好きな人の言葉は、よく聞こえますか。
補聴器って、あるのは知っていたけれど。

ほぼにちわ。
通天閣あかりです。

先週に引き続き、シンポジウムの第2部をお届けします。
補聴器を見せることをいやがる方がいるのは
とてもよくわかるけど、
そのムードを変えていきたい、というお話です。
後半の天野さんのコメントに、
イベントに参加されたみなさんから、
たくさんの反響をいただきました。


 
第2部−3

カジュアルシンポジウム
「聞くコミュニケーションって
 なんだろう」
天野祐吉・鳥越俊太郎・八谷和彦
木村修造・糸井重里


糸井 いま、この壇上での話の流れとしては、
「補聴器が見えてても、いいじゃないか」
「見えてたほうがいいんだ」
という方向になるし、ここにいる全員は、
それでスッと理解できちゃうじゃないですか。

でも、本来は、
「おまえらはいいかもしれないけど、
 日常生活では、そういうわけにはいかない
と思う人も、たくさんいると思うんです。

「あたしはオカマで双子でキタナイのよ」
と言っちゃって、そこからスタートできる人と
そうはいかないという人がいますから。

天野 ぼくは、なんかまだ
「隠してる」みたいなところがあります。
ただ、ヨーロッパのイヤホンで
すごくかっこいいのを買ったときなんかは、
わざとつけて歩いたりするなぁ。
ものすごくいいデザインの補聴器があれば、
見せびらかして歩きます。
でも、今の補聴器はつけて歩くのには……。
糸井 今の補聴器は、
ちょっと「ハンパ」な気がしますよね。

鳥越さんは、髪型がそんな感じですから
補聴器が外には見えないんですけど、
「見える、見えない」でいうと
どういう風に表現したいですか?
見えないままのほうが、いいですか?
鳥越 ぼくは運命は受け入れていく
タイプなもんですから、
「歳とりゃ目が見えなくなる、
 聞こえなくなるのはあたりまえだ」
って、ポジティブに考えてます。
聞こえないときは、
「都合の悪いことが聞こえなくてよかった」
と思うし。

あと、実際、いま自分では、
耳が聞こえにくくなってることを
番組スタッフに言っていますね。
糸井 そのことで助かってることって
相当あるでしょうね。
鳥越 はい。
スタッフに伝えておけば、
「右にゲストは座らせないで
 左に座らせたほうがいい」
とか、放送でも配慮をしてくれますし。

加齢現象として、
こういうことがある時に、
逆らうと、大変なんですよね。
ぼくも最初は耳鳴りがすごくしていて、
眠れなくて、つらくて、
「なんとかこれを克服しなきゃ!
 押さえつけなきゃ……」
そう思ってたときは、つらかったです。

糸井 なるほど。体に無理がかかるんだ。
鳥越 でも、
「これは慣れていくよりしょうがないかなぁ」
と思いはじめたらね、
今も「シーン」って音がしてるんですが、
それが、あまり気にならなくなりました。

だから、
体のあちこちに障害が出てきたときは
もちろん致命的なものについては
治療を受けなくてはならないけど
加齢現象とか成人病とかっていうのは
どこかで受け入れていくっていう姿勢が、
すごく大事なんじゃないかと思います。
糸井 メガネの獲得した市民権って、
相当大きいですよね。

ほら、昔って、たとえば時代劇で
大久保彦左衛門がつけているみたいな、
「ひもメガネ」ってありましたもの。

天野 あったあった(笑)
糸井 あれは、当時みんな、
今の補聴器以上に
奇異に感じたと思うんだけど(笑)
でも、今のメガネは、すごく自然に
一般の人の生活になじんでますもんね。
天野 実際におこる問題としては、
家庭の中で一人だけ聞こえないと、だんだん、
「みんなが自分を
 馬鹿にしてるんじゃないか」

というような気になるんですよ、被害者意識でね。

「……あ、また聞こえてないんだよ」
というのだけはよく聞こえる。
糸井 (笑)
天野 そういういやみなところだけは敏感。(笑)

すると、家の中で
いろいろ聞こえてくる音に対して、
「聞こえようと聞こえまいと、
 俺は、そういうことには関心がない」
という風にしようって思っちゃって。
黙りこむんですよ。
「関わりないようにしてしまおう」
って思っちゃう。
鳥越 自分のほうから、会話はしなくなりますね。
天野 鳥越さんも、
聞こえていなくても、みんなが笑ってると、
つられて笑ったりするでしょ?(笑)
鳥越 ……あるなあ。
糸井 そうかぁ。
そうなっちゃうからこそ、
やっぱり、聞こえていないということを、
まわりにわかってもらったほうが、
いいような気がしています。

聞こえてないことを隠すことによって、
周りと自分がとっても断絶しちゃうから。


車のスモークガラスってありますよね。
車の窓ガラスに黒くはってある、アレ。
あれは、非常に交通の妨げになるんですよ。

どういうことかっていうと、
ふだん、車を運転している人どうしって、
「相手はどっち行くんだろう?」とか
「あっち見てるから、すりぬけて大丈夫だな」とか、
運転席の人の顔で、判断をしているんですよね。

