今年も、糸井重里の本をつくることができました。
早いもので、シリーズ10冊目です。
つまり、『小さいことばを歌う場所』という本をつくってから
10年が過ぎたということです。驚きます。
いつの間にかこれもシリーズの恒例になっていますが、
本の発売にあたり、担当する編集者として、
ご挨拶を書かせていただきます。
こんにちは。ほぼ日の永田泰大です。
この本は、糸井重里が1年間に書いた原稿とツイートから、
心に残ることばを選りすぐってつくっています。
糸井重里はことばの人として知られていますが、
著者として本を残すことにほとんど興味がありません。
ですから、この「小さいことば」シリーズは、
糸井重里のことばを書籍として残す、
唯一のものではないかと自負しています。
さて、その「小さいことば」シリーズ、
10年にわたり、10冊の本をつくっているのですが、
おもしろいことに、本によって、表情がいつも異なるのです。
糸井重里本人はじぶんの原稿がこうして
1年ごとに1冊にまとめられることを
まったく意識していませんから、
著者としてテーマやコンセプトを
整えているというわけではありません。
毎日、ただ、原稿に向き会っているというだけです。
ですから、前言と矛盾するようですが、
同じようなことを書くこともありますし、
はっきりと「また書きますが」と宣言して
くり返すこともしばしばあります。
しかし、たとえ、似たテーマで語られようと、
同じ人の同じ考えから同じことばが同じ文脈で並ぼうと、
本はいつもちがった風に仕上がります。
それは、1年間のことばから抜粋されるがゆえに、
本に糸井重里の1年間が反映されるからです。
毎日というのは、平凡であっても、淡々としていても、
同じことがくり返されることはありません。
そんなこと、こうして書くまでもないですね。
この『抱きしめられたい。』という本には、
糸井重里の「2015年」が反映されています。
2015年は、糸井重里にとって特別な年でした。
印象や概念ではなく、はっきりとした事実として、
意識的にそう刻まれる年でした。
実際、本にも収録しましたが、糸井はこの1年のことを、
「たぶん、ずっと先になっても2015年という年が
『なんでもない年』に数えられることはないでしょう」
とまで書いています。
2015年は、岩田聡さんが亡くなった年でした。
糸井重里が『MOTHER2』というゲームをつくっていたとき、
岩田聡さんは頓挫しかかったプロジェクトを救う、
敏腕プログラマーとして現れました。
糸井が「ほぼ日刊イトイ新聞」をスタートさせるときには
よき相談役となり、具体的に配線を手伝ったりもしました。
やがて岩田さんは任天堂の社長に就任し、
ふたりは京都で頻繁に語り合うこととなります。
どういう運命か、ぼくも『MOTHER2』の開発直後から、
糸井重里と岩田聡のいる場所によく呼ばれましたから、
ふたりがとても信頼し合っていたことをよく知っています。
尊敬し合い、相談し合い、語り合っていたことを
とてもよく知っています。
そう、ふたりはいつも語り合っていました。
京都で、東京で、会社で、自宅で、語り合っていました。
あれは、雑談とも議論とも違う。
おしゃべりやよもやま話という感じでもない。
真剣に、やわらかく、いつも現実的に、新しさを求めて、
「語り合っていた」とぼくは思います。
ふたりの話はね、とってもおもしろかったんです。
もちろん、ぼくが聞いたのは、
ふたりが交わしたうちの極々一部だと思います。
それでも、ほんとうにおもしろかったし、
続きをもっと知りたいと思ったし、
許される限りそこにいたいと感じました。
ふたりは、友だちだったのだと思います。
同期でも同郷でもないけれど、
とても深い部分でわかりあった友だちだったのだと思います。
2015年7月11日、岩田さんは帰らぬ人となりました。
糸井にどれほどの喪失感があったか、はかりしれません。
あの日以降、岩田さんについて、
糸井とよく話しました。
いえ、いまでもよく話します。
「岩田さんは、いるようだから困る」と。
あの甲高い声で明るく挨拶しながら
部屋に入って来そうだから困る、と。
ほんとうに困りますよ、岩田さん。
長く書くのはやめます。
2015年は、岩田聡さんが亡くなった年でした。
自然なことですが、糸井はそれについて書きました。
表面的に書いていないようなときも、
ずっとそのことがことばの後ろに流れていました。
ただ悲しいというだけでなく、
無理に切り替えようとするのでもなく、
大切な人がいなくなったということを
両手からこぼさないようにするみたいに、
糸井は考え、感じ、思い、書きました。
この本を編むにあたり、
岩田聡さんについて書かれた糸井重里のことばを
ぼくはほとんど削ることができませんでした。
それで、本の真ん中くらいのところに、
正確にいうとちょっと後ろくらいのところに、
ほとんど、まるまる、収録しました。
「小さいことば」シリーズ10冊目となるこの本は、
構造や判型としてこれまで通りではあるものの、
はっきりと、特別な1冊になりました。
2015年が糸井重里にとって特別な年でしたから、
『抱きしめられたい。』という本も、
忘れられない作品になりました。
表紙を飾るニットは、
ニット作家の三國万里子さんに編んでいただきました。
「どこかの国の祝祭みたいなものをイメージした」と
三國さんはおっしゃってましたが、
そういう「ハレ」なもので本を包んでくださって
とてもありがたかったと思います。
ほかにも、いろんな面がある本です。
虹の写真が載っています。
ビートルズについて書かれています。
若い漫画家についてのことも、
年をとってますますかわいく思える
犬についても書かれています。
旅のことばや、冗談や、アイディアがあります。
思い出や、発見や、未来について書かれています。
そうそう、シリーズのなかで、
いちばん厚い本になりました。
手に取って、読んでいただけたら、うれしいです。
はじめての人も、ぜひ、読んでみてください。
節目の10冊目ですが、まだまだ続きますように。
どうぞ、よろしくお願いします。
2016年12月
ほぼ日・永田泰大