糸井 |
横尾さんは、一枚の絵と接している時間が
そんなに長くはない方ですよね。
つまり、比較的速くお描きになるタイプだと
思うんですが。
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横尾 |
速く描いていても、
ひとつひとつのちっちゃなタッチそのものを
描き手はすべて目撃してるんです。
目を瞑って描いてるわけじゃないからね。
絵を描く時間は、物理的時間じゃなくて
ぼくという時間の中では、
ものすごく長いんです。 |
糸井 |
その時間はとても濃縮されている、
ということですか。 |
横尾 |
うん。そういう意味で言うと、
かかる時間は、どの絵も同じだけの分量です。
この絵が「特に長かった」「特に短かった」
ということはありません。 |
糸井 |
それは、絵を描いていないぼくらには、
伺うまではわからなかったことですね。 |
横尾 |
これは、ぼくの大発見ですよ、
なんてね(笑)。
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糸井 |
そんなことは誰からも
聞いたことはないですから、
きっとそのとおりですよ。
横尾さんは、絵の大きさについては
どう考えてるんですか? |
横尾 |
「ちょっと、かなわないな」というタイプの
絵を描きたいときは、
自分の体より少し大きい
「もしかしたら負けるかな」
というサイズの絵にします。
でも、例えばさっきのルソーの絵は、
このあたりに展示している「Y字路」みたいに
大きくは描けないです。 |
糸井 |
意味が変わっちゃいますもんね。 |
横尾 |
そうそう、そうなんだよ。 |
糸井 |
しかし、これ‥‥すごい絵ですね。
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横尾 |
これはね、広島です。
ちゃんと広島の現代美術館が所蔵してるんだよ。
今回は借りてきて、展示してるんだけども。

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塚田 |
(世田谷美術館のキュレーターの塚田さん)
これは、図版だとあまりよくないんです。
やっぱり実物はすごいので、
みなさんにぜひ直接
見ていただきたいです。
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糸井 |
いまの、とてもいい言い方ですね。
つまり「あまりよくない」。
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横尾 |
解放されたね、いまの言葉。 |
塚田 |
いやいや、あの、
そういう意味じゃなくて。
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糸井 |
図版だと、この絵のよさは
うまく伝わらない、ということですね。
図版だと「よくない」と。 |
横尾 |
これより悪いものを
描かなきゃいいってことだから(笑)。

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糸井 |
しかも図版ではね。
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塚田 |
あの‥‥ |
糸井 |
いやいや(笑)、
印刷物って、当然限界があるんですよ。
たしかにこういう絵は図版だと無理でしょうね。
だいたい、描いた本人が
「負けるかな」というところで
格闘しているわけですから、
そんなに簡単には表現できないでしょう。

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横尾 |
この部屋にある「Y字路」のものは
たいがい無理だよ。 |
糸井 |
うん。絵の前に立って見てほしいですね。 |
横尾 |
ぼくはね、いつも最後は
絵に負けるんですよ。

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糸井 |
格闘した末に、ですか。 |
横尾 |
絵を相手にギブアップして、
「もうこの絵とは関わりたくない」
というところで、筆を置くわけです。
そういう意味では、ぼくの絵は
全部が未完成です。
だいたい、「完成」なんていうのは、
どういうことを言うんだろうね。
塗ってないところを塗りつぶせば完成、
というわけじゃないからね。
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糸井 |
横尾さんは、つまり
「用があるもの」を作ってるわけじゃないから。 |
横尾 |
無用の長物ですわ。
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糸井 |
はい。
おっしゃるとおりです、無用の長物。
‥‥悪く言ってるっぽく聞こえるときは、
全部「褒め」ですからね。
いちおう、言っておきますが。 |
横尾 |
まぁ、わかってるよ。 |
糸井 |
横尾さんの絵って、
もしも道ばたに落ちてたら
びっくりすると思いますよ。
「どうしたらいいだろう」と思うでしょうね。
ぜったいそのままにして捨てたり
放置できないと思います。 |
横尾 |
そうかな。

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糸井 |
落ちててもそのままにできる絵って
俺はぜったいあると思う。 |
横尾 |
この話、乗らないほうがいいよね。 |
糸井 |
(笑)ま、罠ですよね。
ぼくの言ってることは、
だいたいが、罠です。 |
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(続きます!) |