シルク・ドゥ・ソレイユからの招待状6  ZEDがはじまる。  〜稲垣正司への取材〜

第1回	「わかってもらえてない」からはじまる。
糸井 本番直前の慌ただしい時間にすいません。
稲垣 こちらこそ、メイクの途中ですいません。
よろしくお願いします。
糸井 どうぞ、よろしくお願いします。
ぼくは、この、
シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京が
建築中のころから見てたので、
いよいよオープンするってことが
うれしくてしょうがないんですよ。
稲垣 あ、そうなんですか(笑)。
糸井 うん、ものすごくうれしい。
稲垣さんも、ここにこぎつけるまで
いろんなことがあったと思うんですけど、
グランドオープンを目前にして
高まってきてますか?
稲垣 気持ちですか?
そうですね‥‥気持ちとしては、
それほど高ぶってはいないですね。
糸井 あ、そういうもんですか。
稲垣 あの、トライアウト公演が
はじまった当初というのは、
細かい変更がたくさんあって、
日々、それを追っていくというか、
直しながら舞台でそれを演じていくというのが
すごく難しかったんですけど、
いまはようやく落ち着いてきていて、
ほかの人とのかけ合いなんかも
冷静に見られるようになってます。
糸井 ということは、演技が安定してきたぶん、
いまの方が気持ち的には楽というか。
稲垣 そうですね。
糸井 いまのほうがむしろ、
リラックスできてる?
稲垣 いや、リラックスまでは(笑)。
糸井 リラックスはできないか(笑)。
稲垣 ただ、もう、
混乱してるっていう感じはないですね。
まえはやっぱりほんとに、
「あ、ここ変わったよな」
「ここ、変わったんだよな」って
思いながらやってたんですけど。
糸井 こういうショーを完成させるのは、
たいへんなことなんだね、やっぱり。
稲垣 はい。
糸井 あの、稲垣さんが、
ソロのバトントワラーとして
競技に出たりする場合は、
演出にあたるものというのは、
自分でしていくわけですよね。
稲垣 そうです。
糸井 でも、この「ZED」という
ショーのメンバーになったときは、
チームでそれを
つくっていくことになりますよね。
稲垣 はい。おもに、
コリオグラファー(振りつけ師)と
やり取りしながらつくっていきました。
糸井 もう、それは、
その都度、話し合いながら、
という感じですか?
稲垣 そうですね。
コリオグラファーから
「こういう動きがほしいんだけどできるか」
みたいなことを言われて、
「こういう動きならできる」
と言ってやってみせて、
じゃあこうしよう、という感じで。
糸井 じゃ、大本はやっぱり
自分が考えなきゃだめなんですね。
稲垣 そうですね。
やっぱり、コリオグラファーが
バトンをやっていた人ではないので。
糸井 ああ、そうかそうか。
稲垣 ジャンジャック・ピエという人なんですけど、
彼はもともとはダンサーだったんです。
だから、まずは、ぼくができる
バトンのテクニックを彼に見せて、
こういうことやこういうことができます、
というところからはじめなきゃいけない。
そのあとで、
「じゃあ、それとそれをくっつけて、
 こういう体の動きにしてみようか」
という話になっていくんです。
糸井 しかも言葉が完全に
通じ合うわけじゃないんですよね。
稲垣 ええ(笑)。
糸井 それは、たいへんなことですね。
稲垣 そうですね。
たとえば、演技をしているときに彼が
「右側で回してるバトンを、
 ちょっと左側で回してみてくれる?」
っていうふうに言うんです。
たぶん、彼の中では
それは難しいことじゃないんですけど、
回ってるバトンの位置を変えるのって、
回転するバトンの面の美しさを考えると
けっこうたいへんなことなんですね。
糸井 なるほど、なるほど。
稲垣 だから、こっちで工夫して
そこまでの動きを考えて、
ほんとに難しいようなら、
なぜ難しいかという説明をして。
糸井 ぜんぶがそういう感じなんですね。
しかも、そのコリオグラファーは
たぶん、稲垣さんのバトン以外にも
担当があるわけでしょ?
稲垣 そうですね。
バトンと、ハイ・ワイヤー(綱渡り)と、
あとジャグリングも彼の担当ですね。
糸井 つまり、どのパフォーマーも、
自分のいちばん得意なことを
「わかってもらえてない」というところから
はじめるしかないんですね。
稲垣 ああ、そうですね。
糸井 逆にいえば、相手もそれを
ぜんぶ耐えながらやってるわけだ。
稲垣 そうですね、お互いに。
糸井 それは、「言葉が違う」というのとは、
ぜんぜん違うたいへんさですね。
演技をつくるためにやり取りするなかで、
怒ったり、いら立ったりしませんでした?
稲垣 うーん‥‥怒るっていうか‥‥
ぼく、じつは、
モントリオールで5回、泣きました。
(つづきます)


2008-10-01-WED



(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
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