自転車思想。
チャリンコは、未来そのものの顔をしている。

第34回
犬オジサンのことなど。


こんにちは。

メッセンジャーとして日々走っていると、
けっこう興味深いキャラクターを
東京のど真ん中に発見することがあります。
その中の一人に、その名も
『犬オジサン』
とでも呼ぶべき快(怪?)人物がいます。

目撃されるのは主に、
青山・九段・六本木・浜松町〜品川の辺り。
マウンテンバイクに、細身の体、
さらさらとたなびく長髪は、不思議な色に染まっています。
必ず同じブルーのサイクルジャージと、
忘れちゃいけない、自転車の前かごに3匹のスピッツ。
(今まで2匹だと思ってたんですが、
 つい最近3匹目が発見されたんです。)
年の頃は、おそらく40代半ば。
走行はあくまでマイペースです。
(と言いつつ、追っかけてみるとけっこう速い…。)
時には、ビルの谷間で子犬たちと遊んでたりもしています。
もしかしたら、
見かけたことがある人もいるかもしれませんね。

このオジサン、はたして何者なのか?
僕は、昔から少なからぬ興味を持っていました。
すれ違いざまに会釈することはあっても、
お互い走っているわけで、
ちゃんと会話したこともありません。
(話したところで、突っ込んだ身の上なんて、
 そうそう聞けませんしねぇ。)

真昼間から、ほとんど毎日自転車に乗ってるなんて、
どう考えても、"まっとうな社会人"ではなさそう。
浮浪者説、夜の世界の人説、
スゲー大金持ちで働かなくてもいい身分の人説、
(いつもほぼ同じ時間に、ほぼ同じコースを走ってるので)
やはり、何らかの仕事として走っている人説などなど、
メッセンジャーの中の意見もさまざまです。
(それにしても、犬の数とか走ってるルートとか、
 けっこうみんながチェックしてるというのも、
 メッセンジャーの世界の面白さではありますね。)
ちなみに僕は、少なくとも浮浪者ではない説。
いつも同じジャージのくせに、
不思議とこざっぱりしているからです。
いや、近づいてみたら、実は匂うのかもしれませんけど。

できることなら一度じっくり話を聞いて、
この場でインタビューを掲載してみたい。
でもおそらく、彼は取材されることを好まないだろう、
なんて、僕は勝手に思ってしまいます。

「いやぁ、そういうのはちょっと……。」

って言うんじゃないかな?
どうも、成熟した(?)自転車乗りには、
"やたらと礼儀正しい個人主義者"
が多いという印象を受けるからです。
自転車に乗るっていうのは、
まず間違いなく、非常に個人的な行為と言えます。
仮に何人かで走っていても、
結局頼りになるのは自分の脚力しかないのです。
疲れたとか、足が痛いとか、どれだけ泣き叫んでも、
自分の自転車の運転は誰も代わってはくれません。
そういう経験を長い年月繰り返しているうちに、

”人に過大な期待しない代わりに、
 人から期待されることも好まない。”

という、独自の風格を持ったキャラクターを
じっくりと醸造しているようでもあります。

それにしても、彼が街を駆け抜ける姿を見ると、
月並みですが、"自由"というイメージを受けます。
(ああ、あの辺りにお勤めの人が、これを読んだ後に
 犬オジサンを発見せんことを!)
すでに、東京の一風景となっているような、
僕たちメッセンジャーと異なり、
犬オジサン(と子犬たち)は、東京という街に対して
あくまで異質な存在であり続けているみたいです。

「みんな、お仕事ご苦労様だねぇ。」

なんて言うかのように、
マイペースでこの街を駆け抜ける。
慢性的な大渋滞の中でも…。
しかも、前かごには3匹のスピッツ。
僕がこの前見かけた時は、
歩道のOLさんたちも、ニコニコ笑いながら、
彼の1人と3匹旅を眺めていました。
う〜む。
何だかうらやましいぞ、犬オジサン!

いくら僕が自転車について言葉を重ねても、
あのオジサンが走る姿の方が、
自転車の魅力を雄弁に語っている気さえします。
もしかしたら、このような文章を書いてる僕なんて、
彼や、彼のような"熟れた"自転車乗りからしたら、

「キミ、まだまだ若いねぇ。」

なんて、小僧扱いかもしれません。
あぁ、そう思うと、いよいよ声もかけられない感じ…。
犬オジサン、いつかその正体を知りたいなぁ。

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ちょっと話は変わって、
『ほぼ日』の読者の方から、メールを頂いて、

「エノモトさんの文章を読んで、
 これからはちゃんと交通ルールを守ろうと思いました。」

というようなことが書かれていると、
うれしいような、恥ずかしいような、
少し複雑な気持ちになってしまいます。

自転車って、スゴク気軽で自由な乗り物で、
でも、やっぱりレッキとした交通手段なんですよね。
この2つの要素は、どちらも僕とって重要なことです。
そして、僕の考えることは、2つの極を行ったり来たり。
もしかしたら、このどっちつかずなところが、
自転車について考える面白さなんじゃないか、
なんて思うことさえあります。

犬オジサン(のような人)からは、
そういうことを考えている人間って、
はたしてどう見えるんだろうか?

彼の姿を見ると、
ふと、そういう思いにとらわれます。

Ride safe!

2001-06-08-FRI

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