PHILADELPHIA
湖上のハスラーたち。

第2回
「バスフィッシングで人と競い合う、ということ」


どーも、アマガイです。
今回は私が追いかけている
バスフィッシングトーナメントというものについて
少し話をしたいと思います。

まず、「バスフィッシング」ですが、
これはこの前も軽く触れたようにバス(bass)という
淡水魚を専門にねらう釣りのことです。
そして「トーナメント」。
これはゴルフやテニスなどと同じですね。
つまり、競技。試合です。

で、バスフィッシングでどのようにして競技するのか
っていうと、釣り上げたバスの大きさや数で競い合う。
より大きなバスを数多く釣った人が勝ちという
シンプルなルールです。

といっても、無制限に数を釣ってくるというのも何なんで、
たいていは数に制限(リミット)をつけます。
1人1日5尾までとか、7尾までとかいうように、
リミットを決めておいて、そのリミット内で
最も重量(ウエイト)が重かった人が勝ちになるわけです。

たとえば、リミットが5尾の場合、
1,000gのバスを5尾釣ってきた人と
900gのバスを5尾釣ってきた人がいたら、
前者は合計5,000g、後者は合計4,500gですから、
前者の勝ち。

でも、競う基準はあくまでもウエイトにありますから、
1,200gのバスを4尾釣ってきた人と
900gを5尾釣ってきた人がいた場合には、
後者(4,500g)よりも前者(4,800g)のほうが
ウエイトとしては重いですから、
前者の勝ちになるわけです。
これを何10人から、時には何100人で行なう。
それがバスフィッシングトーナメントです。

もちろん、釣る時間や場所についてもルールがあります。
時間はたとえば朝6時から午後2時まで、
これを3日間に渡って行なう、とかですね。
要は、この決められた時間内に他の人より
重いウエイトを釣ってくればいいわけです。

もちろん、時間が決まっている以上、
それを破った時のペナルティーもあります。
たとえば、帰りの時間が午後3時と決められているのに、
帰ってくるのが3時2分になってしまったとします。
私が追いかけているアメリカのトーナメントでは
この場合1分につき1Lbのウエイトを引かれてしまう
という厳しいペナルティーが課せられます。
( Lb →ポンド。1ポンドは約450グラム)

同じように、釣っていい場所についてもルールがあって、
禁止区域内で釣りをした時には、失格になるのが普通です。
ただし、この場所という概念には日本とアメリカで
ずいぶん違いを感じますね。

日本であれば、最も大きな湖といっても琵琶湖ですから
行ける場所にも限りがあるわけです。
たとえば琵琶湖大橋のあたりからボートを出したとして、
最も遠くまで行っても北湖の奥琵琶湖。
これでも距離は50kmに満たないですから、
風のない湖面の穏やかな日であれば、
時速70マイル(112km)でボートを巡航させると、
30分もかからずに着いてしまうわけです。


時速120kmのボート上で撮った自写像(笑)。
笑ってるように見えますが、これは笑ってるのではなく、
あまりの風圧で頬がひきつってしまった結果なのです。
雨が当たって痛くて、笑うどころではなかったんですが、
この顔
 

ところが、アメリカの湖はとにかく大きい。
湖そのものの面積が琵琶湖の1.5倍というのも
ざらなんですが、
すごいのは、開催地として指定されている湖に
流れ込んでいる川や水路を通って、
まったく別の湖まで行けてしまえるってところです。
「そこはダメ」と特に禁止されていなければ、
途中でガソリンを給油して
片道3時間を移動に費やしてもいいんです。

競技時間が9時間あったとして、移動だけで往復6時間。
それを引いたら釣りをできるのは3時間しか
残らないわけですが、それでも行く価値がある、
つまり、往復に6時間をかけてでも
他より重いウエイトが狙えるのであれば、
それも可なんですね。
要は選手の戦略なんです。それも。

結局、アメリカは本当に広いってことです。
この広さの感覚っていうのは、もしかすると、
行ったことがないと実感がわかないものなのかも。
最近、ボクの知り合いで
初めてアメリカ旅行に行った人がいて、
ネバダ州のレイク・ミードという湖へ行ったんですが、
「大きいとは思ってたけど、
あんなに大きいとは思ってなかった」と
鼻息を荒くしてましたから。

ボクが追いかけているトーナメントシリーズの
シーズン初戦がこの8月末に行なわれたんですが、
その湖も本当に大きかった。
ちょうどアメリカのミシガン州とカナダとの国境にある
レイク・セント・クレアって湖なんですが、
国境に位置しているだけに、ここで釣りをするためには、
ミシガン州とカナダ、両方の
フィッシングライセンス(釣り許可証)が必要でした。
(インディアン居留区にも面しているので、
 この他に彼らが発行するライセンスも必要でした)。

