自転車思想。
チャリンコは、未来そのものの顔をしている。

第26回 サンフランシスコのクリティカルマス
      その2


こんにちは。

1992年に始まった、
サンフランシスコのクリティカルマスは、
またたく間に数百から数千人を集めるようになりました。
それに従って、様々な問題も発生したんです。

僕は見たかったんです。
そこで何が起こったのか?
そして、今後日本で、東京で何が起こるのだろうか?
その中には、当然様々なトラブルもあるはずだ、と。
“本場”とか、“元祖”を見て、
単純に「カッコイイー!」って、かぶれるんじゃなくて、
ほんの少し、僕たちの先を行ってる人たちが見たかった。
完全無欠な先生ではなく、
同じように悩みを抱える、
早生まれの同級生みたいな感じで。

問題の1つを紹介しましょう。
集団を構成している人数が増えれば、
信号をひとつ渡るのにも時間がかかります。
途中で2つのグループに分裂してしまうこともありますね。
しかし、彼らは集団が分裂して、
途中にクルマが入ってしまうことを嫌いました。
言うまでもなく、危険だからです。

density=密度を高め、
集団の中にクルマが割りこまないようにするため、
公然と信号をを無視する人たちも現れました。
クリティカルマスは社会問題化していったのです。
許可を取って道路封鎖してない以上、
クルマのドライバーたちも怒りの声を上げます



まぁ、こんな状態ですからねぇ…。

それだけではなくって、
自転車乗りの中でも意見を異にする人たちも現れました。
この辺りが難しいところです。
同じ自転車乗りといっても、普段は自転車に乗らず、
休日に、お気に入りの自転車をクルマで郊外に運んで、
レジャーとしてサイクリングを楽しむ人たちと、
クルマを所有せず(所有してたけど手放した人も含みます)
日常生活の足として自転車を利用する人たちと、
自ずから意見は異なってきます。

さらに、同じ日常生活で自転車を利用する人の中でも、
僕のようなメッセンジャーの中には、
クリティカルマスを毛嫌いする人も多いのです。
なぜなら、クリティカルマスのあった翌週は、
ドライバーが自転車にロコツに敵意を見せるからです。
その敵意を浴びるのは、結局一日中自転車で走っている
メッセンジャーたちだったりします。
僕が、向こうでクリティカルマスに参加してる時も、
普段は仲の良い友人であるメッセンジャーたちが、
激しいブーイングを浴びせてる光景を目にしました。

もちろん、全ての人がそうという訳ではありません。
上記のような自転車乗り、いやドライバーの中だって、
クリティカルマスに好意的な人たちも確実にいます。
ただし、こういう意見の相違は、
個人的な考えにだけ限定されていません。
職業、居住エリア、収入、ライフスタイル、
さらに人種などに影響を受けています。
こういったいろいろな要因が重なって、
問題を複雑なものにしています。

僕は今までアメリカのクリティカルマスを見てきました。
その内訳はほとんど白人で、有色人種はごく少数でした。
富裕層、いわゆる“ヤッピー”と同様に、
経済的・社会的に問題を抱える人びとの多くにとって、
自動車=成功のシンボルなんだろうと思います。

結果的にサンフランシスコ市当局も、
クリティカルマスを問題視しました。
'97年7月には、5000人近くが参加。
この時はサンフランシスコ市警がクリティカルマスに介入し
この膨大な自転車の集団をを牽引しました。
でも、何故か途中で警察はリードするのを止め、
集団をほったらかしにしたのです。
そして、強い圧迫を感じていた自転車乗りたちが、
冒頭に書いたような信号無視を始めるやいなや、
警察は一斉にクリティカルマスに対して牙を剥いたのです。
その時撮影されたビデオを見ると、
警官が、倒れて道路に横たわっている女性の
首根っこをヒザで抑えつけて手錠を掛けてたり、
警察に対して文句を言っていた黒人の腹に、
警棒を叩きこんでいたりと、
混乱に乗じて激しい暴力を振るっていました。

そのクリティカルマスに参加していた人に話を聞くと、

 「サンフランシスコ市当局と警察は、
  あらかじめ混乱を引き起こす目的だったんだ。
  だから最初はリードしておいて、
  途中からいなくなったんだよ。」

と言います。
僕も自転車乗りで、クリティカルマスに関わっていますが、
正直に言って、真相はわかりません。
その時の、逮捕者数にしても、警察発表では200人以上、
しかし、クリティカルマス関係者の話では100人程度と、
数の開きが大きいのです。
ある1つの党派性に寄りかかった意見は
イマイチ信用できませんからね。
ただ、このような事件があったことは確かなんです。

サンフランシスコのクリティカルマスで、
僕がいろいろな問題を感じながらも、凄いなと思うのは、
そんな事件があっても、彼らはその翌月も、翌々月も、
現在に至るまでクリティカルマスを続けていることです。
決して数も減っていません。
その事実には、ほとんど感動に近いものを感じます。

読者の方には、クリティカルマスが危険なもの、
という印象を持たれたかもしれません。
これは海外の話であり、
善悪ひっくるめた判断も、海外の彼らが下したことです。
僕の知っている限り、
日本のクリティカルマスは、信号遵守が大原則です。
僕たち日本人の意識と、
上に書いたサンフランシスコのやり方は、
どうも馴染まないんですね。
僕は、“本場”のクリティカルマスを見てきた訳ですが、
これを見たことによって、かえって

 「自分たちが自分たちのナチュラル感覚で、
  クリティカルマスを作っていいんじゃないか?
  自分のいる所を“本場”って思おう。」

と、改めて考えられるようになりました。

 「“本場”のようにやらなくっちゃ。」

なんて考えは、やっぱり古いと思うんですよね。

RideSafe!

2001-03-22-THU

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