや、生活はできます。  
 
   
 
しかし、ギャンブルで
家を建てた人っていうのは
いないんじゃないですか?
 
 
   
 
家はむずかしいけど‥‥。  
 
   
 
ねぇ?
 
 
   
 
でも、食べるくらいならできますよ。  
 
   
 
‥‥あなたは、
ギャンブルで生活している人を
死ぬまで見届けたことがあるんですか?
 
 
   

「それ最後まで見てたのか!」
裁判官の意外な食い下がりに、
傍聴席は息をのみます。
   
 
お客さんに、サービスで
とらせてくれるレースがあるんですよ。
 
 
   

 

‥‥
とらせてくれるレース?

   
   
 
そうなんですか?
 
 
   
 
ええ、だから、
あの、やってけるんです。
 
 
   
 
とれるレースが
わかるんですか。
 
 
   
 
ええ。  
 
 
 
あなた、そういう情報を
にぎってたんですか?
 
 
   
   
 
いや、そういうのは、
やってりゃあ‥‥
 
 
   

 
いかにギャンブルで生計を立てられるかを
法廷でアドバイスめいて言う
被告人も被告人ですけれども、
そこに食らいつく裁判官も裁判官ですよね。
事件に直接関係がないし!
でもね、これは、よかったです。

 

 

 
   

たしかに「そこ知ってどうする?」的な
問答でした。
しかし、これを聞いていた
傍聴席の我々の心は少々ふるえました。
どうにか犯罪をなくしたいという
裁判官の気迫のようなものが
伝わってくるからです。
地裁で、黒い法衣をまとい、
目の前にいる、
ウォークマンほか6点の入った、
置き忘れられたカバンを持ち去ろうとした被告人を前に、
あの裁判官はまるで子どものようになって
食い下がったのです。

裁判官が法廷でこんなにも
話すものだと思っていませんでした。

   
 
では、論告です。  
 
   
 
大胆で、窃盗に近い犯罪です。
被告はこれまで
スリや置き引きをくり返しており、
常習で、悪質な犯行です。
法を守ろうとする意識が低く、
再犯の確率も高いと思われます。
よって、懲役1年を求刑します。
 
 
   

ああ、すごかったです。
ここで公判第1回は終わり‥‥
と思ったら、
続きがありました。
   
 
判決ですが、
今日でもいいですけど‥‥、
今でもいいですか?
 
 
   
 
あ、今日でいいです。  
 
   

‥‥?? 判決って、それ用に
日を設けるものなのではないのですか?
こんなこと、ありですか?
   
 
ありです。
時間が少し余っていたこともあるのか、
判決まで行っちゃいましたねぇ。

 

 

 
   
 
主文、
懲役10か月。

被害に遭ったのは、
置き忘れたカバンであったこと、
そこには現金も入っておらず、
すぐに持ち主の手に戻りました。
早朝の駅周辺は、
酔った人がたくさん寝ていて、
犯罪が起こりやすい場所でもあります。
しかし、起こりやすいからといって
罪を犯したことを軽くみることはできない。

被告人は、このところ、
懲役3年を3回続けています。
あなたの年齢からすると、
もういちど刑務所に入ると、
出てこられないかもしれない。

法を守り、
きちんとした余生を送ってください。

 
 
   

この言葉で、この事件の
すべての公判は終了しました。
被告人が、裁判官の言葉をどう受け止めたのかは
後ろ姿からは、わかりませんでした。
阿曽山さんのおもしろ感想を
動画でごらんくださいね。
   
   

はじめての傍聴を経て、
「裁判は形式的なものだ」と
思い込んでいた我々は、
とにかく驚いていました。
   
 
はじめてで、判決まで行きましたから、
裁判の全体がわかってよかったですね。
この事件で、俺がいちばん興味深かったのは、
警察が一部始終をすべて見ていて、
現行犯逮捕だったってところですよ。
 
 
   

裁判官の
「次はもう出て来られないよ」という言葉が
重いです。
   
 
犯罪せずに生活するのが、
ちょっと‥‥ううーん、むずかしいのかな!
職に就く気持ちは、
まだないかんじでしたね。
 
 
   

もう昔のスリ仲間には
会わないでほしいですね。
   
 
そうですね。
この人は、来年の9月くらいには、
出てきます。
 
 
   

しかし‥‥いま、自分たちで驚いているのですが。
   
 
うん、うん。  
 
   

この一件で、たぶん、
一晩は話せますね。
   
 
ね! 話せるでしょ?
いろいろ考えちゃいますね。
 
 
   

このまま話し続けたい気持ちをおさえ、
もやもやもやと考えつつ、
明日は、ふたつめの事件に移ります。
そうです。
この連載の1回めで言っていた、
仮名の被告人が登場します。
検察官が
「あんたが誰だか、わかんないんだよ」と言う、
すごいドラマが、待っていました。

 
2007-01-17-WED