大きいって言っても、南北で約26マイル(約42km)、
東西約25マイル(約40km)ほどですから、
この湖だけではそれほど大きくはない。
面積はちょうど琵琶湖くらいでしょう。

ところが、このセント・クレアは北でヒューロン湖、
南でエリー湖とつながってるんです。
いわゆる五大湖と呼ばれる海のような巨大な水域と
「水続き」なわけです。

で、トーナメントルールでは、
セント・クレアに接続している川や水路はもちろん、
その先にあるヒューロン湖やエリー湖へ行っても
OKだったんです。
だから、開催地はレイク・セント・クレアといっても、
実際はとんでもなく広い。


時速120kmのボート上から撮ったデトロイトの街。
エリー湖へはデトロイトのダウンタウンを横目にみながら、
デトロイトリバーを約30分走り抜ける


稚内から鹿児島までの距離が
だいたいシアトルからサンディエゴと同じなんです。
日本列島はワシントン州とカリフォルニア州を
足したくらいの大きさなんですね。
そう思ってアメリカ地図を見てもらうと、
ヒューロン湖やエリー湖がいかに大きいかが
把握しやすいと思います。

第1回の原稿のなかで、
「湖という器の規模が
場所探しから始めるにはちょうどいい」と書きましたが、
ヒューロン湖やエリー湖を合わせた
今回のトーナメントウォーターは例外ですね。
ちょうどいいどころか、あまりにも広すぎて
全体像をとらえるのさえ難しい。
ひととおりのエリアをチェックしようと思ったら、
1年あっても足りないかも。

だから、「オレはエリー湖で勝負するゼ!」とか、
「オレはあえてセント・クレアだ」みたいに
大きくエリアを分割した上で
場所探しを始めるという選手がほとんどだったようです。



ああ、なんだか話がまた脱線してしまった。
えーと、何の話でしたっけ?
そうそう、トーナメントとは何か? でしたよね。
それでは、私が追いかけている
アメリカのトーナメントについて
もうすこし詳しく紹介しましょう。

そのトーナメントは、
「B.A.S.S.トップ150トーナメント」
っていうものなんですが、
(「150」は「ワン・フィフティ」と読んでくださいね)
アメリカでもっとも権威があって、もっともレベルの高い
バスフィッシングトーナメントなんです。

テニスでいえばウインブルドン、
モータースポーツでいえばF1ってところでしょうか。
とにかくバス釣りしてる人なら
誰でも知ってるってくらいの試合。

これに出場できるのは、下のレベルのトーナメントから
勝ち上がってきた約150名だけ。
(トップ150というのは、
 トップレベルの150名って意味です)
3日間の予選で上位10名に絞り込んで、
4日目の決勝はその10名だけで
競い合うというスタイルです。

これを1シーズン(8月から翌年の7月まで)に
7試合行なって、それぞれの優勝者を決めると同時に、
7試合を総合して、そのシーズン最もよい成績だった選手に
「アングラー・オブ・ザ・イヤー」
という栄誉が贈られます。

面白いのは、各試合の優勝賞金は
10万ドルから12万5千ドル
(10万ドルは、1ドル100円換算で
 1千万円、大金ですね)なんですが、
アングラー・オブ・ザ・イヤーはその名誉だけで
賞金は出ないんです。
野球でいうところの年間最優秀選手、
F1でいうところのワールドチャンピオンと
同じだと思います。賞金より何より、
その名誉こそが大切っていうやつですね。

といっても、アングラー・オブ・ザ・イヤーをとれば、
その選手はスポンサーと条件のいい契約を結ぶことが
できますから契約金だけでも相当な額になります。
トッププロになると、契約金だけで
軽く1千万円を超えてしまうようです。
賞金はプラスアルファということです。

こういう景気のいい話をすると、
いったいどのような人々が出場しているのかって
気になりますよね。
少なくとも1試合に1人は必ず10万ドルを
手中にするわけですし、単純な確率でいえば、
150分の1ですから。

「ずいぶんオイシー世界じゃないの」
なんて思われるかもしれない。
だけど、実際は「オイシー」どころか、
かなり「マズイ」です。
っていうか、割に合わない世界だな、と。
見ていて、そう思います。正直言って。
ホントに厳しい世界っすよ。

トップ150トーナメントの場合、出場している選手の
大部分はフルタイムのプロアングラーです。
若干名、お金持ちのリタイヤ組が
「好きだからね、バス釣りが」ってノリで参加してますが、
それは例外といっていいでしょう。
といっても、彼らにしたところで、
それなりの実力がなければ、トップ150の参戦権は
得られないわけですから、釣りの腕は
そのへんの釣り人とは比較になりませんが……。

