HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN いまの時代のナポレオン。厚切りジェイソン(ジェイソン・ダニエルソン) × 糸井重里
2 とにかく出世がしたかった。
糸井:
アメリカにいたときは、コメディなどの道を
目指したりはしてなかったんですか?
ジェイソン:
特にしてなかったですね。
アメリカで社会に出たばかりのとき、
ぼくは「とにかく出世したかった」んです。
どうやったら早く出世できるかばかり考えていて、
仕事だけを頑張っていました。
糸井:
そうなんですか、出世。
ジェイソン:
はい。しかもそう思って頑張ってたら、
どんどん出世できちゃったんです。
もともと自分でいろいろと
仕事の目標を設定していたのですが、
そのすべてを超短期間で実現できてしまいました。
24歳で日本法人の支社長になりまして。
糸井:
それっておそらく、他の人が一所懸命やらない
「一所懸命やれば実はできること」を
あなたはやって、できちゃったんですね。
ジェイソン:
そうですね、できちゃいましたね。
ただ、そうやって出世したはいいけれど、
なにかが足りなかったんです。
それで芸人の養成講座に通いはじめました。
糸井:
余裕ができた?
ジェイソン:
余裕というよりも、
「ずっとこのまま頑張ることもできるけど、
この生活を続けても、
自分はいつになったら満足できるんだろう」
と思いはじめました。
糸井:
ちょっとつまんなくなった?(笑)
ジェイソン:
正直そうですね(笑)。
これ以上出世しようがなかったし。
会社がもっと大きくなっても、
この先、やることはあまり変わらない。
「じゃあ次はどうしよう?
‥‥もっと違うことや大きいことをしたい!」
そんな思いがふくらんでいったんです。
糸井:
日本の若者だと、いちど日本でうまくいっても
「次はアメリカへ!」と考えたりしますよね。
ジェイソンさんの場合は、
そういう方向ではなく、お笑いに行ったんですね。
ジェイソン:
実はそちらもやっているんです。
ぼくはその後、いまの会社に転職しました。
いまの会社は日本ではわりと知られてるけど、
アメリカだとまだまだ有名じゃない。
それでぼくは、いまの会社を
「アメリカや日本以外の他の国で成功させる」
という役割で入ったんです。
糸井:
つまり、日本人の若者のようなことを
アメリカ人がやってるんだ。
ジェイソン:
そうなんです。
糸井:
あの、ジェイソンさんもそうだけど、
アメリカの子たちって普通に
「成功したい」とか「出世したい」とか
思ってますよね。
ジェイソン:
そうですね。
新卒で入ったアメリカの会社では、
それぞれがバチバチと牽制しあってて、
みんなが常に
「最初に誰が出世するか」を気にしてました。
糸井:
その状態って、油断できないんじゃない?
ジェイソン:
はい、できないです。
糸井:
それに比べて日本ってきっと、
ものすごく油断できますよね。
ジェイソン:
日本の新卒って不思議なんです。
みんな、大学で4年間も勉強してきてるのに、
びっくりするほど関係ないことばかりやってる。
お茶を出したり、コーヒーを入れたり、
電話を取ったり。
糸井:
きっと、見ててじれったいですよね。
ジェイソン:
「これは自分にはやってられないな」と思いました。
何をやってるんですか。
すごいもったいない時間じゃないですか?
糸井:
そこには、それぞれへの「何したいの?」とか
「どうなりたいの?」がないから。
ジェイソン:
そうなんです。
そして日本だと勤める側も、
「こんな仕事をしたい」じゃなくて
「この会社に勤めたい」という発想で就職する。
これが、すごく不思議で。 
糸井:
そうだよね。
ジェイソン:
アメリカだとふつう
「こんな仕事がやりたい」と会社に入ります。
たとえばプログラマーになりたくて、
コンピューター・サイエンスを勉強し、
会社に入ったらすぐプログラミングをやる、とか。
でも、日本はそうではなくて
「富士通とかNTTで働きたいです」と就職活動をする。
だけどそうやって入って、何をするんだろう。
「社名だけあればうれしいです」みたいな話でしょ?
糸井:
すっごい不思議だったでしょ。
ジェイソン:
いまでも不思議ですね。
「この会社に入れればそれでいいです。
 自分がやることはなんでもいいです」
って、
‥‥ええーっ!
それ、うれしいのか!?

糸井:
いま、ちょっと芸人モードになった(笑)。
ジェイソン:
すみません。いや、とくにモードはないですよ。
会社で真面目な話をしててもこの感じで、
みんなを困らせてます。
糸井:
いま、とてもよくわかりました。
素直に言ってるなと思ったから。
だけどアメリカの
「常にみんなが競争してる状態」も、
それはそれで辛くはないの? 
ジェイソン:
そこはたぶん、「仕事ができる人」は辛くない。
糸井:
そうか、あなたはできたほうだから。
ジェイソン:
そうですね。
糸井:
じゃあ日本に来たら
「ライバルがいない」って思った?
ジェイソン:
ライバルというより、
「他の人にそういう欲がないなら、
ぼくがいただきます」
みたいな感じでした。
糸井:
オオカミだ(笑)。
「みんなヒツジか、俺はオオカミだ」。
ジェイソン:
たぶんそんな感じ(笑)。
最初はそうでしたね。
糸井:
だけど日本のヒツジたちって、
オオカミを敵視しなかったんじゃない?
意外と友達になったりしなかった?
ジェイソン:
うーん、言い方が難しいんですけど、
「この人は強く言うから、従っとこうかな」
みたいな。わかりますか?
糸井:
わかります。
その場に強く言う人がいたら
「まずは合わせてみるか」という
判断をしがちなんだよね。
ジェイソン:
そうなんです。
日本ではほとんどの人が
「様子を見る」「空気を読む」「顔色を伺う」。
この言い方も不思議ですけど。
みんな、周りの行動を見たあとで自分の行動を決める。
もちろん日本にも自分から前に出る人はいますけど、
珍しいんですよね。
糸井:
ジェイソンさん自身は
どちらが居心地がいいですか?
ジェイソン:
それはもう、前に出るほうがいいです。
ぼくは物事を自分からやりたいので。
糸井:
そういう文化が好きなのに、
日本にいるのはどうして?
ジェイソン:
なんですかね、嫁も日本人ですし。
糸井:
あ、嫁は日本人なんだ。
ジェイソン:
そうなんです。
あと日本は住みやすいし、
いいところがいっぱいありますから。
糸井:
仕事以外のことでは、案外よかったんだ。
ジェイソン:
そうですね。
あと仕事でも、せっかく日本語ができるし、
それが役立つ場所で働こうと思ったのはあります。
そのほうが目立てて、出世しやすいだろうと。
糸井:
芸人にもなれちゃったし。
ジェイソン:
まぁ、芸人になったのは関係ないですけど(笑)。
そして出世についても、もういいやと思っていますね。
糸井:
いま、楽しいんでしょうね。
ジェイソン:
楽しい。単純に楽しいですよ。それだけですね。
糸井:
ウケてるもんね。
ジェイソン:
(ヒソヒソ声で)たまにね!
糸井:
ウケないときもある?
ジェイソン:
ウケないときも、ええと‥‥
頑張ってますよね。まぁ、頑張っています。
一同:
(笑)
<つづきます>
2016-03-02-WED