第28回 ワイルドサイドを歩け。
ニューヨーク。
世界最大のビジネスセンターで、
働いているバイシクルメッセンジャーは
3000人とも、4000人とも言われている。
運ぶ荷物も、多種多様だ。
一見、書類を運ぶフリをしながら、
実はドラッグを運んでいるツワモノもいる。
でも、それが求められているからだ。
そんな風に、表と裏の境目を行き来する
ニューヨークのメッセンジャーたち。
それゆえに、フリーランスで働く
まさしく”プロの運び屋”も多く存在している。
昨年の夏、数名の友人たちと共に
そんなニューヨークに滞在していた。
世界中から、数百名のメッセンジャーも集まった。
それは、メッセンジャーの激しくも怪しいレースイベント。
1週間後にフィラデルフィアで行われる、
メッセンジャーワールドカップの長い長い前夜祭。
ニューヨークのメッセンジャーたちは、
本当にさまざまなスタイルを持っている。
日本で、東京で、イメージされるような、
スポーティーなメッセンジャーも、もちろんいるけど、
そういうイメージを思いっきり飛び越えてる連中も多い。
だからニューヨークと、そしてサンフランシスコは、
メッセンジャーという世界にとって特別な街なんだ。
そんなニューヨークで、1人の女性メッセンジャーがいた。
どんな名前で、どこ出身なのか、
聞いた気もするけど、今ではすっかり忘れてしまった。
覚えているのは、
メッセンジャーを始めて、まだそれほど経っていないこと。
彼女は、よく1人でたたずんでいた。
全くの孤独というわけではなかったけど、
ハタで見ていて微妙に、周囲との距離を感じた。
黒い髪に、黒いボロボロの自転車。
化粧っ気のない顔の印象を一発で決める、
ある意味見事なすきっ歯。
無地のTシャツは、ヨレヨレ。
同じくカーキのカーゴパンツには、鋲打ちのベルト。
当然というか、裾は擦り切れていた。
靴は、黒い編み上げのブーツ、恐らく安全靴。
ただし紐は途中までしか通していない。
彼女は、僕が見た限りいつもこの格好だった。
彼女が仕事の効率(=収入)を求めるのなら、
少なくともブーツは履かないだろう。
スニーカーか、
さらに自転車専用の金具付きシューズを履けばいい。
カーゴパンツだって、途中でカットオフしたりして、
より運動効率を高めることが可能だ。
でも、彼女はそうしない。
僕たちは、現地のメッセンジャーが住んでいる家へ
ホームステイをしていた。
ニューヨークの住環境も劣悪だ。
家賃は高く、古いので設備が劣化しているものも多い。
例えば、お湯の全く出ないシャワー。
排水がうまく出来なくて、数日分シャワーで使った水が
バスタブや床に溜まっている部屋もあったそうだ。
当然、異臭を放ってる。
多くのメッセンジャーは、そのような所に住んでいた。
恐らく、彼女もそのような所に住んでいるのだろう。
たとえ、上記の程ではないしても。
彼女は何かを求めて、ニューヨークに来たんだろうか?
たとえば、音楽、アートによる自己実現。
その過程でメッセンジャーの世界に入りこんだのだろうか?
ニューヨークの印象というと、
摩天楼でも、
車道で走りぬけたウィリアムズバーグブリッジでも、
メッセンジャーが集まるトンプキンスクエアでもなく、
なんとなく、彼女のイメージが浮かぶ。
ちょっと汚くって、自分のスタイルを守ることには強情。
少し、肩に力が入ってる。
彼女の求めるものはまだ得られていない、恐らく…。
そして、間違いなくパンクが大好き。
そういう女の子と、ニューヨークの街並みと、
自転車はとってもよく似合うと思う。
ニューヨークは、そういうところさ。
ワイルドサイドを歩け。
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