とにかく、トップ150トーナメントに参戦するだけでも、
プラクティスと呼ばれる練習日や移動日を含めれば、
1年のうち少なくとも約150日は
時間をとられてしまうわけで、他に仕事をしながら
片手間で参加できる世界ではないんですね。

まず最初に参戦権を獲得することはもちろん必要ですが、
参戦権を得たからといって、
すぐトップ150に出られるわけではない。
シーズン(8月から翌年の7月)に
計7戦行なわれる試合にフル出場するためには、
それを可能にする態勢づくりを
していかなければならないわけです。
分かりますよね。
つまり、それまで続けていた仕事を辞めるなり、
あるいは、家を売り払って資金をつくるなり、
時間と金の両方を自分で用意しなければならない。

結果の出ていない最初のシーズン(ルーキーイヤー)から
複数のスポンサーと契約を結んで
十分な契約金をもって参戦できる人なんてほとんどいない。
だから、皆、最初はトップ150に参戦すること自体が
自分の人生を賭けた大博打なんですよ。

何に賭けているかっていうと、自分自身の可能性ですよね。
「オレなら絶対に勝てるはずだ!」っていう
何の保証もない自信だけを信じて挑んでいる。
そして、そのうちの何名かが賭けに勝ち、
何名かが負けていく。
負けた人はそれこそ、すべてを失って去っていくわけです。
お金だけじゃなくて、自信や夢までも……。

今、その賭けに勝ち続けている
トッププロと呼ばれる人たちでさえ、
最初は必ずそういうツライ時期を通ってきているんです。
だからだと思うんですが、参戦している150名は
お互いライバル同士であるにもかかわらず、
どこか深い部分で強い連帯感で
結ばれているような気がします。
それは世代や人種の壁なんかを超越した強い連帯感です。
「オレたちはトップ150をともに戦っている仲間なんだ」。
きっと、皆そう思っているのでしょう。

それと、バスフィッシングトーナメントの本質は
結局のところ、人対自然にあるというのも
関係しているかもしれない。
ボクシングやテニスのように人対人で
直接戦うわけではなくて、
アングラーが戦っているのは自然なんです。
いや、「戦っている」というよりは
「読み解いている」と言ったほうがピッタリくる。
だから、皆、「オレたちに敵なんかいない」って思ってる。

そういう意味では、
少しゴルフに似ているのかなとも思いますね。
ゴルフもやっぱり、人どうしで競い合ってはいるんだけど、
戦っているのはやはり自然(コースや風など)ですよね。
自然を他の誰よりもよく読み解いた人が勝つ。
バスフィッシングトーナメントも同じです。
湖や魚や天候といった自然が作り出すパズルを
他の誰よりもよく解き明かした人が勝つ。

だけど、トップ150の場合は
そのレベルがすごく高いんです。
パズルのレベルが高いっていう意味じゃなくて、
解き明かし方のレベルが高いってこと。

自然が作り出すパズルっていうのは、
言ってみれば、答えなんか存在しないですよね。
コレが正解っていうのがない。
トーナメントに参加している人間のなかで
最も重いウエイトを釣ってきた人の解き明かし方が
とりあえず正解になるわけです。
だから、そのトーナメントに参加している
釣り人のレベルによっては
正解の「解き明かし方」も違えば、
釣ってくる魚のウエイトも違ってきてしまう。

つまり、まったく同じパズルであっても、
正解の答えは釣り人のレベルによって変わってくる。
トップレベルの150名が顔を揃えるトップ150ですから、
他のトーナメントなら大正解なんだけど……という
レベルの解き明かし方ではとても勝てないんです。
並で終わってしまう。

そこらへんを突き詰めていくと、
だんだん仙人みたいにならざるをえなくなってきちゃう。
1年のうち何日を湖上で過ごすかっていう部分が
重要になってくる。

普段、都会生活をしている人が
トーナメントだからって急に自然に耳を傾けても、
毎日毎日、湖に出てる人には聞こえる自然の微かな囁きは
決して聞こえてこないんですね。

もう10年くらい前になりますけど、
リック・クランという3本の指に入るくらいの
凄いプロアングラーが来日したんです。
その時、彼は言ってました。
「自分はトーナメントを回るとき、
必ず湖畔でキャンプすることにしてる。
エアコンの効いたモーテルの部屋で寝てると、
自然をまったく感じられないからね」、と。

彼は現在でも、そのスタイルを貫いてます。
今もキャンプ場にステイしている。
もちろん、お金がないわけじゃないですよ。
そうじゃなくて、
それが彼なりの自然の感じ方なんだと思います。
真冬でも、雨が降っていても
サンダルしか履かない、とかね。
もう、徹底してるんですよ。

あ、話がまた難解になってます?
それに、ちょっと長く書きすぎましたね、今回は。
突然ですが、このへんでやめておきましょう。
続きは、この次また。
それでは。

1999-09-30-THU

BACK
戻る