自動車どうしの動きではあっても、
実は、運転してる人の視線を見てる。
今は禁止されてますけど、
車の窓がスモークになっちゃっていると、
相手がどっち見てるかわからないんですね。

たとえば、その意味では、
俺はどんな意志を持ってるかっていうことを
伝えるのは、交通事故を減らすのに
すごく役に立ちますよね。


鳥越 ええ。
糸井 「わたしはこうです」
と相手に伝える表現の大事さ
っていうのは
恥ずかしがってる場合じゃないよって思うんです。

お客さんには、
「補聴器をつけることは恥ずかしい」
っていう気持ちが、相当あるのかなぁ。

もちろん、隠したいなら隠していいと思うけど、
どうせそのうち、補聴器を必要とする人口が
増えていくわけだから、
「隠してる場合じゃねえぜ」
っていう時代がすぐきますよね。
赤信号みんなで渡れば、じゃないけど、
5人に1人になったら、相当多いでしょう。
鳥越 知りあいの中でも
こっちが知らないだけで、つけてる人も
いるかもしれないですね。
糸井 レーガン大統領がつけて、
飛躍的に売り上げが伸びたんですよね。
木村 ロスオリンピックのときにレーガン大統領が
つけたことは有名ですし、
クリントン大統領も、
若い頃、音楽で耳が悪くなって
補聴器をつけていました。
アメリカは合理的だから
補聴器を使っていても
ハンディキャップだと見られてないんですね。
売り上げは目に見えてあがりました。
鳥越 小泉さんにつけてもらいたいね。
糸井 衆参両院全部に作ってもいいくらい。(笑)
八谷 政治家の人だったら、
「意見をよく聞く」っていうイメージアップに
つながりますよね。
鳥越 実際は、みんな聞きませんけどね。(笑)
糸井 「私は、よく聞く人間ですよ」
っていう表明は、
今、企業にものすごく必要とされてる
じゃないですか。
「聞かない会社」って、
やっぱりだめになりますよね。

今日は補聴器の宣伝をしたくて
やってるわけじゃなくて
実際に聞くっていうことに
ディスコミュニケーションが相当あって、
それが補聴器という手段で
なんとかできるんだったら
道としてそれはひとつあるかなって思います。

天野 歳とって色んなところが悪くなって
謙虚になってから
段々わかってくるっていうのが
悲しいんですけど、正直言って、
みんな、体のどこかが悪いんですよ。
さっきおすぎさんが言ってたけどさぁ。
糸井 ……おすぎさんじゃないです!(笑)
天野 (笑)あ、まちがえた。
そうそう、歳とると、ほら、
こんな風にぼけてきちゃったりね。
どこか、悪くなるでしょ?

さっきピーコさんが言ってたけど
「顔とか頭の不自由な人も
 テレビに堂々と出てるんだから
 足や手の不自由な人も出てきたらいい」
って言ってましたよね。

身障者の若い女性で、
車椅子の方なんだけど、
とても色んなところに行きたがる人が、
前にドキュメンタリーでテレビに出てました。
でも、その人のお母さんが昔かたぎの人で
「外に出ると迷惑がかかるから、
 みっともないから、あまり外に出るな」
そんなことを言う。それで、その女性は、
「あたしは足は不自由かもしれないけど
 お母さんは頭が不自由だよ」
そう言ってるのを見て、そのとおりだよなぁ、
と思ったんです。

「考え方が不自由な人」ってたくさんいますし、
みんなどこか、必ず悪いんですよね。
ダメなところがいくつかが違うだけで、
ダメなことに関しては、一緒なんだ、と。

そういう風に考えていくようにならないと、
思いやりも何もなくなって、
人の立場からものを見るなんてことは、
できなくなっちゃいますもの。

大事なのは、
イマジネーションでしょう。

さっきの「視聴覚交換マシン」だって、
要するに、「想像力眼鏡」ですよね。
ああいうものをつけた時に
感じるような気持ちをなくさないで、
「それぞれ、具合の悪いところがある」
それを、最初からわかっていたら、
かなり、暮らしやすくなると思います。
(つづく)



イベントに来られた方のメールを1通紹介して、
次回につづきます。


 自分の周りに補聴器をつけている人はいません。
 家族(祖父や祖母)は元気で普通に
 会話をすることができます。
 そのせいか自分にとって馴染みのないお話でしたが、
 「周りの理解」っていうものの大切さを
 認識することができました。
 自分中心に世界は廻っているわけじゃないのに、
 ついつい自分のものさしで
 相手を見てしまうことがあります。
 「自分はできるから相手も大丈夫なはずだ。」
 「こんなの、平気だろう」
 そんな気持ちを持って相手と接してしまうのです。

 すべてに奥手になって
 準備をしろっていうことではないにしろ、
 思いやる気持ちが欠けていることがありました。
 それに気づかされました。

 世の中は広くて、
 まだ自分の知らないことがたくさんありますね。
 聴覚の障害をもつ方のみならず、
 日常のささいなことにも。
 先入観をもたずにやっていきたいと思います。

2002-09-12-THU

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