自転車思想。
チャリンコは、未来そのものの顔をしている。

第37回 奴はメッセンジャーだよ。

こんにちは。

いちおう、読んで頂けてる方はご存知だと思いますけど、
僕の職業はメッセンジャーというものです。
でも、この職業について知っている人たちって、
どれくらいいるんでしょうか?

この仕事が存在してるのは、
僕が今確認できている限り、日本国内では、
札幌・仙台・東京・横浜・名古屋・京都・大阪・鹿児島、
以上8都市だけです。
数だってそんなに多いわけではありません。
だから、上記の街に住んでいたって、
見たことがない人はたくさんいます。
また、見たこと・利用したことがある人でも、
彼らが街中で立ち止まって、
何気ない会話をした後、必ずと言っていいほど、

「気をつけて!」

という言葉を交わしてることなんて、知らないはず。

さらに、それ以外の町に住んでいる人にとっては、
メッセンジャーの存在なんて、
テレビや映画の中の話に過ぎないのかもしれません。

とすると、メッセンジャーという職業は、
世間一般からどのように認識されてるんだろう?
日本で始まって、まだ十数年、
どのような形で定着して、どのような展開をしていくのか?
まだまだ都市ごと、会社ごとに模索の段階といえます。

さて、メッセンジャーが紹介される時は、だいたい、

“汗を流して頑張っている若者”

的な紹介が多い気がします。
いい感じですよねぇ。
でも、それだけじゃないんだなぁ。
速さにこだわるのも、メッセンジャーなんですけど、
そうじゃないタイプもけっこういます。
僕は、どっちかと言うとそういうタイプです。

もちろん、プロとして仕事をする以上、
ある程度以上速いのは当然。
でも、それって仕事をしていれば、
自然と身につくものです。

例えば、メッセンジャーを始めたばかりの頃は、
1日走り続ける体力もありませんし、
東京なら東京の、地理の理解もまだまだです。
地理がちゃんとわかっていないということは、
今自分がどこにいて、これからどこへ向かうのか、
というイメージを明確に持っていない、ということです。
当然、地図を読むのも時間がかかります。
だから、とにかくがむしゃらに走らざるを得ない。
でも、悲しいかな体力がありません。
そして、社会経験の少ない若い子であれば、
何とかクライアントの会社にたどり着いても、
どうしたらいいかわからず、オドオド…。
見苦しいくらいに緊張してしまいます。

でも、数ヶ月もすれば、大まかな地理が頭に入って、
接客にも慣れてきます。
この頃は本当に楽しい。
以前30分かかったところが、
20分になる、15分になる。
体力もついてくるし、
お金が入って新しい自転車を買ったりもしますから、
どんどん速くなってきます。
それにつれて、自分が“使える奴”“速い奴”と思われたい
なんていう欲も出てきます。
その分、大きな事故を起す可能性も高くなるので、
裏を返せば、非常に危険な時期でもあるんです。

さらに経験を重ねると、幹線道路だけじゃなくって、
裏道をうまく使えるようになってきます。
そうなると、その日の交通事情に関わらず、
安定したデリバリーができるようになります。
だんだん、時間の感覚も鋭くなってくるので、
ある地点から、ある地点まで何分かかるのか、
直感的に把握できるようになります。
それは、どんなにずれても、
5分とは変わらないくらいの精度なんです。
だから、もうめったなことでは無茶な走りをしません。
落ち着いた精神状態で走れるようになるので、
走行中の視野も広くなってきます。
だから、街中の面白いモノや人を
目ざとくチェックするようになったりもします。

しかし、この辺りからそのメッセンジャーの顔には、
一種の疲労感が刻まれてきます。
自転車も、日々の酷使と風雨で汚れてきて、
「ヤレタ」とか、
「ヘタレタ」という言葉がピッタリ。
それは、日々道路で感じるストレスや、
どんなに長くっても1時間程度で終わってしまうような、
1つ1つの仕事を延々続けることによって、
生み出されてしまう、“オリ”のようなものです。
この時期のメッセンジャーは、
少なくても2〜3歳は老けたように見えます。
そして、妙に喜怒哀楽が激しくなったり、
落ち込んでいるような表情が多くなってきます。
ここを乗り越えるのには、時間がかかるようです。
(僕も、まだ完全には乗り越えきってません。)
だから、この辺りでメッセンジャーの世界から
去って行く者も少なくありません。

それを乗りきると、どうなるんでしょう?
淡々と、本当に淡々と仕事をこなせるようになります。
決して、イヤイヤではなく、
しかも非常に安定した走りで、です。
また、“待機”と呼ばれる、仕事の待ち時間には、
街の片隅に腰を下ろして、
行き交う人々をクールに眺めてたりもするでしょう。
まるで仙人…、とはまでは言わないにしても、
周囲とは全く別の時間に生きてるような感じです。

"Street wise"

というと、英語では決していい意味ではありませんが、
その姿は、まさに”路上の智者”といった感じです。

東京中見回しても、そういう人ごく一部です。
だからこそ、彼らはメッセンジャー仲間から尊敬を持って、

「奴はメッセンジャーだよ」

なんて言われるようになります。
みんなメッセンジャーなのに、何だか不思議な話ですよね。
読者のみなさんが思っているよりたぶん、
メッセンジャーという世界は奥深いものなんです。
その雰囲気だけでも、お伝えできていればいいなぁ。

Ride safe!

2001-07-02-MON

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