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HPENews「黒タイ族 センさんのお話」

センさんは63歳。
出会ったときから、ほぼ同じペースで、
急ぎもせず、怠けもせず、
淡々と仕事をしてくださっています。
養蚕、糸引き、染織。
私との織物の仕事だけではありません。
暮らしぶりそのものが、淡々としたペースです。
家の敷地には、バナナ、ココナッツ、マンゴー、
ジャックフルーツ、ぐみなど、様々の果樹が茂り、
ちょっとした野菜類が育てられ、
アヒル、鶏などが飼われ、
庭は新鮮な市場です。

77歳のご主人とお孫さん夫婦と、
ひ孫ひとりとの暮らしです。

ご主人も淡々としたお仕事ぶりです。
ご飯を作るのは、ご主人の仕事。
籠を編んだり、道具を作ったり、
家の中では、ご主人のちょっとした工夫が
あちこちにみられます。
センさんの家の空気そのものが、
私には穏やかに感じられ、
私もこのような人になりたいという気持ちになります。

▲機を織るセンさんと(撮影:鈴木晶子)

さて、今日はセンさんのおうちで、
お昼をごちそうになりました。
朝、孫娘のご主人がとってきた川魚を焼いたもの、
炒めたもの、蒸し焼きにしたもの、筍のスープ
(美味しい筍ができる丈の株を畑に植え、そこでとれた筍)、
小さなナス、熟したパパイヤ、
栗のような味のするテンという木の実を茹でたもの
(この木の葉や実の皮は黒に染めるための大切な材料)、
そして香草を漬け込んだ焼酎を少し。
そんな楽しい食事の中で聞いたセンさんのお話です。

セン
私の若いときは、
とにかくものは自分で作るしかなかった。
私の母は今の私より
もっと織物の仕事もうまかったよ。
少しでもきちんとできていないと、
それからしばらくやらせてもらえなかった。
本当に厳しく仕込まれたよ。

ユキコ
孫娘さんたちにも
センさんは厳しく教えるんですか?

セン
いやあ、今は言っても聞かないから。

孫娘
聞かないんじゃないんだよ。性格が違うんだよ。
おばあちゃんは気が長いけど、私は短気。
おばあちゃんみたいに織りたいけど、
私には無理なんだ。性格。

ユキコ
どうして昔はちゃんと聞いたんでしょうか?

セン
それは母の言うことは正しいと思ったからだよ。
自分の身につけるものは、自分で作ったもの。
ちゃんとできないものを着ていると、
作った自分が笑われることになる。
ちゃんとできないんだな、
だらしのない人間なんだな、ということになる。
だからちゃんとしたものを作らないといけない。
身につけているもの=私自身の人格だから。
でも、今は違うよね。
自分で着たいものは
市場に行って買えばいいんだもの。
きちんと作れなくても、だらしなくても、関係ないよ。
だから、きれいにものを作ろうとする気持ちは
なくなっていくよね。

昔はまず、朝起きたら、臼と杵を使って、精米。
薪を取りに行き、お米を蒸し、ご飯を食べ、
田んぼや畑に出て、織物をし、
午後はまた薪を取りに行き‥‥。
糸紡ぎは、昼の仕事ではない。夜の仕事。
夜になると、焚き火をしながら、
5、6人、近所の女たちが集まって、
火の周りで糸紡ぎをするんだ。
おしゃべりをしながらね。
何時間も糸紡ぎをするんだよ。
男は屋根にするための草を編んだりしてねえ。
手は休めないけれど、社交の時間でもあった。
1年に100メートル強の木綿を織るための糸は、
最低、紡がねばならなかった。
100メートルほどの生地で、衣装を作ったり、
布団を作ったり、蚊帳を作ったり、
生活に必要な布ものを、そ
の生地で作らないといけなかった。
そして、何かのときのために、
保管しておく布というものも必要だったよ。

美しいものを生み出す心。
今の世界で可能なのでしょうか。
時代が進めば進むほど消えていくものなのでしょうか。
時代が進めば進むほど、
美しいものが消えていくのだとしたら、
なんのための生なんだろうと思ってしまいます。

ルアンナムター便り  2012年夏