<コンピュータ嫌いな人々に座布団。>
季刊「本とコンピュータ」という雑誌を読んでいたら、
25人が語る「わたしはコンピュータのここが嫌いだ」
という特集があった。これが、おもしろい。
ぼくは、いちいち納得しながら読んでいた。
自分だって言いそうなこと、が多いのである。
でも、ぼくは、
こうしてインターネットを便利につかっている。
思うに、この「嫌いな人々」と「嫌いでない人々」とは、
すぐ近く、触れば触れそうな場所にいるんだと思う。
ただ、その両者のあいだには目の粗い鉄格子が存在しているのだ。 たがいに、カギを探してみようとはするのだが、
鉄格子の扉を開けるカギは、なかなか見つからない。
そのうち、それぞれの集団は、
相手側との接触がめんどうになって、
「あっち側の奴ら」はわからずやだ、とか、
「あっち側の輩」はものの道理がわからない、とか、
別世界あつかいをはじめる。
自分たちだけのことばや符丁で、
自分たちだけの世界を組み立てようとする。
こうなる気持ちもわからないではない。
特に、ぼくはコンピュータお初心者だから、
どっちの言い分も、
いかにも自分も言いそうなことに思えるのだ。
だから、おもしろがってしまう。
ほんとに、両方の世界はすぐ近くなのに、と信じている。
カギなんかを探そうとするから、
ふたつの世界の往来ができないと思いこんでしまうのだ。
「往ったり来たり」は、実は、カギなんかなくてもできるのだ。
自分というやつを、少しちいさくすれば、
粗い鉄格子の間をいつでもくぐりぬけて、
自由に出入りができるはずだと、ぼくは思っている。
そのうえでの感想を言わせてもらうと、
コンピュータの側の住人たちよりも、
それを嫌いな世界の人間たちのほうが、だいぶんおもしろい。
超アナログなホームページと
嘲笑されることも多い「ほぼ日」の、
読者のみなさんも、コンピュータこそ使ってはいるが、
どうも、「嫌い側」との国境あたりにいる人に思えるのだが・・。
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